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化学者のつぶやき

ストリゴラクトン類縁体の構造活性相関研究 ―海外企業ポスドク―

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ケムステ海外研究記の第40回目は、先日までSyngenta AG(シンジェンタ)に留学されていた吉村柾彦さんにお願いしました。(写真はStein, Switzerlandにある、Syngentaの試験場を含む研究所の全景。SCSより引用)

Q1. 海外でどんな研究をしていましたか?

ETHのBode Groupに所属しながら、スイスに本社を置く農薬企業「Syngenta」で共同研究博士研究員として働いていました。

図1 Dr. Alain De Mesmaeker(左、スイス化学会の会長2016-)とSyngenta AGのBasel本社(右)の写真。(写真はSCSより引用)

 

SyngentaではDr. Alain De Mesmaekerの研究チームで「非典型ストリゴラクトンの全合成」に取り組んでいました。ストリゴラクトンは植物が生合成する小分子のひとつで種子の発芽や葉の老化、枝分かれなどを制御する植物ホルモンとして知られています。これら生理活性の全てが作物の収量に大きく影響を与えるため、ストリゴラクトンを用いて精密に植物の成長をコントロールすることができれば持続的な農業生産を実現できると考えられています[1]。

図2 ストリゴラクトン類の構造

ストリゴラクトンは根寄生植物の種子発芽を刺激する分子として見つかったstrigolの類縁体の総称で、その分子構造はすべての類縁体に共通のブテノライド部位と、生合成する植物種によって微妙に異なるセスキテルペン部位から構成されています。これまで様々な植物種から多様な構造のストリゴラクトンが単離されており、現在では30種以上の構造類縁体が見つかっています。とりわけ三大穀物のひとつであるトウモロコシは典型的なセスキテルペンユニットとは大きく異なる骨格構造を有するストリゴラクトン、Zealactone 1a/bを生合成することが最近わかってきました[2]。このことからトウモロコシのような農作物を標的にする場合では、セスキテルペン構造をもつ典型的なストリゴラクトンよりも非典型的な構造モチーフをもつ分子の方が有効なのではないかと考えられます。しかし、微量な天然存在量とその構造に由来する分子の不安定性などからZealactone 1a/bの生物学的機能はわかっていませんでした。私は、留学期間でZealactone 1a/bおよびその誘導体(Heliolactone)をグラムスケールで合成し、その生理活性を評価することで、Zealactoneのユニークな分子構造が引き出すトウモロコシに対する高い生理活性を明らかにしました[3,4]。また、この結果を受けてZealactoneの構造をベースに簡略化した合成誘導体を開発することで、土壌での高い安定性と優れた生物活性をあわせもつ新規農薬の開発にも取り組んでいました[5]。

Q2. なぜ日本ではなく、海外(その研究所またはPI)で研究を行う(続ける)選択をしたのですか?

Schreiber研に短期留学していた際、研究室の一人が製薬会社Novartisのポスドクポジションにアプライしているのを見たのが「海外企業ポスドク」に興味をもった最初のきっかけでした。企業で働いてみたいが、同時に博士取得後は海外で研究してみたいという思いがあった自分にとって「海外企業ポスドク」はいいとこどりの選択肢で、学位研究で植物ケミカルバイオロジーに取り組んでいたこともあり、スイスの農薬会社Syngentaにアプライしました。

実際の雇用契約の話になると、アジア人がヨーロッパの海外企業でポスドクポジションを獲得するのはVisaの制限等で難しく、そういった面をサポートしていただいたETHのJeffrey Bode教授には非常に感謝しています。海外企業で挑戦してみると決めた時、周りからは「企業じゃ論文でないでしょ、リスクとるね」とか「なんで日本の企業でもなく、アカデミアでもなく海外の企業に行くんだ?」など色々なことを言われましたが、最初から最後まで僕の挑戦と選択を後押ししてくれた伊丹先生萩原先生には大きく励まされました

Q3. 研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

研究留学をしてよかった点

自分の場合、海外企業ポスドクという選択肢をとったことで企業がどういったスタンスで、何をターゲットに研究しているのかを知ることができたのが非常に大きな経験となりました。現在は京都大学でアカデミア研究をしていますが、今後もSyngentaとは研究パートナーとして一緒にやっていけたらと考えています。あと、給料がよくてお金が貯まりました。

研究留学をして悪かった点

Syngentaの研究所がSteinというスイスの片田舎に位置していたため、そこに住むわけにもいかず毎日1時間半かけて通勤していたのが地味に大変でした。幸いスイスの鉄道会社はとても優秀で、日本のように遅延することはほとんどなく、日本と違って満員電車になることがないため(2年間通勤して一度も座れなかったことはありませんでした。)苦痛を感じるほどではなかったです。

Syngentaの衛星写真。製薬企業のメッカBaselはここから40km西(ドイツとスイスの国境を分かつライン川の下流)にある。最寄りの駅はBaselとZurichを結ぶ特急は止まらないので、結構不便。周辺にはNovartisやRocheの工場などもある。(Google Mapから)

Q4. 現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

Syngentaの化学研究棟では約100人の研究者(テクニシャン、ポスドク、グループリーダー)が働いています。研究チームは4〜6人程度で構成され、研究チームに関係なく1つの実験室(ドラフト付き実験台6台とエバポ4台)を2〜4人で共有するかたちで働いています。そのため、アカデミアのような研究室といった区切りを感じることはなく、化学研究棟全体でひとつの研究室といった雰囲気でした。20を超える国籍多様性をもつスイスの化学研究棟で、アジア系は私一人だったので、みんな顔と名前をすぐ覚えてくれました。

ボス(Alain)との研究ディスカッションは毎日していました。昼過ぎになるとAlainが実験室までやってきて30分から1時間程度研究の進捗からアイディア出し、実験の優先度決めなど毎日話し合ってました。気さくな方なので毎日の研究ディスカッションは本当に楽しかったですし、とても教育的で勉強になりました。

Q5. 渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください。

渡航前に準備したことはほとんどありませんでした。出国フライトの12時間前まで実験してましたし、とりあえず下着の枚数だけ揃っていれば足りないものはスイスについてからなんとかなるだろうと考えていました。実際に行ってみたらなんとでもなりました。現地で困ったことは、スイスに着いて一週間後に財布をスられて無一文になったことです。

Q6. 海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

日本でも「持続可能な農業生産に貢献する有機合成化学」をテーマに研究に取り組むつもりです。Syngentaで培った人脈と知識をフルに活用して、社会実装までを視野に入れた面白い研究を展開していきたいと考えています。アカデミアと企業、植物生物学/農芸化学と有機合成化学、日本と海外を繋ぐ人材として活躍していきたいです。

Q7. 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

2020年はコロナウイルスの大流行により、多くの学会が中止となり予定していた留学が延期になってしまった人も多いかと思います。簡単に海外に行くことができなくなってしまいましたが、海外に住んで現地の人と生活を共にすることで学べることは得難いことなので是非チャレンジしてみてはいかがでしょうか。また、海外企業ポスドクも通常のアカデミックラボとは異なる環境で研究を学べるので、選択肢のひとつに入れてみると良いかもしれません。

参考文献

  • [1] Bouwmeester, H. J.; Fonne-Pfister, R.; Screpanti, C.; De Mesmaeker A. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 55, 12778–12786. DOI: 10.1002/anie.201606847.
  • [2]  Charnikhova, T. V.; Gaus, K.; Lumbroso, A.; Sanders, M.; Vincken, J.-P.; De Mesmaeker, A.; Ruyter-Spira, C.P.; Screpanti, C.; Bouwmeester, H. J. Phytochemistry 2017,137, 123–131. DOI: 10.1016/j.phytochem.2017.02.010.
  • [3]  Yoshimura M.; Fonne-Pfister R.; Screpanti, C.; Rendine, S.; Dieckmann, M.; Quinodoz, P.; De Mesmaeker A. Helv. Chim. Act. 2019, 102, e1900211. DOI: 10.1002/hlca.201900211.
  • [4]  Yoshimura M.; Dieckmann, M.; Dakas, P.-Y.; Fonne-Pfister, R.; Screpanti, C.; Rendine, S.; Quinodoz, P.; Horoz, B.; Catak, S.; De Mesmaeker A. Helv. Chim. Act. 2020, 103, e2000017. DOI: 10.1002/hlca.202000017.
  • [5]  Yoshimura. M;, et al. to be submitted

研究者のご略歴

研究者氏名:吉村 柾彦

    • ORCID ID: 0000-0002-4642-9991.
    • 2012-2013年  名古屋大学理学部化学科(学士:山口茂弘教授)
    • 2013-2018年  名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)(修士・博士:伊丹健一郎教授)
    • 2016年     Broad institute of Harvard Universityに短期留学(Prof. Stuart L. Schreiber
    • 2018-2020年  ETH Zürich, Departments Chemie und Angewandte Biowissenschaften, Laboratorium für Organische Chemie, 博士研究員 (Prof. Jeffrey W. Bode
    • 2020年6月-現在 京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点 特定助教(藤田大士准教授)
    • 海外留学歴:2 years

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東京の大学で修士を修了後、インターンを挟み、スイスで博士課程の学生として働いていました。現在オーストリアでポスドクをしています。博士号は取れたものの、ハンドルネームは変えられないようなので、今後もGakushiで通します。

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