第663回のスポットライトリサーチは、横浜市立大学大学院 生命医科学研究科(生命情報科学研究室)博士後期課程2年の吉澤竜哉 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、データ駆動型の分子設計に関する研究です。
生成AIを利用した分子設計は、医薬品や機能性材料開発において注目を集めています。しかし、従来の分子設計法では、AIによって有望であると予測された分子が、実際には望ましくないというケースが頻発することが課題として挙げられていました。
今回ご紹介するのは、上記の課題に挑んだ新しいフレームワークの開発に関する成果です。抗がん剤の候補化合物の設計を通して、開発されたフレームワークの有効性について示されています。
本成果は、Nat. Commun. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“A data-driven generative strategy to avoid reward hacking in multi-objective molecular design”
Yoshizawa, T.; Ishida, S.; Sato, T.; Ohta, M.; Honma, T.; Terayama, K. Nat. Commun. 2025, 16, 2409. DOI: 10.1038/s41467-025-57582-3
研究を指導された寺山慧 准教授から、吉澤さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
吉澤さんは、私が横浜市立大学で立ち上げたばかりの研究室に学部3年の後期から加わってくれました。情報科学の知識やプログラミング経験が全くない状態からのスタートでしたが、持ち前の好奇心と向上心で急速に力をつけ、学部卒業時には創薬のための多目的最適化が可能な分子生成AIに関する論文を執筆し、ジャーナルにも掲載されました(J. Chem. Inf. Model. 2022, 62, 5351)。この成果は第50回構造活性相関シンポジウムでSAR Presentation Awardも受賞し、高く評価されています。
修士課程では、上記論文の課題を正面から見つめ直し、生成AIにおける一般的な課題に挑みました。その成果が今回紹介するDyRAMOの研究です。DyRAMOは、最先端の生成モデルに加え、インシリコ創薬、ベイズ最適化など多様な要素を融合させた難易度の高い研究です。吉澤さんは試行錯誤を重ねながら着実に研究を進め、2年連続で第51回構造活性相関シンポジウムSAR Presentation Awardを受賞。論文投稿時には査読者の要求する様々な追加実験・評価に真っ向から対応し、最終的にNature Communications誌に掲載されるに至りました。
すでに大活躍ですが、現在は博士課程で更に進化した手法の開発に取り組んでいます。今後の活躍がますます楽しみです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
近年、生成AIを用いて、分子を自動的に設計する技術が急速に発展しており、医薬品や機能性材料の開発に大きなインパクトを与えつつあります。しかし従来の生成AIでは、AIが「有望」と判断した分子が、実際には十分な性能を持たないことも多いことから、そのAIの信頼性が課題となっていました。特に、複数の特性を同時に最適化したい場合には、この問題が顕著になります。そこで本研究では、AIの予測に対する信頼性を可能な限り維持しながら、複数の特性を効率的に最適化できる新しい分子設計フレームワークであるDyRAMOを開発しました。この手法は、設計対象となる条件に柔軟に適応できるため、医薬品や機能性材料の開発などの多岐にわたる分野での応用も期待されます。
開発手法の概要 従来までの手法では、AI が「有望」と判断した分子が、実際には不適切である可能性が高かった。本研究では、AIによる評価と実際の評価の乖離を最小限に抑えるために、AI の信頼性を維持しながら特性の最適化を行う手法を開発した。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
利用者の視点に立って手法開発に取り組んだ点に、特に思い入れがあります。手法開発に際しては、学術的に興味深い問いに取り組むことはもちろんですが、それと同時に「実際に使ってもらえる手法にしたい」という思いがあり、それが本研究を進める上での強いモチベーションになっていました。そこで、実験系の研究者や製薬企業出身の研究者の方々にヒアリングを行い、現場で求められる機能や使い勝手について意見を伺いました。そうした声を反映しながら機能の実装などを実施し、現場で実際に使いたいと思ってもらえるような手法の構築を目指しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究で特に難しかったのは、問題設定の伝え方です。今回取り扱った問題は、概念が複雑で入り組んでいたため、「何が課題なのか」「なぜそれが重要なのか」を論理的に説明するのに苦労しました。さらに、一般誌への投稿を目指していたこともあり、より多くの人に理解してもらえるような表現にも工夫が必要でした。
この課題を乗り越えるために、まずは強化学習やゲームAIなど他分野の文献も幅広く調査し、他分野で議論されてきた考え方を自分の研究に取り入れることで、納得感のあるストーリーを構築するよう心がけました。また、抽象的な概念を直感的に理解してもらえるよう、図解にも力を入れました。複雑な概念や考え方に対し、図を用いて分かりやすく伝えようとすることは、研究の説得力を高めるうえで大切だったと感じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来的には、情報科学と化学の橋渡し役としての役割を果たせる研究者になりたいと考えています。今回のように、化学における課題に対して情報科学の視点からアプローチする研究は、分野を越えて知識を融合させたり、異なる専門分野の研究者と議論を重ねたりする機会が多く、私にとって非常に魅力的でした。今後も、こうした分野横断的な研究を通じて、化学の新たな発展に貢献していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。今回紹介させていただいた私の取り組みが、皆様の参考になれば大変嬉しいです。
今回こうして自分の取り組みを発信する機会をいただき、非常に嬉しく思います。まだこうした発信を経験されていない方々には、研究の成果を積み重ねた先にこのような発信の場があることを、研究を進める上でのひとつのモチベーションとして感じていただけたら嬉しいです。また私自身、研究成果をご紹介させていただいたとはいえ、まだまだ未熟者ですので、これからも皆さんと一緒に成長していけたらと思っています。
最後に、日頃から研究指導をしてくださっている寺山先生、共同研究者の皆様、今回研究を紹介する機会をくださったケムステのスタッフの皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:吉澤 竜哉(よしざわ たつや)
所属:横浜市立大学 生命医科学研究科 生命医科学専攻 博士後期課程
略歴:リンク
2022年3月 横浜市立大学 国際総合科学部 国際総合科学科 卒業
2024年3月 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 生命医科学専攻 博士前期課程 修了
2024年4月〜現在 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 生命医科学専攻 博士後期課程 在学
2024年4月〜2025年3月 理化学研究所 生命機能科学研究センター 大学院生リサーチ・アソシエイト
2025年4月〜現在 理化学研究所 生命医科学研究センター 大学院生リサーチ・アソシエイト