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スポットライトリサーチ

TQ: TriQuinoline

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第228回のスポットライトリサーチは、足立 慎弥さんにお願い致しました。

シンプルながらこれまで合成困難だった分子が思いもよらない性質を示し、世界を変えるきっかけを作る―そういったストーリーは、合成化学者であればだれしも一度は夢見るものでしょう。足立さんが微生物化学研究所(柴﨑研究室)所属時に合成研究に取り組んだ「トリキノリン」分子は、そんな可能性を感じさせてくれるものの一つに思います。この成果はNature Communications誌 原著論文として公開されています。One-wordタイトルの論文を出すことは筆者としても一つの憧れでしたので、その点でも羨ましく思います。

“TriQuinoline”
Adachi, S.; Shibasaki, M.; Kumagai, N. Nat. Commun. 2019, 10, 3820. doi:10.1038/s41467-019-11818-1

研究を現場で指揮された熊谷直哉 主席研究員から、足立さんについての人物評を下記のとおり頂いています。現在、足立さんは星薬科大学の助教として新たなアカデミックキャリアを歩んでおられます。今後ますますのご活躍を祈念いたします。

足立くんには、自分にとっても未知でどうなるかわからない仕事ばかりをお願いしてしまいましたね…。優しすぎるからだよ..。その全てを最後には形にしてくるのは、鋭い観察眼がハードワークで掛け算されていたからでしょう。この仕事も前の仕事も、普通の人だったら速攻で戦略的撤退を決め込むところなので、困難な仕事を遂行するのに必要な素養を全て持っている人だと思います。単純に、心の底から、手放したくない人です..。

Q1. 今回論文として公表されたのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

キノリン3分子が2位と8位でhead-to-tailに連結した環状化合物であるTriQuinoline分子についての研究です。今まで誰も合成していなかったのかと驚くほどシンプルですが、誰もが興味をもつような構造だと思います。TriQuinolineは、3つのPyridinic-窒素に囲まれた1原子欠損を有する窒素ドープグラフェンの低分子モデルとみなすことができます。このTriQuinolineを合成し、最終ステップで構造由来と思われる異常反応がありましたので、その反応機構を解明しました。また、この分子の物性解析をおこなったところ、TriQuinolineは、一般的なプロトン捕捉分子を遙かに凌駕する非常に高いプロトン保持能を有しており、コロネンや[12]CPPなどの平面性および環状π化合物と非共有結合性相互作用により会合体を形成することを見出しました。
この研究は、熊谷先生が、これ(TriQuinoline)をつくろうと言われたところから始まりました。熊谷先生は非常に発想力があり、芸術的なセンスをもっておられる方で、TriQuinolineに対するいろいろな思い入れがあり、私は、それを実現するための部分を主に担当しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

単にクロスカップリング反応により3つのキノリンを連結する方法ではTriQuinolineを合成することはできませんでした。ひずみが大きすぎるためか最後の閉環反応が全くうまくいきませんでした。その後、リチオ化を経由する閉環反応により、TriQuinolineをわずかであるものの(収率6%)得ることができました。脂溶性と推測されるTriQuinolineは中性でもプロトン化されて水和されるため分液後は水層に局在しており、意外であるとともに厄介な合成反応でした。その後、2つのキノリンを連結した環状イミンを形成後に、3つ目のキノリン骨格を環化付加による骨格補強で構築する方法を思いつき実際に試したところ、きれいに反応が進み良好な収率でTriQuinolineが得られ、感動したのを覚えています。この生成過程において、原料のイミンが還元された環状アミンが中間体として存在することに気づき、それがきっかけで、特異なTriQuinolineの生成機構を実験的に提案することができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

Q2で述べたTriQuinolineの合成と反応機構の解析が難しく、通常の有機化合物と振る舞いがかなり異なっていて取り扱いも困難なところでした。
TriQuinoline合成後にどうするかも混沌としていて毎日苦しかった記憶があります。物性解析などについては、私はこれまでほとんど経験がなかったので基本の部分でつまずいていたと思います。この問題に関して、熊谷先生が次々と構造化学的に重要なアイデアを提案してくださり、計算化学により解決してくださいました。その時に特に、すごい先生の研究に携わっているのだなと思うとともに非常に勉強になりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今回の研究を通じて、自分の伸ばすべき点とダメな点がよく分かったように思います。今後どうなるのか正直なところ分かりませんが、自分ができることを自問自答し、独自の重要な研究を行えるように日々努力するつもりです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

細かな観察や、実験データから傾向などを詳細に読み取ることが、問題を解決するうえで重要だと、今回の研究に取り組むなかで、再認識させられました。

研究者の略歴

足立 慎弥
所属:星薬科大学 助教
略歴
2010年3月: 京都工芸繊維大学 博士後期課程修了
2010年4月~2012年4月 ノースダコタ州立大学 博士研究員
2012年4月~2015年4月 トロント大学 博士研究員
2015年5月~2019年3月 微生物化学研究所 博士研究員
2019年4月より現職

cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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