[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

“とび跳ねる水滴”に潜む物理 〜接触時間とエネルギー源で読む撥水・防氷のテク〜

[スポンサーリンク]

熱したフライパンに落ちた水滴が、玉になってコロコロと走り回り、冷えた面では、結露水が合体した瞬間に跳び上がることがあります。そんな光景を見たことはないでしょうか。ここ数年、こうした水が跳ねる現象は「眺める」現象から「狙って操る」技術へと近づいてきました。

縮んで跳ぶ:跳ね返りの基本

空中から落ちてきて十分に撥水性の高い表面に当たった水滴は、円盤状に広がってから表面張力で縮み、弾性ボールのように跳ね返ります。衝突の運動エネルギーが表面エネルギーへ移り、縮むとき一部が運動エネルギーへ戻るからです(残りは粘性で散逸し、跳躍高さは衝突時より低くなります)。

これらに共通するのは、水が面を「濡らして留まる」のではなく「離れる」ことです。実は、結露により濡れた水滴も、自ら跳ぶ力を生み出していたりします(種明かしは後半で)。本記事では水滴の離れ方を、接触時間(どれだけ短く触れるか)エネルギー源(跳ぶ力をどこから得るか)の2軸で整理します(Fig. 1)。

Fig. 1. 液滴の跳ね返りのサイクルと,狙って跳ばすための2つのアプローチ.

 

十分に撥水性が高く、粘性散逸が小さい条件では、面に触れる時間(接触時間)は水滴固有の慣性‐毛管振動時間でほぼ決まり、ミリ秒(まばたきの数十分の一)ほど、衝突の強さにはあまり依らないとされています1

接触時間を削る:対称を破る

一つ目のアプローチは、接触時間そのものを縮めることです。コツは、水滴が「広がってから縮む」という左右対称の動きをわざと崩すことで、ひとつは表面に畝(うね)や突起を刻む方法です。水滴はいくつもの小さなばねに分かれ、畝で2つに割れると接触時間はもとの約7割まで短くなります2。他にも、丸く湾曲した面でも対称は崩れ、水滴は軸方向に先に最大まで広がってから縮み始める一方、それと直角の周方向では広がりがやや遅れて続きます(Fig. 2)。この広がりと縮みのリズムのずれで、条件によっては接触時間が平らな面より約40%短くなります3。さらに最近は、液滴の中に固体粒子を内包した粒子含有液滴を、固体のように弾ませ、接触時間を0.05 msまで縮める手法も報告されています4

Fig. 2. 湾曲面での対称の破れ.軸方向(側面)と周方向(上面)の連写で,軸方向に先に広がって縮み,周方向は遅れて続き,左右対称が崩れる.(出典:文献 [3] Fig. 4,一部改編)

押されなくても跳ぶ:合体と熱、凍る瞬間の相変化

二つ目のアプローチは、跳ぶエネルギーを自分で足すことです。たとえば結露などで生じた微小な2滴が合体すると表面積が減り、解放された表面エネルギーで伸びた液架橋が面を叩いて、助走なしに跳び上がります。毛管‐慣性域の速度は v ∝ √(σ/ρr) で、直径およそ100 µmより大きい範囲では小さい滴ほど速くなります(これより小さいと粘性が支配的になり、この関係は崩れます)5。別の凝縮ジャンプ滴の実験では、跳んだ滴が正味の正電荷を帯び、空中で反発し合うことも示されています6。この電荷は、後で触れるように応用の種にもなります。

熱もまた跳ぶ力になります。高温面の蒸気層に浮くライデンフロスト状態Leidenfrost state)では、蒸気膜のさざ波が圧力差を生み、膜が薄いところほど圧力が急に高まってさざ波をさらに押し上げます。この自己増幅で、剛体面でもトランポリンのように跳び続けます7

Fig. 3. ライデンフロスト・トランポリン.蒸気層に浮いた水滴が剛体面で次第に高く跳ぶ側面連写(a)と,跳躍高さ(重心 zc)の時間変化(b).源は衝突ではなく,蒸気膜が生む圧力振動.(出典:文献 [7] Fig. 1a,b,一部改編)

相変化そのものも推進力になります。減圧下では、過冷却滴が凍る瞬間に出す熱、すなわち再輝(recalescence)が気化を加速し、その反作用である気化運動量vaporization momentum)で水滴が跳ねます8。最も「止まる」はずの凍結の瞬間が、跳躍のきっかけになるわけです。凍結が進む途中で自ら跳ねれば、氷が基板に固着しきる前に面を離れられます。

Fig. 4. 過冷却水滴の凍結自己跳躍(減圧下).(a) 高速度可視化(上:側面,中:上面,下:凍結中のサーモグラフィ=再輝に伴う温度場).(b) 機構模式図(核生成→再輝・変形→離脱).氷殻と水面からの気化の反作用,すなわち気化運動量で跳ぶ.固着前に面を離れれば着氷を防げる点が防氷・除氷という観点で航空分野などへの応用に繋がる.(出典:文献 [8] Fig. 2Fig. 3a,一部改編)

自力で跳べる大きさには限界があり、大きい滴では重力が勝って上限は水の毛管長(約2.7 mm)あたりです。ところが水たまり内部で気泡が破裂すると、その毛管波が周縁を伝って基板へほぼ垂直に衝突し、反作用でセンチ規模(実証では約0.27 mL)の水たまりも跳ぶとされています9

応用の広がり

これらの仕組みは応用に直結します。接触時間の短縮や減圧下で過冷却水滴が凍結の途中で跳ねる現象は、航空機や風力タービンなどの着氷を防ぐ原理として注目されています3,8。たとえば、凝縮水滴を受動的に除去する合体ジャンプは、熱交換器などの結露伝熱の向上に有望とされています6。また、跳んだ滴が帯びる正電荷や、気泡破裂で水滴を動かす仕組みは、接触や摩擦で生じる電荷を電力に変える発電方式である摩擦電気ナノ発電などの応用候補としても挙げられています6,9

こうした水が跳ねる現象は、主に「触れる時間をどう短くするか」と「跳ぶエネルギーをどこから得るか」の2つの見方で理解されています。このような着眼点を通して、水(液滴)が関わる現象のさらなる理解につなげ、撥水・防氷・結露伝熱・水滴発電といった応用を現実に近づけています。

 

参考文献

[1] Richard, D.; Clanet, C.; Quéré, D. Nature 2002, 417, 811. DOI: 10.1038/417811a

[2] Gauthier, A.; Symon, S.; Clanet, C.; Quéré, D. Nat. Commun. 2015, 6, 8001. DOI: 10.1038/ncomms9001

[3] Liu, Y.; Andrew, M.; Li, J.; Yeomans, J. M.; Wang, Z. Nat. Commun. 2015, 6, 10034. DOI: 10.1038/ncomms10034

[4] Li, Y.; Zhao, W.; Zhou, Y.; et al. Nat. Commun. 2024, 15, 9943. DOI: 10.1038/s41467-024-54288-w

[5] Boreyko, J. B.; Chen, C.-H. Phys. Fluids 2010, 22, 091110. DOI: 10.1063/1.3483222

[6] Miljkovic, N.; Preston, D. J.; Enright, R.; Wang, E. N. Nat. Commun. 2013, 4, 2517. DOI: 10.1038/ncomms3517

[7] Graeber, G.; Regulagadda, K.; Hodel, P.; Küttel, C.; Landolf, D.; Schutzius, T. M.; Poulikakos, D. Nat. Commun. 2021, 12, 1727. DOI: 10.1038/s41467-021-21981-z

[8] Yan, X.; Au, S. C. Y.; Chan, S. C.; et al. Nat. Commun. 2024, 15, 1567. DOI: 10.1038/s41467-024-45928-2

[9] Huang, W.; Shamsodini Lori, M.; Yang, A.; Zhuang, K.; Cheng, Y.; Chen, M.; Sun, C.; Ming, T.; Cui, H.; Cheng, J. Nat. Commun. 2026, 17, 1818. DOI: 10.1038/s41467-026-69512-y

 

関連記事・用語

水分子のふしぎ — 四面体性が生む水の特異性 —

「水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —」

関連リンク

ONE PIECE 第二部 EP4 BOX・水の都 (ジャンプコミックス)

ONE PIECE 第二部 EP4 BOX・水の都 (ジャンプコミックス)

尾田 栄一郎
¥6,292(as of 09/11 15:48)
Amazon product information
Avatar photo

ちおふぇん

投稿者の記事一覧

世の中の課題に対して分子レベルでのモノづくりからの解決を夢見る有機材料屋さん。
興味の対象は構造と物性およびそのその発現メカニズム。
好きな読み物は月刊化学のシリーズ連載。

関連記事

  1. 宇宙で結晶化!? 創薬研究を支援する結晶生成サービス「Kira…
  2. 次なる新興感染症に備える
  3. 文献検索サイトをもっと便利に:X-MOLをレビュー
  4. 第63回野依フォーラム例会「データ駆動型化学が拓く新たな世界」特…
  5. キラル金属光レドックス触媒の最前線を駆け抜けろ!触媒デザインの改…
  6. 特定の場所の遺伝子を活性化できる新しい分子の開発
  7. クロタミトンのはなし 古くて新しいその機構
  8. “秒”で分析 をあたりまえに―利便性が高まるSFC

注目情報

ピックアップ記事

  1. アルキン来ぬと目にはさやかに見えねども
  2. 治療応用を目指した生体適合型金属触媒:① 細胞内基質を標的とする戦略
  3. ハイブリッド触媒系で複雑なシリルエノールエーテルをつくる!
  4. マラプラード グリコール酸化開裂 Malaprade Glycol Oxidative Cleavage
  5. 1,3-ジオールの不斉非対称化反応による光学活性オキサゾリン誘導体の合成
  6. 芳香族メチルの酸化 Oxidation of Methyl Group of Aryl Compounds
  7. 紫外線に迅速応答するフォトクロミック分子
  8. 外部の大学院に進学するメリット3選
  9. 「超分子重合によるp-nヘテロ接合の構築」― インド国立学際科学技術研究所・Ajayaghosh研より
  10. 化学療法と抗がん剤の併用で進行期非扁平非小細胞肺癌の生存期間延長

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP