[スポンサーリンク]

一般的な話題

Bayer Material Scienceの分離独立が語るもの

[スポンサーリンク]

ついこないだ起きたBayer Material Scienceの分離独立騒動。化学産業界に何が起こっているのでしょうか。

Tshozoです。

ドイツ化学界の雄 Bayer が、つい先日の9月18日、機能性ポリマーなどの看板商品を持つBayer Material Scienceの分離独立を発表したことにぼんやりと衝撃を受けましたので、今回産業界で起きていることの傾向をまとめてみました。どうかお付き合いください。

 

【化学企業の変遷 歴史的傾向】

筆者が愛読する「化学工業日報」(サイトはこちら)殿によれば、Bayer社長への毎年恒例の質問事項があったそうです(記事はこちら・タイトルは「総合化学の看板を下ろしたBayer」 ロゴも記事も同社HPより引用)。記事を読むとなかなかに意味深です。

Bayer_04.png ”今回、Bayerが分離・上場を発表した素材科学部門を残し、ゴムや無機化学品などの化学事業を分離(現Lanxess)したのは2005年。この当時から、Bayer Material Science(以下BMS)の売却や分離に関する推測は消えることはなかった。実際、(BMSと)医薬品や農薬事業との相乗効果は薄く、機会ある度にメディ アを賑わしてきた。とくに、ここ数年は夏の年中行事化した感さえあった。”

この事のみ云々するとBayerの自社都合とか違う話になりそうですのでやめておき、今回はまず化学業界の傾向として、BASFが2008年に大学向けのプレゼンで使用した化学会社各社分離傾向の図をマクラに、化学業界で起きていることを少し考えてみたいと思います。

 

 BASFによる国際化学企業 各社の分離独立変遷表を見てみる

まずは以前紹介したBASFによる企業トレンドを説明するこちらの資料に載っていた下図をご覧ください(注:2006年時点)。この時点で既にBayerは持ち株会社となり、部門化を行っています(Bayerとしては一体で、今回「分離」したBeyer Polymerはまだ”Bayer”の名前を残している/なおBayer CropはHoechstの農業部門を8000億円で買収して巨大化した)。

Bayer_01.png1990年 → 2006年の国際総合化学企業の組織変遷を示した図
上から原油/ガス(採掘寄り)、石油化学品、一般化学品(ゴム、ポリエチなど)、機能化学、農薬、医薬に相当

 で、これが今どうなってるかというと、下のようになっています。BASFとDowが揃ってPE(ポリエチレン)事業、PS(ポリスチレン)事業を売り飛ばし(2008年-2009年)、またDowは信越に塩ビ事業を譲渡する(2012年)など、Mass-chemicalsに穴が開いた構図が生まれています。ただ、世界的傾向の正確な把握にはSinopec、Petrochinaや新興国の化学企業まで考えないと本当はアカンのですがもうわけわかんねぇので(ry

Bayer_02_2.png 2014年現時点 筆者調べ
イギリス化学の象徴であった ICI(Imperial Chemical Industries)に至ってはもう名前すら残っていない

 ・・・そして今回、DuPontに続きBayerもBMS、つまりSpecialty Chemicals部門を完全分社化(要は「Bayer」のカンバンを下げる可能性がある)したことで、同社の歴史に深く関係し、ここ30年程産業界で重要視されてきた同部門にもより一層分離・独立の波が及んできたと言えます。先行して機能材料部門の分離を画策していたDuPontに至ってはヘタすりゃ農業部門にしかその社名が残らない可能性も出てきており、PTFEの歴史を興味深く読んでいた身としては色々複雑な想いです。

なおBayerはBMSのスピンオフを発表した数日後に、アメリカMerck(MSD・先日Aldrichを買収した独Merckとは別会社)を買収すると発表。8000億円規模の社債を発行し、いよいよ「バイエル薬品」への道を進もうとしている覚悟が見えます。2005年にRocheの一般医薬品事業を、2006年にShering本体を買収した時点から伏線はあったのでしょうけど。

 

分離独立・事業売買 積極化の背景

今回に限らず化学企業が本体を変遷させそのカンバンを守ろうとしている理由は一意には断言できないと思いますが、筆者はその中でも重要と思われる3点の理由を挙げます(各国のそもそもの文化や、税制・規制などについては今回は割愛します)。

 1.  各分野で要求される要素技術が異なってきた(『一緒に住んでも意味がなくなってきた』)
2.  競争の激化(『高く売れなくなってきた』)
3.  ニーズに合わせた「集中」と「軽量化」(『1社で全部”は非効率になってきた』)

1. は同記事で紹介されている通りでしたし、2.は今に始まったことではないでしょう。問題は3です。大きなトレンドとして、「衣食住」のニーズが「医衣食住」に増え、商品サイクルが早まっていることから重要な要素ではないかと考えました。

まず食のニーズは必ず存在し、人口が増えれば増える程売り上げが伸びるという特徴を持つため、Agriculture部門はどの会社もベースラインとして存在し得ます。また肥料、農薬、除草剤、殺菌剤というパッケージで商品が売れることから、この部門は地味ながら根幹になるのは疑いのないところです。加えて精密合成が必要なケースが多いことから、薬品関係にも応用が利き得るのも大きなポイントになります。

一方住・衣も建材・衣類等で使う量が極めて多いことから量のニーズは絶えずあるものの、今後はMass-chemicalとSpecialty Chemicalの各社での消耗戦になることが予想されます。しかしMass-chemicalsは原材料の高騰に振り回され商売として不安定化していますし、またSpecialy Chemicalも折角研究開発により新たな素材を開発してもおそらくアドバンテージは他社に対し数年程度であり、しかもその開発難易度は一般的に益々増加する傾向にある。だいいち、商品サイクルが短いからその商品にひっつくニーズもすぐ雲散霧消してしまう場合も多々ある。そういう意味ではSpecialty Chemicalsというのは技術としては面白くても、商売としては極めて不安定な部門になりつつあるのでしょう。

これに対し、医は最も不可欠で人間全員が持つ反応である「痛み」と「恐怖」に即することから、決してそのニーズは消えないし分散することもない。人間が居る限り必ず商売に出来る根源的なニーズであるわけです。以前の記事で大学の歴史を書いたとき、「大学に最初に出来た部は、法学部と、医学部と、神学部であった」ということを知り、そのニーズの根源性を改めて実感した次第でした。

ということで、今回Bayerは会社の看板と本丸を守るため、人間社会の根源的・普遍的なニーズがあり、かつ商売になる部門(下図の左上の領域)に「軽量化」したうえでその本体を置くことを決めたことになります。実は総合化学会社から本丸を製薬・ヘルスケア、農業に持っていった、初めての会社になるのかもしれません。

Bayer_05.png現在のそれぞれの部門位置付けイメージ
「高くても売れる」というのも今後はおそらくOil&Gasだけに通用することになりつつある気が・・・

 しかしその部門の投資と回収のバランスはどこまで保つことが出来るのか、図り知ることはできません。特に製薬開発はそれこそ「万三つ」で、確かにニーズはありますがリスクも高く、Specialty Chemicalよりも更に開発成功難度は高いはず。しかも折しも製薬会社も群雄割拠・買収合戦の真っ最中であり、これまでも製薬で相当の存在感を示してきたBayerではありますが、純然たる製薬・ヘルスケア・農業企業としてどこまで存在感を示すことが出来るかどうか。ドイツ好きな筆者は直情的に応援したいところではあります。

なお分社化により、狙い通りに身軽になることでメリットも出てくるはず。独立志向の強いリーダがトップを勤めれば、より良い方向に会社を導くことだってあり得るでしょう。しかし企業内に居る方はある程度理解できると思いますが、この「子会社化」「別会社化」というのは、目に見える以上の恐ろしい人事的なカベを生みます。BMSの処置は労使ともに納得した結果の結論だ、と同社の大本営発表に記載があり、また『少なくとも2020年まではBMSを「買収」した会社にも労使セーフティネットを維持する責任があるという条約付の分社化』であるため基本的には円満な分離と目に映りますが、少なくとも今回のアクションが関係者の方々にとり良い方向に向かうよう、切に願うものであります。

蛇足ながら、現BayerのCEOであるMartin Dekkers氏はGE→Honeywell→Thermo Fisherと米国で化学と全く関係のない分野を渡り歩いたマネジメント寄りの人物です。どういう経緯でBayerの社長に就いたのかちょっと気になるところですが、まぁそれは下衆の勘繰りということで置いておきましょう。

Bayer_06.pngBayer AG現社長 Martin Dekkers氏

 ちなみにこの「集中・部門分割」といった動きに真っ向から刃向っているのはDowとBASFです。特にBASFは医薬事業を2001年にアメリカのAbbott Laboratoriesに売り飛ばして、原料供給のみに絞った戦略を取っています。またこの10年間近く、”Verbund(結合、ネットワーク)”という言葉を社内キーワードとして世界中の研究機関、自社機関での研究成果を連結し相乗効果を高めるという、3M社が行っている”プロセスプラットフォーム”を思わせるような取組みを進めています。ある意味、「1社で軽量化」というどの企業も出来ないことをやろうとしているのかもしれません。しかしあれだけ図体が大きな企業で各要素技術の交流を行うことは極めて難儀なことだと思いますので応援したいところですが、官僚化が進んだ組織では掛け声倒れに終わりかねないのでは、という懸念もあります・・・。中の人、どう考えてらっしゃるのか、またどういう印象を受けているのかを直に聞いてみたいところです。

それでは今回はこんなところで。

 

【蛇足】

実はもうひとつ、人間の根源的なニーズとして「暴力」があるのを付記しておきます。正直あんまり書きたくないので避けていたのですが、今後どこかで切り口を決めて書きたいテーマではあります。加えて明確なニーズとして示しにくいものがあともう一つあるのですが、それもまた別の機会に。

 

【参考文献】

・Bayer 本社発表 BMS分離 Merck買収

・”Handelblatt” 解説記事 リンク

・化学工業日報殿 サイト 記事

・BASF “Firmengruendungen in der Chemie” サイト

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. ヒスチジン近傍選択的なタンパク質主鎖修飾法
  2. お”カネ”持ちな会社たちー2
  3. 【書籍】英文ライティングの基本原則をおさらい:『The Elem…
  4. 神経変性疾患関連凝集タンパク質分解誘導剤の開発
  5. 最後に残ったストリゴラクトン
  6. Wiley社の本が10%割引キャンペーン中~Amazon~
  7. 化学工業で活躍する有機電解合成
  8. 自己組織化ねじれ双極マイクロ球体から円偏光発光の角度異方性に切り…

注目情報

ピックアップ記事

  1. NCL用ペプチド合成を簡便化する「MEGAリンカー法」
  2. ナノチューブ団子のときほぐしかた [テキサスMRD社の成果]
  3. 第六回 電子回路を合成するー寺尾潤准教授
  4. とある社長の提言について ~日本合成ゴムとJSR~
  5. ケイ素 Silicon 電子機器発達の立役者。半導体や光ファイバーに利用
  6. 【誤解してない?】4s軌道はいつも3d軌道より低いわけではない
  7. 元素のふるさと図鑑
  8. 第172回―「小分子変換を指向した固体触媒化学およびナノ材料化学」C.N.R.Rao教授
  9. メンデレーエフスカヤ駅
  10. ネバー転位 Neber Rearrangement

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年10月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP