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スポットライトリサーチ

ハイブリッド触媒系で複雑なシリルエノールエーテルをつくる!

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第209回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(大井研究室)博士課程・中島翼さんにお願いしました。本日の1つ前の記事にすでに研究内容を紹介しています。

有機触媒領域の世界トップランナー群を走り続ける大井研では、光エネルギーを用いる化学変換への展開も積極的に行っています。今回の成果は、有機合成化学でよく使われる化合物「シリルエノールエーテル」を直接変換する新しい手法を開発したというもので、Nature Communications誌にオープンアクセス論文として掲載され、プレスリリースおよびEditors’ Highlightの形でもフィーチャーされています。

“Direct allylic C-H alkylation of enol silyl ethers enabled by photoredox-Brønsted base hybrid catalysis”
Ohmatsu, K.; Nakashima, T.; Sato, M.; Ooi, T. Nat. Commun. 2019, 10, 2706. DOI: 10.1038/s41467-019-10641-y

研究を現場で指揮されました大松亨介 准教授から、中島さんについて以下の人物評を頂いております。

「実験台の上や周囲を整理整頓せよ」-読者の皆さんは、こう注意されたことはありませんか?色々な試薬や機器を扱う化学の実験台は、安全性の観点から常に整理整頓されているべきです。実験台を整理することで、頭の中も整理されるという考え方もあります。
今回の主役である中島くんの実験台は汚く、散らかっていることがほとんどで、僕はしょっちゅう注意しています。ただ、混沌としている状態の中にも彼なりの秩序があるようで、僕が「あの化合物ちょうだい」と言うと、サンプルの山からすぐに見つけ出して渡してくれます。無秩序に見えるものの中から、何らかの法則を見出すセンスが彼にはあるのかもしれません。今回の論文は、そんな中島くんが膨大な実験の中から拾い上げたある結果が契機となり、大きく進展しました。彼だからこそ、まとめることができた論文だと思っています。
歴史上の偉人や成功者たちのデスクがいつも散らかっていたという逸話があると、散らかすことを肯定するような印象を与えてしまいますが、危険性のないデスクならまだしも、実験台で真似をしてはいけません。化学実験に携わる読者の皆さん、中島くん、実験台はきちんと整理整頓しましょう。

筆者も学生時代は実験台を汚く使ってましたが、最近はキレイにするほうが効率が上がるとわかり、改めました。それぞれにスタイルがありますね(笑)。それでは、中島さんのインタビューをご覧下さい!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちは、光レドックス触媒とBrønsted塩基触媒の協働作用によるシリルエノールエーテルのアリル位C−Hアルキル化反応を開発しました。シリルエノールエーテルは、言わずと知れた有用な反応剤であり、向山アルドール反応をはじめとする種々の反応によって多様なα-置換カルボニル化合物を与えます。反応性と化学選択性に優れているシリルエノールエーテルは、天然物に見られるような非常に複雑なカルボニル化合物の合成や化学変換にも応用できますが、そのために必要となる複雑な構造のシリルエノールエーテルを合成すること自体が困難であるという本質的な問題がありました。そこで、単純なシリルエノールエーテルから複雑なシリルエノールエーテルへ直接変換する手法があれば、多種多様なカルボニル化合物を合成するための強力な手法になるのではないかと考えました。

 

そんなシリルエノールエーテルは、一電子酸化を起こしラジカルカチオンを生じることが古くから知られていました。しかし、ラジカルカチオンの脱シリル化を経てカルボニル化合物に戻る反応が非常に速く進行するため、結合形成反応に応用されることはほとんどありませんでした。本研究で私たちは、ラジカルカチオンの隣接位のC−H結合の酸性度が非常に高くなる点に注目しました。ラジカルカチオンを発生させるための光レドックス触媒と脱プロトン化を行うBrønsted塩基を適切に組み合わせることで、脱シリル化を抑制してアリルラジカルを発生させることに成功し、シリルエノールエーテル部位を残したままアリル位でのアルキル化を達成しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この反応に取り組むことになったのは、水素原子移動(HAT)触媒反応の探索を行っていた際に、基質としてシリルエノールエーテルを用いたことがきっかけです。アリル位のC–Hは結合解離エンタルピーが低く、ヘテロラジカルによって容易に切断できます。当時私たちが扱っていたHAT触媒で期待通り反応が進行し、基質適用性も十分であったため、論文にまとめる作業を進めました。しかし、反応促進に必要な触媒機能を確認するための比較実験として、HAT機能を持たないBrønsted塩基を用いて反応を行ったところ、当初の予想に反して効率的に反応が進行する場合があることが分かりました。すぐにいくつかの機構解析を行い、この反応はシリルエノールエーテルのラジカルカチオン中間体を経て進行するという仮説にたどり着き、最終的に、論文発表したシステムに落ち着きました。遅かれ早かれこの系にたどり着いていたとは思いますが、想定機構にとらわれずに、あらゆる可能性を考えつつ、機構解析実験を早めにやるに越したことはないなと実感しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

条件最適化や基質適用範囲の検証はスムーズに終えることができたのですが、生成物の誘導化に時間を要しました。ごく普通なスキームですが、論文に掲載した合成に落ち着くのに半年くらいかかってしまいました。全合成の論文を参考に反応条件を探り、金属反応やラジカル反応など手当たり次第全てを試すという気合いで乗り越えました。また、今回開発した反応自体は非常に単純ですが、このシンプルな反応をいかにカッコよくスマートに魅せることができるかをストーリーの書き方から表現の仕方まで大井先生や大松先生とのディスカッションで学ばせていただきました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

自分らしさのある反応を開発し、世界に発信していきたいと考えています。また、化学に興味を持って楽しむ学生がたくさん現れる環境を提供できるような研究者になりたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

大学院での生活も残り1年半余りとなり、学生として実験ができるのもあと少しだなと感じることが多くなってきました。当然だとは思いますが、卒業して就職したりすると自分の思い通りにできることの範囲は狭まると思います。実験が余り好きではない人ももちろんそうでない人も、こんなに自由に実験ができるのは大学の研究室だからこそだと思います。今与えられているテーマも何かの縁だと信じ、常に自分の頭で考えるという姿勢を忘れないで研究に取り組み、わからないことがあったらどんどん反応を仕込んでみましょう。思わぬ結果が舞い込んでくるかもしれません。
最後に、日頃の研究を指導してくださっている大井先生、大松先生、今回の論文を完成させる上で不可欠となった計算部分を担当してくださった佐藤研究員、そして、汚い実験台をいつも温かい目で見守ってくれているラボメンバーにこの場を借りて感謝申し上げます。また、こうした形で研究紹介を行う機会を下さったケムステスタッフの皆様にも深く感謝いたします。

研究者の略歴

中島 翼 (なかしま つばさ)
名古屋大学大学院工学研究科有機•高分子化学専攻 大井研究室 博士課程2年 日本学術振興会特別研究員(DC2)
研究テーマ: 光レドックス触媒反応を用いた新規反応開発

cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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