[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

モリブデンのチカラでニトロ化合物から二級アミンをつくる

[スポンサーリンク]

川上原料のニトロアレーンとアリールボロン酸を用いた二級アミン合成法が報告された。空気下で安定なモリブデン触媒を用いることができ、広範な基質適用範囲を実現した魅力ある反応である。

ニトロ基を用いたC–N結合生成

芳香族アミン化合物は機能性材料や医農薬化合物において重要であり、それらの優れた合成法の開発は有機合成化学における重要な課題である。これまで還元的アミノ化やBuchwald–Hartwigカップリングなどの、アミンを原料に用いるカップリング反応がよく用いられてきた。また、ニトロソ化合物やヒドロキシルアミンを出発物質とするアミノ化反応も報告されている。しかし、これらの反応で用いられる原料はニトロアレーンを還元して得られるため、出発原料にニトロ化合物を直接用いることができれば工程数の削減につながる。芳香族ニトロ化合物を用いたアミノ化反応に、古典的な例としてCadogan環化反応やBartoliインドール合成などが知られる。近年、適切に反応系中でニトロ化合物をニトロソ化合物へ部分還元することで、ニトロ化合物を原料に用いた分子間アミノ化反応の開発が達成されている。例えば、Baranらは鉄触媒を用いたニトロアレーンのラジカル的アルキル化反応の開発に成功した(1A)[1a]。また、有機マグネシウム試薬やビス(ピナコラト)ジボロン(B2pin2)で部分還元する芳香族アミン合成法も報告されている(1B)。しかし、これらの手法で用いられるマグネシウムや亜鉛などの有機金属試薬は高い反応性をもつため、官能基耐性に課題が残る[1b,c]。一方、ごく最近Radosevichらは独自のホスフィン(III)を触媒とすることで、ニトロアレーンと有機ボロン酸とのアミノ化反応を報告した(1B)[2]

今回、本論文の著者であるSanzらは空気下でも安定なジオキソモリブデン(VI)触媒と還元剤としてトリフェニルホスフィンを用いることでニトロ化合物と有機ボロン酸を用いた2級アミン合成を開発したので紹介する(1 C)。本反応は空気下で進行するという利点をもつ。

図1.(A)ニトロ化合物を用いるアミノ化反応 (B) ニトロ化合物を用いたホスフィン触媒によるアミノ化反応(C) 本論文におけるアミノ化反応

 

“Reductive Molybdenium-Catalyzed Direct Amination of Boronic Acids with Nitro Compounds”

Suárez-Pantiga, S.; Hernández-Ruiz, R.; Virumbrales, C.; Pedrosa, M. R.; Sanz, R. Angew. Chem., Int. Ed. 2019,58, 2129.

DOI: 10.1002/anie.201812806

論文著者の紹介

研究者:Roberto Sanz

研究者の経歴:
1992-1997 Ph.D., University of Oviedo (Prof. J. Barluenga and Prof. F. J. Fañanás)
1997-2003 Assistant Professor, University of Burgos
2003-2010 Associate Professor, University of Burgos
2010- Full Professor, University of Burgos

研究内容:遷移金属触媒・有機触媒を用いた新規有機合成反応の開発

論文の概要

本反応は、(MoO2Cl2(dmf)2/bpy触媒とトリフェニルホスフィンを還元剤として用いることで様々なニトロ化合物と有機ボロン酸から芳香族アミンを合成できる(2A)。ニトロアレーンとアリールボロン酸ともに極めて広範な基質適用範囲を有しており、芳香環上の電子的要因や立体的要因に関わらず概ね良好な収率で目的の二級アミンを与える。さらに、ヘテロ芳香環や多環式芳香環を用いても目的の二級アミンが得られる。

本反応の反応機構は、以下の経路が考えられている(2B)。まずモリブデン(VI)錯体Iがトリフェニルホスフィンによって還元されたのち、ニトロ化合物がモリブデン(IV)錯体へ配位しIIとなる。その後、配位したニトロ化合物によりIIが酸化されることでニトロソ化合物が配位したモリブデン(VI)錯体IIIが生成する。ここから2つの経路が推定されている。経路Aとして、モリブデン(VI)錯体IIIがトリフェニルホスフィンによって再度還元されたのち、配位していたニトロソ化合物による再酸化の結果、h2ニトロソ錯体IVとなる。その後、窒素原子がボロン酸に求核攻撃しナイトレノイド中間体Vとなり、ホウ素原子上のR2基が1,2-転位しアミノボロン酸VIを与える。一方、経路BではIIIから解離したニトロソ化合物VIIがトリフェニルホスフィンによって還元され、ホスホニウム塩VIIIとなる。ホスホニウム塩VIIIはボロン酸とナイトレノイド中間体IXを形成したのち、経路Aと同様の1,2-転位によりアミノボロン酸VIを与える。最後にVIの加水分解により目的の二級アミンを与える。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定反応機構

 

以上、空気下でも安定なモリブデン錯体Iとトリフェニルホスフィンを還元剤に用いた、ニトロ化合物と有機ボロン酸との二級アミン合成を紹介した。広範な基質適用範囲と操作の簡便性から、今後広く用いられることが期待できる。

参考文献

  1. (a) Gui, J.; Pan, C.-M.; Jin, Y.; Qin, T.; Lo, J. C.; Lee, B. J.; Spergel, S. H.; Mertzman, M. E.; Pitts, W. J.; La Cruz, B. J.; Schmidt, M. A.; Darvatkar, N.; Natarajan, S. R.; Baran, P. S. Science 2015, 348, 886. DOI:1126/science.aab0245(b) Sapountzis, I.; Kochel, P. J. Am. Chem Soc. 2002, 124, 9390. DOI: 10.1021/ja026718r(c) Rauser, M.; Ascheberg, C.; Niggemann, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 11570. DOI: 10.1002/anie.201705356
  2. Nykaza, T. V.; Cooper, J. C.; Li, G.; Mahieu, N.; Ramirez, A.; Luzung, M. R.; Radosevich, A. T. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 15200. DOI: 10.1021/jacs.8b10769
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌3月号:鉄-インジウム錯体・酸化的ハロゲン化反…
  2. 無機物のハロゲンと有機物を組み合わせて触媒を創り出すことに成功
  3. ヒドラジン
  4. 第21回次世代を担う有機化学シンポジウム
  5. MEDCHEM NEWS 33-2 号「2022年度医薬化学部会…
  6. ケムステV年末ライブ2021開催報告! 〜今年の分子 and 人…
  7. 室温でアルカンから水素を放出させる紫外光ハイブリッド触媒系
  8. 近況報告Part V

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「原子」が見えた! なんと一眼レフで撮影に成功
  2. 第2回エクソソーム学術セミナー 主催:同仁化学研究所
  3. E. J. Corey からの手紙
  4. 触媒表面に吸着した分子の動きと分子変換過程を可視化~分子の動きが触媒性能に与える影響を解明~
  5. アルケンのE/Zをわける
  6. アニオンUV硬化に有用な光塩基発生剤(PBG)
  7. ⽔を嫌う CH₃-基が⽔をトラップする︖⽣体浸透圧調整物質 TMAO の機能溶液化学を、分⼦間相互作⽤の時空間精細解析で解明
  8. 機械学習は、論文の流行をとらえているだけかもしれない:鈴木ー宮浦カップリングでのケーススタディ
  9. 合成生物学を疾病治療に応用する
  10. Nature Chemistryデビュー間近!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年3月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究…

ケムステイブニングミキサー 2025 報告

3月26日から29日の日本化学会第105春季年会に参加されたみなさま、おつかれさまでした!運営に…

【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新

■ウェビナー概要プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波…

予期せぬパラジウム移動を経る環化反応でベンゾヘテロールを作る

1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。 合…

【27卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

熱がダメなら光当てれば?Lugdunomycinの全合成

光化学を駆使した、天然物Lugdunomycinの全合成が報告された。紫外光照射による異性化でイソベ…

第59回有機反応若手の会

開催概要有機反応若手の会は、全国の有機化学を研究する大学院生を中心とした若手研究…

多環式分子を一挙に合成!新たなo-キノジメタン生成法の開発

第661回のスポットライトリサーチは、早稲田大学大学院先進理工学研究科(山口潤一郎研究室)博士課程1…

可視光でスイッチON!C(sp3)–Hにヨウ素をシャトル!

不活性なC(sp3)–H結合のヨウ素化反応が報告された。シャトル触媒と光励起Pdの概念を融合させ、ヨ…

化学研究者がAIを味方につける時代―専門性を武器にキャリアを広げる方法―

化学の専門性を活かしながら、これからの時代に求められるスキルを身につけたい——。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP