bergです。この度は2024年8月30日(金)~31日(土)に電気通信大学とオンラインにて開催された、「理研シンポジウム 第三回冷却分子・精密分光シンポジウム」を一部聴講してきました。この記事では会の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。
演題と概要は以下の通りです。
理研シンポジウム: 第三回冷却分子・精密分光シンポジウム
開催日 2024年8月30日(金)-31日(土)
時間 30日(金)12:00 – 18:00、31日(土)9:00 – 17:30
対象 研究者
場所 電気通信大学 / オンライン(Zoom)
言語 日本語
主催 開拓研究本部 東原子分子物理研究室
共催 自然科学研究機構
プログラム(抜粋)
8月30日(金)
13:10 招待講演:多原子分子を用いた対称性の破れの探索 高橋 唯基(カリフォルニア工科大)
13:40 招待講演:鏡像異性体間のエネルギー差の電子励起による増大 瀬波 大土(京都大)
14:20 特別講演:FTMW分光法による開殻フリーラジカルの高分解能分光 遠藤 泰樹(国立陽明交通大)
15:20 特別講演:電子・陽子質量比の不変性検証に向けた冷却分子実験 小林 淳(北海道大)
16:20 招待講演:電子EDMと磁場の量子センシング 青木 貴稔(東京大)
16:50 招待講演:レーザー冷却による極低温ポジトロニウムの実現と精密測定への展望 周 健治(東京大)
8月31日(土)
9:00 特別講演:量子化学に基づく理論精密分光 江原 正博(分子研)
9:50 招待講演:量子状態と衝突エネルギーを制御した反応ダイナミクス研究 高口 博志(広島大)
10:20 バッファーガス冷却された分子の高分解能分光 宮本 祐樹(岡山大)
11:00 特別講演:低温氷表面における物理化学過程 渡部 直樹(北海道大)
13:50 特別講演:ALMAとその先:ミリ波・サブミリ波からセンチ波へ 山本 智(総合研究大学院大)
14:40 招待講演:アストロケミストリーの探求と展望:理論化学の役割 村上 龍大(埼玉大)
15:10 招待講演:分子分光における強度キャリブレーションの重要性-フロッピーな分子, メタノール- 小山 貴裕(理研)
15:40–15:50 休憩
15:50 ヘリウムナノ液滴中における励起分子イオンの観測 久間 晋(理研)
16:20 招待講演:交差分子線衝突イオン化反応における衝突速度と配向依存性の研究 山北 佳宏(電気通信大)
16:50 招待講演:気相芳香族星間分子の実験室生成とその高分解能分光 荒木 光典(マックスプランク研究所)
2022年から今回で第三回となる冷却分子・精密分光シンポジウムですが、特に今年は冷却原子や宇宙科学、理論計算との関係に着目した招待講演も多く、個人的に関心の高かった星間分子の化学についてのセッション4も企画されており、予定の都合上一部のみではありますが聴講させていただくことができました。
最初にご講演いただいた山本先生は、圧倒的な高感度・高分解能分子輝線観測が可能なALMA望遠鏡やセンチ波干渉計JVLAをはじめとする最先端の観測装置を駆使して新たな星が生まれつつある星雲に存在する分子を調べ、惑星系形成に伴う物質進化を追跡することで、私たち太陽系に存在する物質の起源を解き明かすことを目的に、日夜研究に取り組まれています。これらの星雲は通常、数十万年から百万年程度のスケールで恒星系へと進化しますが、観測波長を長くし、透過力の強い電波(センチ波)を用いることではじめて、星が誕生する過程を他の物質に遮られずに観測することができるということです。こうして発見された星間分子は既に320種類にも及び、常温・常圧では考えられないような不安定な分子やラジカルが多数検出されています。山本先生のグループはオリオン座の星雲をターゲットに精力的にご研究を進められており、将来的には100以上の同様の天体を調査することで統計的な議論を行えるようデータの蓄積を続けるとのことです。一見無機物ばかりに思える宇宙空間に、どのようにして私たち生命へとつながる有機分子が形成されていったのか、今後の研究の進展に期待です。
続いての村上先生のご講演では、宇宙空間での星間分子の反応素過程の解明について、お話をうかがうことができました。宇宙空間に存在する元素の90%以上は水素が占めており、星間分子の化学反応で H や H+ が関わらない反応はないと言っても過言ではありません。特に、私たち生命体にとって欠かすことのできない有機物は、必ず炭素・水素結合を含んでおり、それがどのような過程を経て形成されたのか解き明かすことは肝要です。そのような化学反応において量子論的な効果は無視できない要素ですが、とりわけプロトンのような質量の小さい化学種では顕著です。村上先生はアミノ酸などの生体物質の起源の一つとも考えられるアミド結合の形成過程に関連して、HNCOとH3+(量子化学のヒュッケル近似でおなじみですね!)の反応について量子論を加味した詳細な検討を行われるなど、この分野において重要な業績を挙げられています。実際にALMA望遠鏡の観測からは、あと一度反応すればアミノ酸になると期待されているアミノアセトニトリルが既に見つかっているということで、生命の起源が解き明かされる日もそう遠くないかもしれませんね!
以前にも長野県野辺山高原にある国立天文台にまつわる記事を書かせていただきましたが、一見化学とは無縁にも思える天文学の分野にも、有機化学や分光分析は深く関わっています。
過去記事→化学系必見!博物館特集 野辺山天文台編~HC11Nってどんな分子?~
有機化学に長けた読者のみなさまの中から、私たち人類を育んできた太陽系と生体分子やその鏡像体過剰率の起源、また、これから進出することになるであろう宇宙空間の神秘について紐解いてくれる人が出てくることを切に期待しています。
民間企業に就職して以来このような最先端の研究に触れる機会がめっきり減ってしまっていたので、今回の講演会は非常に刺激的で新鮮でした。最後になりましたが、講演をセッティングしてくださった電気通信大学の関係者各位、そして、ご講演くださった先生方に心よりお礼申し上げます。今後の研究の進展も楽しみにしています。