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特許にまつわる初歩的なあれこれ その2

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日本の特許制度の産みの親 高橋是清

 前回の続き。特許はどういうもんなのか、を引き続き述べていきます。

前回の続き。さっそく参りましょう。

特許を出すには、A. 新規性 と、B. 進歩性 の2点が必要と書きました。しかし、国家お墨付きの権利として認めるにはそう簡単にはいかん。それぞれの要件を見てみましょう。

 

 A. 新規性の要件

Patent_09.png 新規性というのは定義でみたとおり「周知でない」ことですので、極端に言えばすぐ作れます。たとえば前回紹介した「ナノカーボン材料をガスガンで破砕する方法(→ )」だって十分特許になり得るのです(注:一般的なモノの[組合せ]については実用新案になります・特許と実用新案との違いはこちら → )。

ただ、一つ注意すべき点が。それは出願のタイミングです。新規性は時期については結構厳密で、「当該発明が出願されるまで周知ではない」ことが求められます。つまりもし出願日より前に論文(や記者発表など)を出して知らしめると、特許となる前に「周知」になってしまうのです(出願、公開、審査のタイミングに関する詳しいイメージはこちらのページが極めてわかりやすいです → )。

実際これはシビアな問題で、競争が激しい分野では論文提出日のそれこそ1日の差が優先権を分けることも有り得ます。それがわかっている先生方はとにかく論文を早く出したいため企業側にはたらきかけ、なだめ、すかし、時には激怒して出願を調整しようとす・・・ることも有り得ます。

しかし企業側にも都合があり、特急となるような案件はおカネが余計にかかるものがしばしば。で、板挟みになった担当者が調整に四苦八苦するというオチになります。このため、特許性のある成果が出てきた場合には出来るだけ関係者と事前に打ち合わせして、論文提出と特許出願のスケジュールを調整しておくことをお勧めします。

ちなみに件 (→ ? ) )の案件で、「秘密のテク」が公開されないと騒いでいたときに「提出した特許の公開時期云々」と言っていた輩が一部いましたが確かにそういう面もあったかもしれません。出願はともかく特許が「公開」されるより前に論文が発表されるべきというのが一般的な進め方なので、件も論文がアクセプトされたと同時に特許化も1年以内におカネをかけてやる、という戦略だったのだと思います。まあ、あのご立派な実験ノートエア実験ノウハウがいっぱい詰まってるならさっさと見せてほしいもんです現物で?

 

Patent_07.pngご立派な実験ノートの例???
強いて言うと温厚な性格の筆者もさすがにご立腹 (sanspo.com 紙より引用 → 

 話を戻して、とりあえず新規性(Wired社HPより引用致しました → )。こういう ↓ ものでもいいんですよね。どっちかというと実用新案の域ですが、あくまで例として。

Patent_08.png

 

しかしこのような「足し算」案件を特許として認めると、どんなものでも特許になってしまいます。単純に事務的な面からも特許が膨大になるのは避けたい。そこで「B.進歩性」を備えてなければならない、となるわけです。この進歩性がクセモノです。

 

 B.進歩性の要件

Patent_10.png 進歩性と謳っていますが個人的にはその言葉は実際を反映していないと考えています。進歩性は下記のように明文化されており、

「「特許出願前にその発明の属する通常の知識を有する者が、・・・「前例の発明」・・・に基づいて「きわめて容易に」発明をすることができたとき(特許法29条2項、実用新案法3条2項)」」 (一部筆者が編集・引用元 →

このときに進歩性が「ない」とみる。これが基準です。この文面を考慮すると進歩性とは「発明難易度」とも言い換えられます。つまり簡単に思い浮かぶものではなく、発案と独創がなければならない。ではその発明の易しい難しいはどうやって決めるのか。これも特許庁HPに書いてありまして(→ )、要約すると

「前例特許を(複数)見つけて、それ(ら)との違いを提示して、その違いに至ることが容易でなかったかを論理的に主張してね」
「できれば有利な『効果』を示すといいよ」

ということです。「前例技術との違い(差分)とその独自性と優位性」が論理的に示せればいいんですね。この論理的に、というのは現実的には「特許になるかどうかをの決定権を持つ審査官をディスカッションでねじ伏せてね」ということです。

というか、実はこの論理的にというのがどういうことなのか、毎回困るところで、どれだけ書き込んでも何回か文章の見直しを行ったりするため非常に一概には言いにくいのです。ですが、あくまで経験的に言うとこの容易でないことを「論理的に」示すには、

  ①「前例特許と『こんなに(ここが、明確に)』違いますよ」
②「それに、この発明で『こんなに』効果がありますよ」

この2点を文面とデータをもとに主張できるかどうかにかかっている気がします。

たとえば。ある方式により酸化反応を進める反応器につき、従来方式では既に多くの前例があり、なかなか抜けが無いとしましょう。そこで、全く異なるメカニズムで酸化反応が進むアイデアを出した(または見つけた)とする。これが①にあたります。さらに、その結果ずいぶんと低温でも進む条件を見つけられたとする。これが②です。往々にしてどっちも難しいのですが、この2点がハッキリしている特許は経験的にスッと通っているように思います。

・・・ということで前回に引き続き特許の要件2点をざらっとみてきました(筆者は特定の立場での視点でしか見てませんので、細かい点はきちんと出願時に弁理士の先生方と確認してください)。翻って、この「新規性」と「進歩性」に注目することは、皆様が論文を書く上でも非常に役に立つポイントなのではないかと思っています。特許は、発明という広大な土地の中で

 ●「何が、先例に比べて、新しいのか?」
●「一体そこにどんな進歩をもたらそうとしているのか?」

を示すものです。一方、研究の場合はその切り口として、

 ●「何が、先例研究に比べて、違う視点なのか?」
●「そこにどんな問題意識があるのか?」

 

を導入時に徹底的に調査し、自分の着眼点を作ります。よく似てると思いませんか? 特許は技術的な「うれしさ」が主眼であるのに対し研究では「何を明らかにしたいか」が主眼であることが多いという違いがありますが、いずれも「なんでこの特許嬉しいの?」「なんでこの研究やってんの?」という、最も単純かつ重要な問いに答えるために必須の事項であるのは間違いないでしょう。

例えば「グラフェン構造を混合したリチウム電池正極用導電材」という研究テーマを考えたとしましょう。これに果たして新規性と進歩性はあるか?

Patent_11.png

安全性の高い「LiFePO4」を用いたリチウムイオン電池の例
図はカナダの雄”Phostech Lithium Inc.”殿による技術説明資料より引用 → 

 新しくないですね。第一グラフェン構造なら黒鉛とかカーボンブラックに大量に含まれてます。また先例を調べれば類似論文は山ほどあります。進歩性もこれではただ混ぜただけで、容易に思いつきますからアカンでしょう。

ならば、もう少し案を加えて「特殊分散させた極薄グラフェン構造を混合したリチウム電池正極用導電材」はどうでしょう。或いは、「正極材上に極薄グラフェン構造を直接CVD手法で合成したリチウム電池正極用導電材」。ちょっと新しくなってきましたね。でも、使う手法がフツーの分散方法とかフツーのCVDとかじゃ、まだ足し算のレベルです。

じゃあ、どういう工夫を加えていけばいいか・・・第一、今何が本当の問題になっているのか・・・製造工程から見たときに一体どこがネックになりそうなのか・・・現象がわかっていないならそこを「見れる」分析手法を確立しなくちゃいけないんじゃないのか・・・というように、新規性と進歩性は自分が手掛ける研究領域で如何にオリジナリティを出すのか、の重要な切り口になりえるはずです。通常の思いつきレベルから更に掘り下げて、技術の全体を把握し、そのうえで還元主義的に1点を深堀りするのか、それとも直観主義的に発明自体の概念を見直すのか、を練り上げてテーマ選んでいくのが新しい分野の開拓に繋がっていくことからも、この2点を念頭に入れることは大事ではないかと信じるものであります。

なお上記の「リチウム正極材へのカーボン材料のコーティング」はその道では重要なテーマで、日本では住友大阪セメント殿がこの案件について結構先端を行っています。特許について調べるとそういった企業ごとの特許トレンドも見えて、どの領域の特許が今ホットなのかを見ることができて面白いですよ。

ただ、流行の分野の特許を出すのも結構ですが、「その1」でも書いたように「人気がある領域の特許」は言わば”マンション乱立地帯”。特許数を打ったもん勝ちの消耗戦になり、多人数の企業側に押され多勢に無勢になることがしばしば。それよりは軽身の遊撃隊の隊長として流行に捉われることのみでなく、信念に基づいた新しい鉱脈の開拓につながる研究の切り口と特許を出されることを希望致します

Patent_12.png こちらより引用(→ ●) ホソカワミクロン殿の技報より
実際に製造されている住友大阪セメント殿のHPはこちら →  

 なお上記は機能材料の製法などに関する特許をイメージして書きましたが、より強力なものとして「物質特許」があります。これは医薬分野の「基本特許」で、分子構造自体に特許が与えられ、極めて強力です。明細書の請求項に記載されたものに全て特許権が保証されるのです。しかし、ひとたび挙げた分子構造に「漏れ」があった場合は致命的になりますから、製薬業界ではそれこそ山のような人とおカネをかけて特許を強力なものにしていくわけです(でもやっぱりヌケ(というか間違い)が出てしまった場合のトピックはこちら → )。

最後に。色々と書いてきましたが、「特許に載ってるデータは話半分で見た方がいい」です。あくまで「権利として」認められるために示すデータであり、実施例に載っているような実験条件も前提を「書いていない」場合のものもあるのです。調べるにあたっては、あくまで研究の切り口や研究トレンドを調査する参考のためと割り切った方がよいでしょう。

それでは今回はこんなところで。明細書の見方などはまた別の機会に改めて取り上げたいと思います。

 

参考文献・「その1」の分は省略

  •  辻本特許事務所・高知支店殿 「特許出願後に考えるべきこと」 → 
  • 「ニッポンの珍道具:イタリア版「WIRED」の琴線にふれた30選」→ 
  • 「sanspo.com」 → 
  • “Phostech’s advanced C-LiFePO4 cathode for EV-PHEV-HEV: Challenges and Opportunities” Phostech Lithium →
  • 「ホソカワミクロン 2008 No.56 技報」 → 

 

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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