[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

光触媒-ニッケル協働系によるシステイン含有ペプチドのS-アリール化

[スポンサーリンク]

2018年、ペンシルバニア大学・Gary A. Molanderらは、無保護ペプチドに対し可視光レドックス―ニッケル協働触媒系を用いて、ハロゲン化アリールによるシステイン側鎖修飾反応を達成した。

“Scalable thioarylation of unprotected peptides and biomolecules under Ni/photoredox catalysis”
Vara, B. A.; Li, X.; Berritt, S.; Walters, C. R.; Petersson, E. J.;  Molander, G. A. Chem. Sci. 2018, 9, 336. DOI: 10.1039/c7sc04292b

問題設定

システインはチオールの求核性の高さ、天然タンパク質内の低存在比から生体共役反応やペプチド化学における重要な修飾標的である。ペプチドのシステインS-アリール化は、金属試薬を用いたものがいくつか報告されている[1-3]。しかしパラジウムやアリールハライドが過剰量必要になるなどの問題がある。ウルマン型カップリングでは、加えて高温条件および適切な保護基を必要としてしまう。

金属を使わない修飾法としてはマレイミドへのマイケル付加が代表例だが、逆反応が起こりうることがしばしば応用上の問題となる。Barbas[4]やPentelute[5]らよる報告が改善事例としてあげられる。Noelらはバッチ・フロー両方で使えるシステインS-アリール化を2018年に報告している[6]が、カップリングパートナーとしてジアゾニウム塩を用いるため、側鎖保護の必要がある。

技術や手法のキモ

可視光レドックス触媒によって生じるチイルラジカルとニッケル触媒を協働させたカップリング反応は、高い化学選択性や広い官能基許容性を有する。

Molanderらはビス(カテコラト)アルキルシリケートがチイルラジカルを発生させる優秀な水素移動試薬であることを見出し、photoredox型クロスカップリングへの応用を報告した[7]。この系を用いれば、システインの修飾反応に応用できると考えた。

主張の有効性検証

①条件の最適化

ペプチド基質に含まれるアミン・塩・配位子類似構造は、試薬や触媒を破壊したりHAT触媒の電位を変えてしまうなどの形で、触媒系への悪影響を及ぼす可能性がある。 そのためまず簡単な構造であるグルタチオン(Glu-Cys-Glyトリペプチド)を用いて適用可能性の確認と、条件検討を行った。

最終的に下記スキームが最適条件として同定され、望むシステインS-アリール化が良好な収率で進行した。少量ならば水も許容される。また使用する試薬はすべて安定な固体であり、活性触媒の事前調整などを必要としない簡便な反応である。

② 基質一般性

1級チオールを有するグルタチオンを用いてパートナーの検討を行なった。無保護のカルボン酸、ボロン酸、アルコール、ケトンの存在下でも反応は進行した。アジドはこの条件には適合せず、混合物を与えた。また、クマリンやビオチン、糖といった化合物が含まれていても反応は円滑に進行し、薬物様構造も結合させることができた。ジスルフィド含有基質においては、S-S切断が起きたものにアリール化が進行した生成物が観測される。

2級チオールを有するチオプロニン、3級チオールを有するD-ペニシラミンについても反応は進行するが、立体障害が増すため反応の進行は遅くなる。後者は競合するジスルフィド形成が明確に観察される。

③アミノ酸許容性の確認

グルタチオン反応系に様々なアミノ酸を1当量加えて、許容性を評価している。ほとんどの場合、反応は70%以上の収率で良好に進行するが、プロトン化アミノ酸(Lys, Arg)もしくはチロシンを加えた場合は収率が大きく下がる。

④希釈条件・グラムスケール反応

グルタチオンをモデル基質としてさらに薄い濃度での反応検討を行ったところ、臭化アリールを20当量加えることで目的のアリールスルフィドを81%収率で得た。またこの条件下でより多くの官能基を持つ無保護のペプチド(H2N-Trp-His-Glu-Tyr-Ala-Cys-Ala-Mcm-Ala-CONH2)に対し反応を行ったところ、時間で原料が消失し、システイン修飾体が得られた。生成物をMALDI-MS/MSで調べたところ、他の残基には反応が進行していないことが確かめられた。

また、約1 gのグルタチオン原料で反応を行ったところ、72%収率(1.02 g)で修飾体を得た。安価なNi触媒は、特に大スケールにおいて有用性があると考えられる。

議論すべき点

  • タンパク質へと展開しようとすると有機溶媒が好まれないので、水中反応の可能性がどこまであるかは知りたいところ。また、タンパク質の構造維持に必要なジスルフィド結合も切断されうるので、大物基質への適用を狙うには引き続き改善が必要そうである。

次に読むべき論文は?

参考文献

  1. Vinogradova, E. V.; Spokoyny, A. M.; Pentelut, B. L.; Buchwald, S. L. Nature 2015, 526, 687. doi:10.1038/nature15739
  2. Willwacher, J.; Raj, R.; Mohammed, S.; Davis, B. G. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8678. DOI: 10.1021/jacs.6b04043
  3. Zong, C.; Liu, J.; Chen, S.; Zeng, R. Chin. J. Chem. 2014, 32, 212. doi:10.1002/cjoc.201300830
  4. Toda, N.; Asano. S.;  Barbas, C. F. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 12592. doi:10.1002/anie.201306241
  5. Spokoyny, A. M.; Zou, Y.; Ling, J. J.; Yu, H.; Lin, Y.-S.; Pentelute, B. L. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 5946. DOI: 10.1021/ja400119t
  6. Bottecchia, C.; Rubens, M.; Gunnoo, S. B.; Hessel, V.; Madden, A.; Noël, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 12702. doi:10.1002/anie.201706700
  7. Jouffroy, M.; Kelly, C. B.; Molander, G. A. Org. Lett. 2016, 18, 876. DOI: 10.1021/acs.orglett.6b00208
  8. Bloom, S.; Liu, C.; Kölmel, D. K.; Qiao, J. X.; Zhang, Y.; Poss, M. A.; Ewing, W. R.; MacMillan, D. W. C. Nat. Chem. 2018, 10, 205. doi:10.1038/nchem.2888
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2018年9月号:キラルバナジウム触媒・ナフタ…
  2. 企業の研究開発のつらさ
  3. 化学研究ライフハック:ソーシャルブックマークを活用しよう!
  4. 95%以上が水の素材:アクアマテリアル
  5. 炭素繊維は鉄とアルミに勝るか? 1
  6. ラウリマライドの全合成
  7. 異分野交流のススメ:ヨーロッパ若手研究者交流会参加体験より
  8. スケールアップで失敗しないために 反応前の注意点

注目情報

ピックアップ記事

  1. 高速原子間力顕微鏡による溶解過程の中間状態の発見
  2. 触媒的芳香族求核置換反応
  3. 目指せ抗がん剤!光と転位でインドールの(逆)プレニル化
  4. エチオ・リザード Ezio Rizzardo
  5. 穴の空いた液体
  6. ゴジラの強さを科学的に証明!? ~「空想科学研究所」より~
  7. 塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応
  8. “見た目はそっくり、中身は違う”C-グリコシド型擬糖鎖/複合糖質を開発
  9. 【2021年卒業予定 修士1年生対象】企業での研究開発を知る講座
  10. 第100回―「超分子包接による化学センシング」Yun-Bao Jiang教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

第18回日本化学連合シンポジウム「社会実装を実現する化学人材創出における新たな視点」

日本化学連合ではシンポジウムを毎年2回開催しています。そのうち2025年3月4日開催のシンポジウムで…

理研の一般公開に参加してみた

bergです。去る2024年11月16日(土)、横浜市鶴見区にある、理化学研究所横浜キャンパスの一般…

ツルツルアミノ酸にオレフィンを!脂肪族アミノ酸の脱水素化反応

脂肪族アミノ酸側鎖の脱水素化反応が報告された。本反応で得られるデヒドロアミノ酸は多様な非標準アミノ酸…

野々山 貴行 Takayuki NONOYAMA

野々山 貴行 (NONOYAMA Takayuki)は、高分子材料科学、ゲル、ソフトマテリアル、ソフ…

城﨑 由紀 Yuki SHIROSAKI

城﨑 由紀(Yuki SHIROSAKI)は、生体無機材料を専門とする日本の化学者である。2025年…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP