[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

ナノクリスタルによるロタキサン~「モファキサン」の合成に成功~

[スポンサーリンク]

第552回の東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 植村研究室の飯塚 知也 (いいづか ともや)博士にお願いしました。

植村研究室では、多孔性⾦属錯体 (MOF) や共有結合性有機構造体 (COF) などの分⼦性ナノ空間材料を合理的に作り出し、これらの物質が持つ空間情報を超精細に解読・転写する新しい化学システムの開拓を⾏なっています。

本プレスリリースは、高分子が結晶を貫通した新物質「モファキサン」についてです。本研究グループでは、無数の細孔(微細な穴)を有する多孔性金属錯体(MOF)の結晶全体に、高分子を貫通させることにより、世界で初めてリング状分子以外の物質でロタキサン構造を実現させることに成功しました。そして、この新物質はロタキサンの命名法に倣い、モファキサン(MOFaxane)と名付けられました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

An approach to MOFaxanes by threading ultralong polymers through metal-organic framework microcrystals

Tomoya Iizuka, Hiroyuki Sano, Benjamin Le Ouay, Nobuhiko Hosono*, Takashi Uemura*

Nat Commun 14, 3241 (2023).

doi:10.1038/s41467-023-38835-5

本研究を現場で指揮された細野 暢彦准教授より飯塚博士についてコメントを頂戴いたしました!

飯塚さんは、超がつくほどの鉄道ファンで気象予報士の資格も持つ偉才の研究者。今回のMOFaxaneの合成プロジェクトは、まさにそんな飯塚さんのオリジナリティなくては成せなかったポイントがたくさんありました。誰も発想したことがなかった物質を実現させた今回のプロジェクトでは、どのようにそれを実証するかが重要でした。これはダメかも、、と思うこともしばしば。しかし、飯塚さんは冷静な判断で問題を洗い出し、X線回折データの解析法を工夫したり、高分子の結晶化理論を踏まえた考察を導入したりと果敢に問題に取り組み、最後は根性で本研究を完成させました。飯塚さんが中心となって世界で始めて合成に成功したMOFaxaneは、これまでの超分子化合物の概念に新しい方向性をもたらす物質です。本成果を皮切りに、これまでの常識にとらわれない構造をもった様々な物質・材料が誕生することを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、内部に細孔を有する多孔性金属錯体 (Metal-organic framework, MOF) のナノ結晶と長鎖高分子による全く新しいロタキサン構造の形成を報告しました。

 ロタキサン (rotaxane) はリング状の分子 (rotor) に軸状の分子 (axis) が貫通した構造からなる超分子で、2016年のノーベル化学賞の受賞対象となった分子マシンにも利用されるなど、学術・実用両面から多くの関心を集めてきました。一方で、これまでリング状のrotorの構造としてはシクロデキストリン等のごく限られた種類の環状分子でしか報告例がなく、それ以外の物質を利用した設計はほとんど考慮されてきませんでした。

我々のグループでは、MOFのナノ細孔の中へ高分子がその末端から入り込み吸着されるという特異な現象を報告しています (Nat. Commun., 2010, 1, 83)。このとき、通常は高分子の長さはMOFの結晶よりは十分小さく、一つの細孔の中に何本もの高分子鎖が取り込まれます (Fig. 1a)。本研究ではこの大小関係を逆転させ、非常に長い高分子鎖をMOFの細孔に通すという戦略でロタキサン構造を構築することを提案しました (Fig. 1b)。我々はこのようにして得られる物質を、ロタキサンの命名法に則りMOFaxane(“MOF”+”axis”)と名付けました。実際に本研究で合成した数百nm程度のMOF結晶と、それよりも100倍以上長い伸び切り鎖長を有する長鎖ポリエチレンオキシド (PEO) の複合体は、長鎖PEO鎖がMOFを貫通し、さらに複数のMOF結晶を架橋したポリロタキサン様のネットワーク構造 (polyMOFaxane構造) をとっていることが示唆され (Fig. 1c) 、環状分子以外の構造体からロタキサンを構築可能であることを初めて示しました。

Fig. 1

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

実は今回のプロジェクトの当初の目的はMOFaxaneの合成ではなく、どれだけ長い高分子がMOFへ取り込まれるのか、その限界を知るという基礎的なものでした。それが実験を進めるうちに、いくら高分子を長くしていってもMOFの細孔へ入っていく現象が確認されました。これは我々の予想に反していましたが、次第に高分子がMOFを貫通できる長さになっても同様の結果が得られるようになり、もしやと思い始めるようになりました。しかし当時は、どのようにして貫通した構造が得られていることを示せばよいのか、誰も得たことのない物質を前に手の付け方がまったくわからない状況に長く苦しみました。しばらくして、MOFaxane構造の存在を示す根拠となる結果を見出したときのことは印象に残っています。今回の系で使用したMOFはゲスト分子の包接に伴って孔が開き構造変化する性質があります。あるとき、これまで様々な条件で測定したデータを改めて整理して眺めていた時に、同じ組成比のMOF/PEO複合体でもPEOの分子量 (鎖長) によって開孔したMOFの割合が異なっていることに気がつきました。一見してMOFaxaneの構造とは関係のなさそうなデータでしたが、これまで四六時中頭の中を巡っていた構造と本結果がリンクし、さらに掘り下げて実験を行っていくと、これが見事にMOFaxane構造の存在で説明できることを突き止めました。雑然としたデータであったり、例え思ったような結果でなくとも、そこには面白い事実が眠っているという視点で粘り強く向き合うことの大切さを改めて学ぶことができたと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

上述のように (poly)MOFaxane構造と呼べる構造が本当に存在しているかを示すのはとても難しい問題でした。概略図で描いているような構造を直接的に顕微観察することは技術的に困難であり、polyMOFaxane構造の形成を示す間接的なデータを数多く集めることが必要になりました。複合体中のMOFの構造解析のほか、複合体中のPEOの結晶化速度から貫通構造を議論するなど、自分がこれまで携わってこなかった分野も積極的に勉強して多角的に立証することに注力しました。未踏の課題に対して様々な手法や理論、分野を超えた考察を駆使して自分で研究を進めるというエッセンスを学び、研究者としての自信をつけることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今年 (2023年) からは新たな研究室で研究員として研究を続けています。博士課程を修了したとはいえまだまだ研究者としては未熟であり、これからも勉強を続けていきたいと思います。化学にどんな貢献ができるか見通せない部分はありますが、本研究のほかにもいろいろな研究テーマにかかわった経験も活かし、分野を横断するような研究領域で活躍していければと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ここまでお読みいただきありがとうございました。今回このように研究成果についてご紹介する貴重な機会を頂いたことを大変光栄に感じております。

研究では狙ったような結果が出ないことも多いですが、粘り強く考察することで道が開けることもあります。また、そのときには失敗に思えることでも後々自分の糧になったり後から研究する人たちにとっては貴重な情報になったりすることもあると思います。思うように研究が進まないときでも必要以上に思い悩むことなく、良い意味で気楽に研究に向き合うのがいいのかなと感じました。

最後に、本研究を進めるにあたりご指導、ご助言をいただくとともにまた研究がうまく進まないときにも多大なサポートをしていただいた植村卓史教授・細野暢彦准教授をはじめ、植村研究室のメンバーの方々に深く御礼を申し上げます。

研究者の略歴

名前: 飯塚 知也 (いいづか ともや)

所属(当時): 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程 (植村・細野研究室)

略歴:

2018年3月 京都大学工学部 工業化学科 卒業

2020年3月 京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻 修士課程 修了

2021年4月~2023年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)

2023年3月 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程 修了、博士 (科学)

2023年4月~現在 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任研究員 (伊藤・横山研究室)

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 論文コレクター必見!WindowsでPDFを全文検索する方法
  2. 精密質量計算の盲点:不正確なデータ提出を防ぐために
  3. 【マイクロ波化学(株) 石油化学/プラスチック業界向けウェビナー…
  4. カルボン酸に気をつけろ! グルクロン酸抱合の驚異
  5. シス優先的プリンス反応でsemisynthesis!abeo-ス…
  6. 第100回有機合成シンポジウム記念特別講演会に行ってきました
  7. 窒素固定をめぐって-2
  8. 水晶振動子マイクロバランス(QCM)とは~表面分析・生化学研究の…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 微小な前立腺がんを迅速・高感度に蛍光検出する
  2. Christoph A. Schalley
  3. 陽電子放射断層撮影 Positron Emmision Tomography
  4. 有機合成化学協会誌2019年6月号:不斉ヘテロDiels-Alder反応・合金ナノ粒子触媒・グラフェンナノリボン・触媒的光延反応・フェイズ・バニシング
  5. シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー
  6. 樹脂コンパウンド材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  7. MIT、空気中から低濃度の二酸化炭素を除去できる新手法を開発
  8. 美術品保存と高分子
  9. 耐薬品性デジタルマノメーター:バキューブランド VACUU・VIEW
  10. 特許庁「グリーン早期審査・早期審理」の試行開始

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

ダイヤモンド半導体について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、究極の…

有機合成化学協会誌2025年6月号:カルボラン触媒・水中有機反応・芳香族カルボン酸の位置選択的変換・C(sp2)-H官能基化・カルビン錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年6月号がオンラインで公開されています。…

【日産化学 27卒】 【7/10(木)開催】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 Chem-Talks オンライン大座談会

現役研究者18名・内定者(26卒)9名が参加!日産化学について・就職活動の進め方・研究職のキャリアに…

データ駆動型生成AIの限界に迫る!生成AIで信頼性の高い分子設計へ

第663回のスポットライトリサーチは、横浜市立大学大学院 生命医科学研究科(生命情報科学研究室)博士…

MDSのはなし 骨髄異形成症候群とそのお薬の開発状況 その2

Tshozoです。前回はMDSについての簡易な情報と歴史と原因を述べるだけで終わってしまったので…

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究…

ケムステイブニングミキサー 2025 報告

3月26日から29日の日本化学会第105春季年会に参加されたみなさま、おつかれさまでした!運営に…

【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新

■ウェビナー概要プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波…

予期せぬパラジウム移動を経る環化反応でベンゾヘテロールを作る

1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。 合…

【27卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP