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化学者のつぶやき

2つ輪っかで何作ろう?

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1枚のベンゼン環を共有する2つの[8]シクロパラフェニレン([8]CPP)構造をもつ二環式大環状化合物SCPP[8]が合成された。SCPP[8]はキラルな光学特性を示すだけでなく、凝集度に依存する発光色の変化も示した。

シクロパラフェニレン(CPP)の繋げ方

シクロパラフェニレン(CPP)は、カーボンナノチューブ(CNT)の最短部分構造であるリング状分子である[1]。2008年以降、Jasti、伊丹、山子らのグループが独立に合成を達成した。これに端を発し、現在までCPP類縁体の研究が広く展開されている[2]。なかでも、CPP構造を複合化させた分子は、CPP単体では達成しえない物性の発現が期待できる魅力的な分子群である。実際、2つのCPPを組み合わせた分子が報告されている。ここでは、CPPの繋げ方により2つに分類する(図1A)[3]。1は、二つのCPPをCNTの部分構造になるように連結させた分子である[4]。リング構造を一つの連結部で結合しているため、CPPが向かい合うシス体と反対に位置するトランス体の2つの異性体構造を行き来する独特な分子運動をもつ。もう1は、CNTの部分構造とはならない繋ぎ方であり、CPPの環構造を鎖状に繋いだCPPカテナンである[5]。除去が可能なケイ素原子で架橋した前駆体から、芳香族炭化水素のみからなるカテナン分子が効率的に合成されている。環サイズの異なるCPPからなるCPPカテナンは分子内エネルギー移動を伴う発光スペクトルを示す。このように、CPPの繋ぎ方によるCPP複合体の新たな現象・機能が明らかにされている。

これらに対し、今回の論文著者であるDuは、2021年に新たな複合化戦略として、1枚のベンゼン環を共有する形で2つの[10]CPPを繋げた分子SCPP[10]を報告している(図1B)[6]。SCPP[10]は、キラルな二環式大環状化合物であり、既知のCPP前駆体を用いて、鈴木–宮浦カップリングと還元的芳香族化により簡単に合成できる。しかし、SCPP[10]の溶解性は低く光学分割が困難であったため、キラリティに起因する性質の解明へは至らなかった。

今回、Du、Yangらは、より高い溶解性が期待できる小さな環サイズをもつSCPP[8]を合成した(図1C)。SCPP[8]は十分な溶解性を示すため光学分割が可能であり、キラリティに起因する光学特性の測定に成功した。また、SCPP[8]は凝集により発光色がシアンから赤色まで大きく変化する発光特性をもつことが明らかとなった。

図1. A. CPP二量体の構造と分類 B. SCPP[10]の構造 C. SCPP[8]の構造と性質

>“An Unexpected Dual-Emissive Luminogen with Tunable Aggregation-Induced Emission and Enhanced Chiroptical Property”
>Zhang, X.; Liu, H.; Zhuang, G.; Yang, S.; Du, P. Nat. >Commun.> 2022, 13, 3543.
DOI: 10.1038/s41467-022-31281-9

論文著者の紹介

研究者:Pingwu Du (平武)
研究者の経歴:
1997–2001 B.Sc., Wuhan University, China
2001–2004 M.S., The Technical Institute of Physics and Chemistry of the Chinese Academy of Sciences (TIPC-CAS), China
2004–2009 Ph.D., >University of Rochester, USA (Prof. Richard Eisenberg)
2009–2011 Postdoc, >Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. >Stephen J. Lippard)
2011–2012 >Director’s Fellow, Argonne National Laboratory, USA
2012– >Professor, University of Science and Technology of China, China
研究内容: ナノカーボン材料、太陽エネルギーの変換、人工光合成

研究者:Shangfeng Yang (上峰)
研究者の経歴:
1999–2003 Ph.D., >Hong Kong University of Science and Technology, China (Prof. Shihe Yang)
2004–2007 Researcher, >Leibniz-Institute for Solid State and Materials Research, Germany
2007– >Professor, University of Science and Technology of China, China
研究内容:ナノカーボン材料、太陽電池

論文の概要

著者らは、1,4-ジブロモ-2,5-ジヨードベンゼン(1)と2から鈴木–宮浦カップリングおよび還元的芳香族化の繰り返しによってSCPP[8]を合成し、エナンチオマーの分離に成功した(図2A)。次に、分離した(P)-SCPP[8]と(M)-SCPP[8]のCDおよびCPLを測定した。SCPP[8]のCDスペクトルは、–10 °Cから125 °Cまでの温度範囲で大きな変化が見られなかった(図B上)。この結果から、SCPP[8]のキラリティは熱的に安定であることがわかった。溶液および凝集状態のCPLスペクトルから、円偏光発光シグナルは、SCPP[8]の凝集にともない増大した(図B下)。

さらに、SCPP[8]は凝集に伴う発光色変化を示すことが明らかになった(図2C)。SCPP[8]の凝集による発光スペクトルの変化を、水を貧溶媒、THFを良溶媒とするH2O/THF混合溶媒系で測定した。SCPP[8]はTHF溶液において475 nmに発光極大を示した。水の割合fwの上昇に伴いSCPP[8]の発光強度が減少し、fwが60%を超えると577 nm付近に新たな発光帯が観測された。このことから、SCPP[8]の凝集により、分子集合体としての新たな発光経路を発見することが示唆される[7]。SCPP[8]は凝集による発光極大波長のシフトが102 nmと大きいため、凝集度の制御により発光色がシアン–白–赤と幅広く変化する。白色に近い発光はfw = 60%で観測された。有機白色光源の多くは、発光色の異なる分子の組み合わせによって作られる。この多成分系と比べ、白色を発する単一分子は発光色の再現性や安定性に優れる。そのためSCPP[8]は有機白色光源の有力な候補として期待できる。

図2. A. SCPP[8]の合成 B. SCPP[8]の CD と CPL スペクトル C. 凝集による SCPP[8]の発光色変化 (一部論文より引用)

以上、キラルな二環式大環状化合物SCPPの環サイズの小さな類縁体SCPP[8]が合成された。SCPP[8]は光学分割が可能であり、キラルな光学特性をもつことが明らかとなった。加えて、SCPP[8]は凝集度の制御により、発光色をシアン–白–赤と広く調節することができる。本研究は、CPPというシンプルな分子の組み合わせ方で、CPP単体ではみられない、キラリティの発現と凝集による発光色の変化を達成したといえる。あなたなら2つの輪っかで何を作りますか?

参考文献

  1. (a) Leonhardt, E. J.; Jasti, R. Emerging Applications of Carbon Nanohoops. Nat. Rev. Chem. 2019, 3, 672–686. DOI: 10.1038/s41570-019-0140-0 (b) Segawa, Y.; Yagi, A.; Itami, K. Chemical Synthesis of Cycloparaphenylenes. Phys. Sci. Rev. 2017, 2. 20160102. DOI: https://doi.org/10.1515/psr-2016-0102(c) Golder, M. R.; Jasti, R. Syntheses of the Smallest Carbon Nanohoops and the Emergence of Unique Physical Phenomena. Acc. Chem. Res. 2015, 48, 557–566. DOI: 10.1021/ar5004253
  2. (a) Jasti, R.; Bhattacharjee, J.; Neaton, J. B.; Bertozzi, C. R. Synthesis, Characterization, and Theory of [9]-, [12]-, and [18]Cycloparaphenylene: Carbon Nanohoop Structures. JAm. Chem. Soc. 2008, 130, 17646–17647. DOI: 10.1021/ja807126u (b) Omachi, H.; Matsuura, S.; Segawa, Y.; Itami, K. A Modular and Size-Selective Synthesis of [n]Cycloparaphenylenes: A Step toward the Selective Synthesis of [n,n] Single-Walled Carbon Nanotubes. Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 10202–10205. DOI: 10.1002/anie.201005734 (c) Iwamoto, T.; Watanabe, Y.; Sakamoto, Y.; Suzuki, T.; Yamago, S. Selective and Random Syntheses of [n]Cycloparaphenylenes (n = 8–13) and Size Dependence of Their Electronic Properties. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 8354–8361. DOI: 10.1021/ja2020668
  3. これ以外の分類法もある。この二つ以外にも環構造を切断し、スペーサーを挿入したCPP二量化体も盛んに研究されている(4d参照)。
  4. (a) Xia, J.; Golder, M. R.; Foster, M. E.; Wong, B. M.; Jasti, R. Synthesis, Characterization, and Computational Studies of Cycloparaphenylene Dimers. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 19709–19715. DOI: 10.1021/ja307373r (b) Ishii, Y.; Matsuura, S.; Segawa, Y.; Itami, K. Synthesis and Dimerization of Chloro[10]Cycloparaphenylene: A Directly Connected Cycloparaphenylene Dimer. Org. Lett. 2014, 16, 2174–2176. DOI: 10.1021/ol500643c (c) Li, K.; Xu, Z.; Deng, H.; Zhou, Z.; Dang, Y.; Sun, Z. Dimeric Cycloparaphenylenes with a Rigid Aromatic Linker. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 7649–7653. DOI: 10.1002/anie.202016995 (d) Sun, Z.; Li, K. Recent Advances in Dimeric Cycloparaphenylenes as Nanotube Fragments. Synlett 2021, 32, 1581–1587. DOI: 10.1055/a-1534-3103
  5. (a) Segawa, Y.; Kuwayama, M.; Hijikata, Y.; Fushimi, M.; Nishihara, T.; Pirillo, J.; Shirasaki, J.; Kubota, N.; Itami, K. Topological Molecular Nanocarbons: All-Benzene Catenane and Trefoil Knot. Science 2019, 365, 272–276. DOI: 1126/science.aav5021 (b) Segawa, Y.; Kuwayama, M.; Itami, K. Synthesis and Structure of [9]Cycloparaphenylene Catenane: An All-Benzene Catenane Consisting of Small Rings. Org. Lett. 2020, 22, 1067–1070. DOI: 10.1021/acs.orglett.9b04599
  6. Zhang, X.; Shi, H.; Zhuang, G.; Wang, S.; Wang, J.; Yang, S.; Shao, X.; Du, P. A Highly Strained All-Phenylene Conjoined Bismacrocycle. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 17368–17372. DOI: 10.1002/anie.202104669
  7. 著者らは、SCPP[8]のこのユニークな発光特性は、凝集誘起消光(aggregation-caused quenching, ACQ)を示すCPP骨格と凝集誘起発光(aggregation-induced emission, AIE)を示す1,2,4,5-TPB骨格の両方をもつことに起因するのではないかと説明している。しかし、この発光色変化(凝集に伴う短波長側の発光強度の減少および超波長側の発光強度の増大)をACQおよびAIEの概念に含める明確な理由が説明できないため、ここではACQ/AIEの使用を避ける。

山口 研究室

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