[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ギ酸ナトリウムでconPETを進化!

[スポンサーリンク]

塩化アリールのラジカルカップリング反応が開発された。芳香環の電子状態にかかわらず種々の塩化アリールに適用できる。還元剤として用いたギ酸ナトリウムが本手法の鍵である。

ギ酸ナトリウムを用いた新たな光触媒系の開発

アリールラジカルは多様な変換が可能な有用中間体である。アリールラジカルの生成法の一つに、可視光レドックス触媒を用いたハロゲン化アリールの還元が知られる(図 1A)。しかし、強力な還元力が必要であるため、塩化アリールをアリールラジカルに変換する例はいまだに少ない。
最近、Königらによって連続光誘起電子移動(consecutive Photoinduced Electron Transfer: conPET)と呼ばれる手法が報告された[1]。この手法は、光照射により励起された可視光レドックス触媒(PC*)と還元剤との一電子移動(Single Electron Transfer: SET)により生じたラジカルアニオン(PC•–)が、再び励起されることで、強力な還元力をもつ光触媒(PC•–*)を生成する方法である(図 1B)。しかし、conPETを含む可視光レドックス触媒反応では、電子豊富な塩化アリールの官能基変換は水素化とホウ素化に限られていた(図 1C)[2–4]。一方で最近、電気化学的に還元した可視光レドックス触媒(PC•–)を励起することで、励起したラジカルアニオン(PC•–*)を生成する方法が相次いで報告された(図 1B)[6–8]。この手法によって、電子豊富な塩化アリールの水素化・ホウ素化以外の官能基変換が達成されたが、電解装置が必要であった。
今回、本論文の著者であるWickensらはconPETにおける還元剤としてギ酸ナトリウムを、可視光レドックス触媒として4-DPAIPNを用いることで、電子豊富な塩化アリールを基質とする種々のラジカルカップリングを可能にした(図1D)。

図1. (A) ハロゲン化アリールの還元によるアリールラジカルの生成法 (B) conPET と電気化学的還元/光励起 (C) 塩化アリールの官能基変換(D) 今回の研究

 

Non-innocent Radical Ion Intermediates in Photoredox Catalysis: Parallel Reduction Modes Enable Coupling of Diverse Aryl Chlorides
Chmiel, A. F.; Williams, O. P.; Chernowsky, C. P.; Yeung, C. S.; Wickens, Z. K. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 10882–10889.
DOI: 10.1021/jacs.1c05988

研究者:Zachary K. Wickens
研究者の経歴:
2006–2010                  B.A., Macalester College, USA
2010–2015                  Ph.D., California Institute of Technology, USA (Prof. Robert H. Grubbs)
2015–2018                  Postdoc, Harvard University, USA (Prof. Eric N. Jacobsen)
2018–                             Assistant Professor, University of Wisconsin–Madison, USA
研究内容:電気化学、光化学

研究者:Charles S. Yeung
研究者の経歴:2002–2006                  BSc, The University of British Columbia, Canada
2006–2011                  Ph.D., University of Toronto, Canada (Prof. Vy M. Dong)
2012–2015                  Postdoc, Harvard University, USA (Prof. Eric N. Jacobsen)
2015–                             Medicinal Chemist, Merck, USA
研究内容:メディシナルケミストリー、触媒反応の開発

論文の概要

著者らはまず、1aの脱ハロゲン化反応に対する光触媒と還元剤を検討した(図 2A)。その結果、光照射下(405 nm)、1aにシクロヘキシルチオール、4-DPAIPN、ギ酸ナトリウムを反応させると、収率70%で2aを与えることを見いだした。次に基質適用範囲を調査した。本手法は電子供与基をもつ還元されにくい塩化アリール1bにも適用可能で、収率92%で2bが得られた。また、塩化アリールの代わりにアニリニウム塩(1c)やアリールホスファート(1d)を出発物質に用いても、高収率で還元体を得ることができた。
続いて、本手法を三種類のラジカルカップリング反応に適用した(図 2B)。電子豊富な塩化アリール(1e and 1g)に加え、エステル(1f)やカーバマート(1h)を用いても問題なくホスホニル化、ホウ素化反応が進行し対応する2を与えた。さらに、アルケンのヒドロアリール化(1i1k)にも適用できた。
著者らは次のように反応機構を推定した(図 2C)。まず、光照射によりPCと二分子のギ酸ナトリウムからPC•–Aが生成し反応が開始する。PC•–は光照射下で塩化アリールと反応してアリールラジカルを生成し、PCが再生する。Aは(i)PCPC•–へ還元する、(ii)塩化アリールをアリールラジカルへ直接還元する、という二つの役割を担うと考えられている。生成したアリールラジカルは種々のラジカルカップリング反応を経て、所望の化合物を与える。

図2. (A) 基質適用範囲(水素化) (B) 基質適用範囲(ラジカルカップリング反応) (C) 推定反応機構

 

以上、著者らはconPETに4-DPAIPNとギ酸ナトリウムを利用することで、電子豊富な塩化アリールの官能基変換に新たな選択肢を与えた。

参考文献

  1. Ghosh, I.; Ghosh, T.; Bardagi, J. I.; König, B. Reduction of Aryl Halides by Consecutive Visible Light-Induced Electron Transfer Processes. Science2014, 346, 725–728. DOI: 1126/science.1258232
  2. Jin, S.; Dang, H. T.; Haug, G. C.; He, R.; Nguyen, V. D.; Nguyen, V. T.; Arman, H. D.; Schanze, K. S.; Larionov, O. V. Visible Light-Induced Borylation of C–O, C–N, and C–X Bonds. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 1603–1613. DOI: 10.1021/jacs.9b12519
  3. MacKenzie, I. A.; Wang, L.; Onuska, N. P. R.; Williams, O. F.; Begam, K.; Moran, A. M.; Dunietz, B. D.; Nicewicz, D. A. Discovery and Characterization of an Acridine Radical Photoreductant. Nature 2020, 580, 76–80. DOI: 1038/s41586-020-2131-1
  4. Zhang, L.; Jiao, L. Visible-Light-Induced Organocatalytic Borylation of Aryl Chlorides. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 9124–9128. DOI:10.1021/jacs.9b00917
  5. Cowper, N. G. W.; Chernowsky, C. P.; Williams, O. P.; Wickens, Z. K. Potent Reductants via Electron-Primed Photoredox Catalysis: Unlocking Aryl Chlorides for Radical Coupling. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 2093–2099. DOI: 10.1021/jacs.9b12328
  6. Kim, H.; Kim, H.; Lambert, T. H.; Lin, S. Reductive Electrophotocatalysis: Merging Electricity and Light to Achieve Extreme Reduction Potentials. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 2087–2092. DOI: 10.1021/jacs.9b10678
  7. Barham, J. P.; König, B. Synthetic Photoelectrochemistry. Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 11732–11747. DOI: 1002/anie.201913767
  8. Kvasovs, N.; Gevorgyan, V. Contemporary Methods for Generation of Aryl Radicals. Chem. Soc. Rev. 2021, 50, 2244–2259. DOI: 1039/d0cs00589d
  9. 本論文と同時期に類似の触媒系が相次いで報告された。(a) 4CzIPNとギ酸ナトリウムを利用した塩化アリールのラジカルカップリングHendy, C. M.; Smith, G. C.; Xu, Z.; Lian, T.; Jui, N. T. Radical Chain Reduction via Carbon Dioxide Radical Anion (CO2). J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 24, 8987–8992. DOI: 10.1021/jacs.1c04427 (b) アリールアミン光触媒とギ酸ナトリウムを利用した塩化アリールの還元的重水素 Li, Y.; Ye, Z.; Lin, Y.-M.; Liu, Y.; Zhang, Y.; Gong, L. Organophotocatalytic Selective Deuterodehalogenation of Aryl or Alkyl Chlorides. Nat. Commun. 2021, 12, 2894. DOI: 10.1038/s41467-021-23255-0 (c) 3CzEPAIPNとシュウ酸ナトリウムを利用した塩化アリールのラジカルカップリング Xu, J,; Cao, J.; Wu, X.; Wang, H.; Yang, X.; Tang, X.; Toh, R.W.; Zhou, R.; Yeow, E.K.L.; Wu, J. Unveiling Extreme Photoreduction Potentials of Donor−Acceptor Cyanoarenes to Access Aryl Radicals from Aryl Chlorides. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 13266−13273. DOI: 10.1021/jacs.1c05994
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 細菌を取り巻く生体ポリマーの意外な化学修飾
  2. 材料開発を効率化する、マテリアルズ・インフォマティクス人材活用の…
  3. 2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予…
  4. 危ない試薬・面倒な試薬の便利な代替品
  5. 有機化学を俯瞰する -有機化学の誕生から21世紀まで–【後編】
  6. サイエンス・コミュニケーションをマスターする
  7. 新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―
  8. 結晶世界のウェイトリフティング

注目情報

ピックアップ記事

  1. 光分解性シアニン色素をADCのリンカーに組み込む
  2. DNAを切らずにゲノム編集-一塩基変換法の開発
  3. MEDCHEM NEWS 30-4号「ペプチド化学」
  4. 祝ノーベル化学賞! MOFに関するスポットライトリサーチまとめ
  5. 水と塩とリチウム電池 ~リチウムイオン電池のはなし2にかえて~
  6. 二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング
  7. 有機合成にさようなら!“混ぜるだけ”蛍光プローブ3秒間クッキング
  8. 有機合成化学協会誌2019年9月号:炭素–水素結合ケイ素化・脱フッ素ホウ素化・Chemically engineered extracts・クロロアルケン・ニトレン
  9. シェールガスにかかわる化学物質について
  10. 第六回サイエンス・インカレの募集要項が発表

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年10月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP