[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見

[スポンサーリンク]

第562回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学(現:大阪公立大学)大学院 工学研究科 電子・数物系専攻 電子物理工学分野機能デバイス物性研究グループに在籍されていた福井 暁人(ふくい あきと)博士にお願いしました。

機能デバイス物性研究グループでは、革新的なエレクトロニクスの創生を目標として研究に取り組んでいます。半導体、誘電体、磁性体などの機能性物質の基礎となる物性物理学と、薄膜成長技術やマイクロマシン工学、エレクトロニクスを融合させ、イノベーション創出を促す新規な物性や材料の探索からデバイスの設計、動作実証までを包括的に進めています。

本プレスリリースの研究内容は、有機分子のセンシングについてです。本研究グループでは、二次元半導体を用いることで、生体毒性を示すジメチルホルムアミドにのみに応答するセンシング原理を見出しました。この研究成果は、「ACS NANO」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Unusual Selective Monitoring of N,N-Dimethylformamide in a Two-Dimensional Material Field-Effect Transistor

Akito Fukui, Keigo Matsuyama, Hiroaki Onoe, Shun Itai, Hidekazu Ikeno, Shunsuke Hiraoka, Kousei Hiura, Yuh Hijikata, Jenny Pirillo, Takahiro Nagata, Kuniharu Takei, Takeshi Yoshimura, Norifumi Fujimura, and Daisuke Kiriya*

ACS Nano 2023, 17, 15, 14981–14989

DOI:doi.org/10.1021/acsnano.3c03915

福井博士の指導教員で、現在は東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻相関基礎科学系にて研究室を主宰されている桐谷 乃輔准教授よりコメントを頂戴いたしました。

福井暁人さんは、私が携わった最初の博士後期課程の学生です。福井さんは、大学および大学院では「電子物理工学」を学びました。電子物理工学は物理を基盤とした工学分野です。今回の対象の論文は、福井さんの博士論文の集大成です。内容としては、分子化学と電子デバイスの二つの視点を扱っています。

配属当時、福井君にとって化学は「異分野」でした。当初は、溶液の扱い方からはじまって、置換基の性質や反応性の簡単な理解など、化学の初歩からスタートしていたと思います。一方で、トランジスタの動作原理を座学で習っているものの、電子デバイスをリアルに扱い始めたのは研究室配属後です。そのため当初は、電子物理工学分野についても、知識や経験を深めてゆく必要があったと思います。当時、相当な努力をしていたと思います。その甲斐もあって、数年後、、、博士後期課程の頃には、福井君が口を開けば研究の糸口が見つかる(少々大袈裟ですが(笑))、とすら感じました。

本論文では、電子供給能が無いと想定されるアミド系分子において、一部の分子では二次元半導体物質へ電子を供給してしまう、という内容を報告しています。当初は想像もしていなかった内容です。この研究を通して感じるのは、分子化学も電子物理工学も、どちらの視点も必要であったと思いますし、福井君だからこそ実現できたということです。また、見ることのできない表面を想像せねばならず、福井君の洞察力が良く現れている研究だと思います。福井さんは、現在は化学に関連した企業へと就職をしております。これまでの分野を跨いだチャレンジや経験を活かして、これからも活躍をされると期待をしております。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

生体毒性を持つ分子を、夾雑溶液内でも選択的に検出可能なセンサを開発しました。

N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)は工業的に重要な溶媒ですが、生体毒性を持つことが報告されています。また、DMFが酸化還元不活性であるため、溶液中における検出は容易ではありません。加えて、DMFを含む溶液中においてセンサを作製するためには、その溶液中における化学的安定性、機械的堅牢性、低濃度から高濃度までの広い濃度範囲において計測できる物質設計が必要です。本研究では、これらの要請を満たす材料として、2次元半導体と呼ばれる物質群に着目しました。具体的には、2次元半導体の一つである二硫化モリブデン(MoS2)を用いて、DMFセンサを開発し、その動作原理について検討を行いました。

MoS2を用いて電界効果型トランジスタを作製し、マイクロ流体デバイス内に配置することで、溶液交換かつ溶液情報のセンシングが可能なシステムを作製しました。マイクロ流体デバイス内へ異なる濃度のDMF溶液を導入したところ、DMFの濃度に応じて電流値が変化すること、および類似のアミド分子や他の溶媒分子では、電流値がほとんど変化しないことが分かりました。

このような現象が見られるメカニズムを、実験と計算の両面から検討したところ、MoS2の硫黄原子が酸素原子に置換されたサイト上で、DMF分子が配向することが示唆され、DMF以外の分子ではこのような配向が見られないことから、MoS2とDMF間に特異的な相互作用が起きていることが示唆されました。

今回はDMF分子を対象としましたが、今後の展望として、2次元半導体表面における化学的な組成が崩れたサイトを利用することで、一般的に検出が困難な酸化還元不活性な分子を検出するセンサの構築が可能となるのではないかと考えています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究は、MoS2とDMF間で電子移動を示すことにポイントがあります。いくつか考えられる要因の中で、メカニズムの理解に至った契機は、MoS2を水素/窒素雰囲気下で加熱処理をすると、上述のDMFセンシング能が不活性化されることの発見でした。修士1年の時に、MoS2電界効果トランジスタの動作特性が悪く、その向上のために水素/窒素雰囲気下でのアニール処理を行いました。トランジスタの動作特性(伝達特性)は向上したのですが、DMFとMoS2間の電子移動が突然見られなくなり、当初はその理由がわかりませんでした。研究室の先生方とのディスカッションや、自身での文献調査の結果、MoS2結晶の部分的な欠陥が関与しているのではないかという仮説に至りました。そこから想像よりはるかに時間はかかりましたが、原理からデバイス応用までを網羅的に実証し、新たな分子センサのコンセプトを提案できたことは嬉しく思っております。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

MoS2表面でDMF分子がどのように相互作用し、電子移動がなされているかの描像を得ることに苦労をしました。MoS2表面の原子レベルでの観察は容易ではなく、間接的に状況を推測するしかありませんでした。そこで、相互作用に関わる官能基、分子の吸着サイト、分子の反応・分解、分子と2次元半導体のエネルギー準位関係など、実験結果を多角的に吟味しました。とはいえ、所属研究室でできること、思い至ることは限られているため、共同研究の形で様々な専門の方々とディスカッションさせていただいたり、時には先方に赴いて自身で実験を行ったり、解析技術を身につけたりすることで、研究を大きく前進させることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

大学の専攻は電気系ですが、本研究に携わったことで化学により関わっていきたいという思いが強くなり、化学系のメーカーに就職しました。現在は研究開発職として(少々意外ではありましたが)主に構造解析シミュレーションを行っております。専門分野外の業務に取り組み、成果を出すために毎日勉強の日々で大変ですが、もともと大学の専攻から少し離れた仕事をしてみたいと望んでいたため、同時に充実感ややりがいも得られています。本研究を通して培った様々な分野の知識・経験で、会社でもシナジーを起こすことができる人材となって活躍し、よりよい社会の実現に貢献したいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ここまでお読みいただきありがとうございます。電気系の専攻の私が、化学の情報を得るために見ていたChem-Stationにこうして取り上げていただけたこと、大変光栄に思います。

研究が思うように進まず、フラストレーションがたまることも多々ありましたが、興味があることにじっくり取り組むことができた研究室時代は、就職した今になって思うと本当に貴重な時間だったな、と感じています。また、本研究を行う中で興味の対象が広がったことで、今の会社に就職できたと思います。自分の専攻にとらわれず、様々な分野に飛び込んでいくことが、将来の自分の可能性を広げることにつながると思います。

最後になりましたが、研究室配属から6年間、親身にご指導いただいた桐谷乃輔准教授、藤村紀文教授、また本研究の遂行に携わっていただいた共著者の皆様、桐谷研究室および藤村研究室の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:福井 暁人(ふくい あきと)

所属(研究当時):

大阪公立大学大学院 工学研究科 電子・数物系専攻 電子物理工学分野

機能デバイス物性研究室(藤村研究室)

研究テーマ:電子デバイス応用に向けた2次元半導体表面の機能化に関する研究

略歴:

2018年3月 大阪府立大学 工学域 電気電子系学類 卒業

2020年3月 大阪府立大学 工学研究科 電子・数物系専攻 博士前期課程 修了

2023年3月 大阪府立大学 工学研究科 電子・数物系専攻 博士後期課程 修了

2023年4月~現在 化学系メーカーで研究開発に従事

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. ACS Macro Letters創刊!
  2. キムワイプをつくった会社 ~キンバリー・クラーク社について~
  3. ここまでできる!?「DNA折り紙」の最先端 ③ ~立体を作ろう!…
  4. 専門用語(科学英単語)の発音
  5. とあるカレイラの天然物〜Pallambins〜
  6. 人工タンパク質ナノブロックにより自己組織化ナノ構造を創る
  7. 環状アミンを切ってフッ素をいれる
  8. 力をかけると塩酸が放出される高分子材料

注目情報

ピックアップ記事

  1. 表裏二面性をもつ「ヤヌス型分子」の合成
  2. 【温泉を化学する】下呂温泉博物館に行ってきた
  3. 原子分光分析法の基礎知識~誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-OES)を中心に~
  4. 研究者の活躍の場は「研究職」だけなのだろうか?
  5. 多重薬理 Polypharmacology
  6. 井上 将行 Masayuki Inoue
  7. ストリゴラクトン類縁体の構造活性相関研究 ―海外企業ポスドク―
  8. 安定なケトンのケイ素類縁体“シラノン”の合成 ケイ素—酸素2重結合の構造と性質
  9. カーン グリコシド化反応 Kahne Glycosidation
  10. トム・スタイツ Thomas A. Steitz

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP