[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

特定の場所の遺伝子を活性化できる新しい分子の開発

[スポンサーリンク]

ついにスポットライトリサーチも150回。第150回目は理化学研究所 博士研究員の谷口 純一 (たにぐち じゅんいち)博士にお願いしました。

谷口さんは、この3月に京都大学大学院で博士を取得されたばかりの若手研究者です。現在は理化学研究所生命機能科学研究センターのヒト器官形成研究チームで博士研究員をされています。

博士課程では京都大学大学院理学研究科杉山研究室において、主に核酸のケミカルバイオロジー研究に携われていました。

最近、タイトルにありますように特定の場所の遺伝子を活性化できる新しい分子を開発するという成果をあげられ、その内容はJACS誌に掲載・プレスリリースとして発表されています。

なお、本成果はJACS誌140巻のSupplementary Cover Artにも選ばれています。

Taniguchi, J.; Feng, Y.; Pandian, G.; Hashiya, F.; Hidaka, T.; Hashiya, K.; Park, S.; Bando, T.; Ito, S.; Sugiyama, H.

Biomimetic Artificial Epigenetic Code for Targeted Acetylation of Histones

J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 7108-7115. DOI: 10.1021/jacs.8b01518

最近博士を取られたばかりなのにすでにすごい成果をいくつも持っていらっしゃって、筆者も大きな刺激を受けました。

生物学の要素も多く含まれる内容ではありますが、ぜひインタビューとともに原著論文も御覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

狙ったヌクレオソームのヒストンアセチル化を誘導する分子「Bi-PIP」を開発しました。

ヒストンのリシンアセチル化は、遺伝子発現活性化やオープンクロマチンに関連する代表的なエピジェネティック修飾として知られ、ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)によって導入されます。P300を含む多くのHATタンパク質はその分子内にアセチル化リシンを認識するブロモドメイン(BD)を有しており、この構造がヒストンアセチル化の維持や伝搬に関わっていると考えられています。すなわち、ブロモドメインが既存のアセチル化リシンに結合し、その近傍にHATが新規アセチル化を誘導するというものです。本研究では、P300のブロモドメインに結合する分子(ブロモドメイン阻害剤、Bi)と塩基配列特異的にDNAに結合する分子(ピロールイミダゾールポリアミド、PIP)をつなぎ合わせたコンジュゲート「Bi-PIP」を開発し、上述の「ブロモドメインを介したヒストンアセチル化の伝搬」を利用して標的DNA配列を含む領域のヒストンアセチル化を誘導することに成功しました。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

分子のデザインです。本来、ブロモドメイン阻害剤は、ブロモドメインのアセチル化リシン認識部位に入り込むことでアセチル化リシンの読み取りを阻害するものであり、一般的にヒストンアセチル化の抑制に寄与します。一方、本研究ではブロモドメイン阻害剤を特定のDNA配列領域にとどめておくことで、ブロモドメインを阻害するのではなく、アセチル化リシンの代わりにブロモドメインへ結合することでP300を呼び込みました。これによって、標的ヌクレオソームのヒストンアセチル化を促進するという、アセチル化抑制とは真逆の効果を得ました。

このような発想の転換は、研究を進めるうえで大事な要素であり、面白い部分だと考えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?また、それをどのように乗り越えましたか?

Bi-PIPの作用をデモンストレートするところです。細胞内のエピジェネティック制御は複雑なため、細胞のクロマチンでBi-PIPを評価しても結果が複雑になってしまいプルーフオブコンセプトにはならないと考えました。そこで、再構成ヌクレオソームを用いたシンプルな系を構築することを目指しました。当時の研究室はヌクレオソーム再構成の経験が浅く、うまくいくか不安でしたが、幸運にもワークする実験系を立ち上げることに成功しました。最終的には、再構成ヌクレオソームを用いた免疫沈降と質量分析により、Bi-PIPによる配列選択的なヒストンアセチル化をきれいに示すことができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学分野の強みのひとつとして、「思い描いた機能や特性を持つ分子を自由に設計し創造できる」というものがあると思っています。現在私は生物学の修行中で化学から少し離れていますが、いずれはまた化学の力を借りて、今までできなかったことを可能にするような分子を自由に創り出したいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回開発したBi-PIPがどんな場面で役に立つのかは、まだわかりません。エピゲノム治療薬や細胞リプログラミングツールなどいろいろな可能性があると思いますので、興味を持たれた方は研究室へご連絡いただけると大変うれしく思います。

本研究を行うにあたって数多くのご指導をいただきました杉山先生、Pandian先生に、この場をお借りして感謝申し上げます。また、実験指導・技術提供してくださった研究室の皆様、医学研究支援センターの伊藤先生、理学研究科の依光先生、野木先生に厚く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:谷口 純一 (たにぐち・じゅんいち)

所属:国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター ヒト器官形成研究チーム 研究員

研究テーマ:ウォルフ管発生の機構解明および試験管内再構成

略歴:
2013年3月 京都大学理学部 卒業
2015年3月 京都大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了
2015年4月―2018年3月 JSPS特別研究員(DC1)
2018年3月 京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程修了、博士号(理学)取得
2018年4月より現職

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. アイルランドに行ってきた①
  2. イオンペアによるラジカルアニオン種の認識と立体制御法
  3. 100年以上未解明だった「芳香族ラジカルカチオン」の構造を解明!…
  4. PEG化合物を簡単に精製したい?それなら塩化マグネシウム!
  5. 研究室の大掃除マニュアル
  6. ナノ孔に吸い込まれていく分子の様子をスナップショット撮影!
  7. 【好評につきリピート開催】マイクロ波プロセスのスケールアップ〜動…
  8. ポンコツ博士の海外奮闘録XX ~博士,日本を堪能する② プレゼン…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 緑茶成分テアニンに抗ストレス作用、太陽化学、名大が確認
  2. 【予告】ケムステ新コンテンツ「元素の基本と仕組み」
  3. ミッドランド還元 Midland Reduction
  4. シャープレス不斉ジヒドロキシル化 Sharpless Asyemmtric Dihydroxylation (SharplessAD)
  5. 【第14回Vシンポ特別企画】講師紹介:酒田 陽子 先生
  6. 蛍光と光増感能がコントロールできる有機ビスマス化合物
  7. エーザイ、アルツハイマー治療薬でスウェーデン企業と提携
  8. 国際化学オリンピック開幕間近:今年は日本で開催!
  9. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(5年目)(留学中編)
  10. 1-トリフルオロメチル-3,3-ジメチル-1,2-ベンゾヨードキソール:1-Trifluoromethyl-3,3-dimethyl-1,2-benziodoxole

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP