[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

酵母菌に小さなソーラーパネル

[スポンサーリンク]

Harvard大学のNeel S. Joshi教授らは、光合成を行わない微生物に光増感剤を担持することで、細胞内の代謝反応を光で駆動することに成功しました(トップ画像出展・改変:Wyss Institute at Harvard University。)。

“Light-driven fine chemical production in yeast biohybrids”

Guo, J.; Suástegui, M.; Sakimoto, K. K.; Moody, V. M.; Xiao, G.; Nocera, D. G.; Joshi, N. S. Science 2018, 362, 813. (DOI: 10.1126/science.aat9777)

(本記事のタイトルは、Science Newsの記事をもとにしています。)

1. 生物は外からエネルギーを取り込み、有機物を合成する

図1.  (a) 光からエネルギーを得る植物。(b) 有機物からエネルギーを得る動物。

植物は、光のエネルギーを受け取って電子を生み、その電子を利用して有機物を合成しています(図1a)。一方で、ヒトや動物、微生物の多くには光を取り込む機能はありません。それなので、外部から取り込んだ有機物から電子を受け取り、その電子を利用して別の有機物を作っています(図1b)。

ところが今回、Harvard大学のNeel S. Joshi教授らは、インジウムリン(InP)のナノ粒子を用いて光エネルギーを捕集し、そのエネルギーを細胞に受け渡すことで、光合成を行わない酵母菌の代謝反応を、光で駆動できることを示しました (図2)。

図2.  InPナノ粒子による光の捕捉と酵母細胞内のNADPH合成反応。

2. シキミ酸合成には、NADPHが必要

Joshi教授らが用いた微生物は、パンやビールなどの発酵過程で用いられる酵母(Saccharomyces cerevisiae)です。近年では、酵母の遺伝子を改変して、薬などに有用な化合物を作らせるバイオトランスフォーメーションの研究も盛んになされています。例えば、シキミ酸という化合物(図3)は、インフルエンザ治療薬タミフルなどの原料となるため、酵母のシキミ酸合成経路を改良して大量合成させるといった取り組みがなされています。しかしながら、どんなに目的化合物の収量を上げようとしても、代謝に使えるエネルギー(電子)には限りがあるため、細胞を害することなく目的化合物を大量に作らせることは困難です。細胞内で、電子供与体のNADPHという分子が不足してしまい、反応が行えなくなります。

図3. シキミ酸の生合成反応の最終段階。NADPHからDHSに電子が与えられる。

3. 光増感剤を利用した光エネルギーの捕集

そこでJoshi教授らは、光増感剤(photosensitizerを利用して、細胞内に外部から電子を供給する方法を考えました。光増感剤というのは、光を吸収してエネルギーを得、そのエネルギーを他の物質へと与える物質のことです。彼らは、光増感剤のインジウムリン(InP)ナノ粒子を酵母の細胞表面に担持することで、InPナノ粒子が吸収したエネルギーが細胞内へと伝えられ、NADPHを再生産できるようにしました(図4)。

図4. 光増感剤の半導体InPナノ粒子。細胞上に担持するため、ポリフェノールで被覆されている。

4. 光エネルギーにより、シキミ酸の生産量が増大

彼らは、InPナノ粒子を担持した酵母細胞に光を当て、シキミ酸の生産量を調べました。図5aは、酵母細胞に光を当てた場合(light)と光を当てなかった場合(dark)における、シキミ酸とDHSの生産量を示しています。光照射がありかつInP粒子が担持されている細胞では、光照射やInPナノ粒子がない細胞と比べ、シキミ酸の生産量が大幅に増えていることが分かります。また、シキミ酸/DHS比を元に、細胞内のNADPH/NADP+比を求めることもできます。図5bに見られるように、光照射した場合には、NADPH/NADP+比が87%にもなっており、これは光を当てなかった場合の27です。このような実験から、外部から与えた光エネルギーがInP粒子を介して細胞内へと伝えられ、細胞内のNADPHの量を増大させることが示されました。

図5. (a) 光照射/非照射下におけるシキミ酸とDHSの生産量。(b) 光照射/非照射下におけるNADPH/NADP+比。用いられた酵母菌(Δzwf1)は、ペントースリン酸経路(pentose phosphate pathway)の遺伝子を欠損しているため、酵母自身によるNADPHの生産が抑えられている。(図は論文より)

5. 細胞の炭素利用の変化

それでは、InPナノ粒子の光捕捉は、細胞全体の炭素利用にどう影響を与えているのでしょうか。彼らは、細胞で作られる他の有機物の生産量を、シキミ酸の生産量と同時に計測しました。図6aは、エタノールとグリセロールの生産量を、光照射時と非照射の比で示しています。光を照射すると、シキミ酸の生産量は増える(青色)のに対し、エタノールやグリセロールの生産量は減少(赤色)していることが分かります。エタノールやグリセロールの生合成過程では、NADP+からNADPHが生産されますが、光照射下ではInPナノ粒子からのエネルギーがNADPHをNADP+に変えるため、エタノールやグリセロールの生産が抑えられているのだと考えられます(図6b)。

図6. (a) エタノールやグリセロールの生産量変化。光照射時と光非照射時の比を示す。(論文より) (b) 光照射/非照射下における炭素の流れ。

6. おわりに

本研究は、光合成ができない酵母菌に対してでも、外から光エネルギーを供給できる画期的な技術です。InPナノ粒子で生じた励起電子が、どうやって細胞壁を通り抜け、細胞質内のNADPHに受け渡されるのかについては、まだ未解明とのことですが、酵母以外の生物でも同様に電子の受け取りができるのか、NADPH以外の電子受容体の量には影響があるのかどうかなど、今後さらに研究が進められることが期待されます。

参考文献

  1. Sakimoto, K. K.; Wong, A. B.; Yang, P. Science 2016, 351, 74. DOI: 10.1126/science.aad3317
  2. Suástegui. M.; Yu, N. C.; Chowdhury, A.; Sun, W.; Cao, M.; House, E.; Maranas, C. D.; Shao, Z. Metab. Eng. 2017, 42, 134. DOI: 10.1016/j.ymben.2017.06.008.

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4320055403″ locale=”JP” title=”電子と生命―新しいバイオエナジェティックスの展開 (シリーズ・ニューバイオフィジックスII 1)”] [amazonjs asin=”4758120838″ locale=”JP” title=”基礎から学ぶ遺伝子工学 第2版”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 鉄触媒を使い分けて二重結合の位置を自由に動かそう
  2. 日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…
  3. 日本化学会と対談してきました
  4. 【好評につき第二弾】Q&A型ウェビナー マイクロ波化学…
  5. 最先端バイオエコノミー社会を実現する合成生物学【対面講座】
  6. 『Ph.D.』の起源をちょっと調べてみました② 化学(科学)編
  7. 架橋シラ-N-ヘテロ環合成の新手法
  8. 理系ライターは研究紹介記事をどうやって書いているか

注目情報

ピックアップ記事

  1. Carl Boschの人生 その3
  2. コーヒーブレイク
  3. ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―
  4. 英文校正会社が教える 英語論文のミス100
  5. 東大薬小林教授がアメリカ化学会賞を受賞
  6. 有機合成化学協会誌2021年11月号:英文特集号 Special Issue in English
  7. シェールガスにかかわる化学物質について
  8. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2023年版】
  9. パラトーシスを誘導する新規化合物トリプチセンーペプチドハイブリッド(TPHs)の創製
  10. DIC岡里帆の新作CMが公開

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

日本プロセス化学会2024ウインターシンポジウム

有機合成化学を基盤に分析化学や化学工学なども好きな学生さん、プロセス化学を知る絶好の…

2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予測」へ

2024年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは、2024年のノーベル化学賞を発表しました。今…

デミス・ハサビス Demis Hassabis

デミス・ハサビス(Demis Hassabis 1976年7月27日 北ロンドン生まれ) はイギリス…

【書籍】化学における情報・AIの活用: 解析と合成を駆動する情報科学(CSJカレントレビュー: 50)

概要これまで化学は,解析と合成を両輪とし理論・実験を行き来しつつ発展し,さまざまな物質を提供…

有機合成化学協会誌2024年10月号:炭素-水素結合変換反応・脱芳香族的官能基化・ピクロトキサン型セスキテルペン・近赤外光反応制御・Benzimidazoline

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年10月号がオンライン公開されています。…

レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~

Tshozoです。筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て…

Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の開発

第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期…

第4回鈴木章賞授賞式&第8回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学,情報科学,実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

光と励起子が混ざった準粒子 ”励起子ポラリトン”

励起子とは半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠…

三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–

第 628 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP