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一般的な話題

クロタミトンのはなし 古くて新しいその機構

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Tshozoです。
昔なら1日で治っていた風邪が数日長引く。腰後部(隠喩)の状態が悪いのが1週間続く。正拳突きをすると肩の骨がボキっと言う。柔軟して立ち上がった時に左膝側副靭帯に電撃が走る。何もしていないのに心身ともに調子が悪い。現状様々なストレス下にあるのに加え、若いころ多少無理をしていたのを差し引いても早すぎやしないか、老いとはこういうものなのかという実感を日に日に強くしております。
その一環で、腰を色々やっていたのは今まで書いた通り(記事リンク 1, 2, 3)なのですが、今回は結構な症状がついに腰前部にきました。約1か月ノイローゼ級に悩んだ挙句お医者様のご厄介になり、結果軽症で済んだのですが使用した薬含めて調べたところ、非常に勉強になったため今回も書きます。しかしそもそもある意味恥ずかしい話を書く必要があるのか、自問してみたところ、やっぱりごまかさず書くしかないからという結論に至りました。お付き合いください。

経緯(体験談)

本年は昨年に続き激動の年でございまして、襲い来る事務処理、進まない実験、間違った方向に進む上層部、足らない予算、奪われる予算、耳を貸さない方々、次々出てくる諸問題、家の問題等々。筆者の人生が周回遅れなのは以前書きましたが、高負荷の各種イベントがなんで今くるかなぁ、と思うくらいで全身の皮膚の状態がよくなく、夏ごろによりによって今まで目立った疾患のなかった腰のフロント部に掻痒感が出てきたのです(誓いますがいかがわしい場所で感染するようなものではなく、そうした場所にはこの世に生を受けて以来一切訪問しておりません)。

これに対し筆者は近江兄弟社直伝メンタムを使用、すぐ腰部へベタ塗りし(注:粘膜に塗っていいかどうかは保証しませんが説明書にダメとは書いていません)上からガーゼを貼って出勤する生活を行い、一時は収まったわけです。これは今まで皮膚疾患は全てメンタムで解決してきたというTshozo家の伝統によるものでした。

ところが数日するとまた痒みが再発。雑菌でも済んだか、と思ってもう一つの伝統薬馬油を使うものの好転しない。そこで家庭薬の中では単価がかなり高いゴマの香りの紫雲膏を使うことに。後輩の「●●さん今日不思議な香りしませんか」という追及を一蹴のもとに退け掻痒感を我慢するという日々が1か月ほど続きました。

結果、朝起きるのが嫌なほど掻痒感が強くなってきてしまい、しかも場所がデリケートゾーンであるため通勤後は掻痒部に手洗い以外で手を出せず「俺はこのまま死ぬのか」という雑念が頭を過るくらいの激烈な痒さが股間を毎日常時直撃し出しました。腰部の関係で病院にかかるのは肛門科だけでもう十分だと思っていたものの、上記の通り業務に支障をきたしていため結局発症後約1か月してから近場で評判が良さそうな泌尿器科へ(理由後述)。前回と同じく内臓疾患の持病を騙り早退、電車で最寄りの駅まで暑さと痒さに限界レベルでイライラしながらたどりつき、エレベーターが故障した4階の建物の階段を上って午後の診察開始に一番乗りで駆け込みました。

しかし病院受付は前回同様お若い女性。それに怖気ず「どうされました」→「いえ、あの、股間…」→無言で問診表を受領、のいつものパターンを通り、問診票と尿を提出した後モジモジしながら他の老若男女からなる患者の方々一緒にと長時間を待ち、呼ばれた瞬間診察室に駆け込みます。この時まで人前で尻を出すのはそこまで気にならなかったのですが、腰前部を出すのはこの歳でもなかなか恥ずかしいというのが今回初めておぼえた感覚でした。

結果、たいしたことはなく単純な皮膚炎の一種であろう、真菌や細菌ウイルスが住み着いたものでも、腫瘍的なものなどでもなかろう、という診断となり処方箋を渡され帰されました。実は泌尿器科を受診したのは痒み以外に気になる状態(そういうことがあり得る年代)があったからで、「先生、これって何か変な腫瘍とかじゃないんですか」と問うたところ、お医者様が少し笑みを浮かべながら明瞭な発音で「見たところ、良性血管腫に形態が似てるからそっちの方だと思いますよ」「万一のことを考えても経過観察で大丈夫でしょう」と診断いただき、相変わらず掻痒感は残っていたもののほっと胸をなで下ろして帰宅した次第です。で、渡されたのが日新製薬殿のこちらのお薬↓。

これは昔何かの宣伝で見ていた名前で、殺菌剤でも抗真菌剤でも抗ウイルス薬でもなく、単純なかゆみ止めだったので少し拍子抜けしました。診断名はさすがに恥ずかしいので伏せますが、平たい話その程度で済む皮膚炎の一種でした。ですがとにかくかゆいので、家に帰るやお手洗いに駆け込み、適量を取り一心不乱に薄く塗りたくったのを覚えています。

しかしその数分後かなりの灼熱感が股間を襲いました。こりゃなんだと思い詳細を調べると(リンク)主要成分であるクロタミトンは「塗布直後、軽い熱感を生じることがあるが、通常短時間のうちに消失する」とあります。軽い熱感と言うには結構な灼熱感なんですが…と思いつつもしばらくして灼熱感の減少とともにかゆみがかなり収まってくれたのに気づきました。気になって調べると「クロタミトンはこの熱感によってもかゆみを抑え得る」という説明もあり、こりゃ有難いと思ってその日は就寝。

ところが不思議なものでこの熱感が消えるとまた強い掻痒感が戻ってくる。当初を10とすると8くらいには収まりましたがその10が結構なレベルだったので筆者の感覚としては大差なく、とにかく薬を持ち歩き1日に3回薄く塗る、を数日繰り返していましたがどうにも改善しません。そこである日キレてしまい、職場の手洗い場で今までに比べ何倍もの量をゴテっと塗りつけました。使用方法には適量を塗る、と書いてあったので「俺が適量と思う量が適量だ」と思った記憶があります。

すぐに業務を再開しますがしばらくしてひどい熱さが股間を襲います。いや、熱さというより痛さ。しかし仕事を止めるわけにはいかないので出来るだけ座った状態で我慢しながら進め、立ち上がる時は珍妙な歩き方をしながら対応、何とか大量塗布初日を終えたのですが帰宅して風呂場で洗い流してもかなり痛みが残り、しかし皮膚の見た目は何故かほとんど変化しない(塗る前から若干赤化していた以外変わらなかった)という不思議な状態でした。

そこでもうヤケクソで、1日3回大量に塗る→灼熱感+痛み→悶える、を数日繰り返しました。オーバーに書いているように思われるかもしれませんが大量に塗っていたせいで継続的にクロタミトンが肌に供給される状態だったのでしょう。しかし数日後なんとその痛みを強く感じていた大部分が瘡蓋状に変化。更にヤケクソを継続したところ、その翌日にほとんどの瘡蓋が綺麗に剥がれると共に痒みが激減してしまい、最終的には治ってしまったという、まことに奇妙な体験をしました(注:筆者のケースはたまたま無事に済みましたが、チアノーゼ状症状が出得るメトヘモグロビン血症になる場合があるとのことですのでやはり使用時は関係者のご指示に従いましょう)。

もちろん軽減したことは一緒に微量に入っているヒドロコルチゾンのせいではないか、というご意見もあると思いますが、ヒドロコルチゾンには副作用等にそうした記載がなく経験的にもそうした事がなかったため、やはり大部分がクロタミトンによるものではと推測しているのが今回の顛末です。ということで今回筆者を救ってくれたこのクロタミトンという材料がどういう経緯で見つけ出され今もなお使用されているのかを調べることにしました。

クロタミトン 成分と歴史

(文献1)及び(文献2)によるとクロタミトンはスイスの化学・製薬会社ガイギー(Geigy)(→チバガイギー→ノバルティス)が1946年あたりに報告しているもので、分子構造は下図、正式名称は N-Ethyl-N-(2-methylphenyl)-2-butenamide になります。シンプルですね。

(文献1)より おそらく歴史上初のクロトミタン(を主成分としたEurax)の記録
このころから薬剤中添加量は10%であったもよう

一般的な合成方法 (文献2)より引用・筆者編集 
おそらく当時からほとんど変わっていない

合成方法は上図のように非常に単純で、トルエンを硫酸と硝酸の混酸で煮てo-ニトロトルエンをつくり、それを金属(還元剤)と塩酸で処理してo-トルイジンを合成。それにハロゲン化エタノール(ブロモエタノール等)をあわせてエチル化した後、無水クロトン酸でアミド化して出来上がりです。もともとの用途はどうもScabies=疥癬、つまりヒゼンダニが引き起こす皮膚病の治療薬(というかinsecticideと書いてある文献もあり実質殺虫剤)だったらしいのですが、その後かゆみ止めにも使えるということがわかり、他用途にも使用されながら現在に至っている、というのが経緯(後述)。こんなに長い間使用できているというのも凄い話です。蛇足ながら中間体であるo-トルイジンは人体への影響がかなり問題視されているらしく、ケムステのこちらの記事にもあるように発がん性がほぼほぼ確実視されているので製薬会社としてはかなり気を遣って合成しているものと思われます。

こういう構造を持つ化合物が疥癬をはじめとした皮膚疾患に何故使えるのか、統一的な見解は今のところ無さそうなのですが、(文献3)を見ると”…reported on the parasiticidal action of a new synthetic compound, N-ethyl-o-crotono-toluidide. The antiparasitic action of this chemical was discovered during a systematic investigation of more than 1100 newly synthesized compounds which were initially tested on Psoroptes cuniculi, the cause of scabies in rabbits.”と書いてあり、1100個という多数の材料を用いた動物実験スクリーニングによる成果が先で理論は後、という言葉を地で行く内容の化合物と言えましょう。

ただ、更に確認したところどうも疥癬には効く割合があまり高くなく、その一方で副作用も少なく使いやすいので第一候補には上がっていてアメリカCDCも認めているのですが、日本ではオイラックスは疥癬への使用に対し保険適用外という不思議な状態になっています(2021年時点)。この正確な経緯までは調べきれなかったのですが、一部の国の二重盲検試験で明確な効果が出なかったからという国立感染症研究所の記載もあり(リンク)、当時の担当者が安全側に振って承認しなかったのかもしれません。しかし現実的には現場でよく使われているという…古い薬だからかもしれませんが色々不思議です。

しかしともあれ、筆者の疾患に効果があったようにクロトミタン軟膏=Euraxはステロイドでもないのに痒みを抑えるという効果を生かし、誕生から70年以上経った現在も様々な症状に使われているのですが、色々調べてみると最近までこの材料が何故痒みに効くのかをきちんと理論的に解き明かした研究がほとんど無いことに気づきました。というか、痒みがどのようにして人間の脳に伝達されるのか自体を解き明かすのが非常に難しかった、というべきでしょう。

かゆみのメカニズムの概要とクロタミトンのはたらき 最近の研究から

ということで少し突っ込んで書かざるを得ないので、かゆみがどうやって何を契機に脳に伝わるのか、まとめてみます。自分がこれまで認識していたかゆみのメカニズムは確か小学生向け科学ガイド本か何かで書かれていたもので「かゆみとは、痛みの一種であり、軽い刺激が痛みの神経を通じ脳に伝わったものである」ということ。これを読んだときは子供心に非常に納得したものです。嘘でした。

というか多分皮膚の構造とか神経のはたらきとかがわかっていなくて、モヤっとした学説でも出回っていた時期なのでしょう。翻って2021年にノーベル医学生理学賞を受賞されたカリフォルニア大学デビッド・ジュリアス教授、スクリプス研究所 アーデム・パタプティアン教授の皮膚の研究成果に代表されるように皮膚刺激を肌がどうとらえているかが分子レベルで何が起きているかがわかりつつあります。そこで、この項は人間のかゆみのなりたちについて包括的に述べられている京都大学 江川形平教授による(文献4)をベースに書いてみます。

そもそもなんで人間がかゆみを認識するかですが、色々学説はあるものの個人的にしっくりきているのが「身体から払い除けるべきものを感知するため」という説。つまり虫とか、特に蚊とかトコジラミとかサシガメとか住血吸虫とか、皮膚への刺激を与えにくるものはだいたい人体にとってろくでもないもの。こうした脅威をいち早く感じ取り注意を向けるため、とする説なのですが、確かにこれが「痛い」という感覚だと思わずその箇所を押さえるか、筋肉痛か何かと勘違いしてしまうかもしれない。そうではなく、皮膚という窓口に良からぬクレーマーが来たようなものでそれを払いのける、という反応に繋げる感覚が必要、というのは非常に理にかなっていると思われます。

で、そのかゆみ。まず、刺激が起きる場所でその信号の受け付けが二つ(中枢性と末梢性)あるのですが以下は末梢性のものに絞りましょう。たまに「脳がかゆい」とかいうパワーワードがありますがそれは無視。末梢性の受付の代表的なものは皮膚で、これへの刺激は「外部刺激」と言われてその種類ごとに窓口が異なり、そのうちの一種がかゆみです。(文献4)によると、かゆみは大きく分けて二種類、「ヒスタミン(Histamine)由来」と「非ヒスタミン由来」に分けるのが理解が進みやすそうです。

図は(文献5)より引用 たとえば表皮(Epidermis)に起きた「かゆみ刺激」に対し
好塩基球(Basophil)や顆粒細胞(Mast Cell)などがヒスタミン(図中 左下付近)を生成、
それが緑色の神経索に到達しH1R/H4RといったチャンネルにとりつくとTRPV1を刺激し、
最終的にNav1.7(Naチャンネル)を活性化し電気信号が発せられ軸索を通じかゆみが脳に伝搬、
という極めて複雑なステップで進行すると考えられている

ヒスタミンは人間がかゆみを必要とする状態になったとき皮膚というか全身にある細胞や白血球の一種 好塩基球から発生するのですがこれが起きる一番代表的なものが蕁麻疹だそうで、これを一時的に抑制するのにゼルテックなどの抗ヒスタミン剤が使われたりします(H1Rなどのレセプターにくっついて、発生したヒスタミンのレセプター結合を阻害する)。またこの系統が暴走すると、たとえば四六時中鼻がかゆくなったり目がかゆくなったりする、こういうものを「アレルギー」と呼んだりします。そう、花粉症です。未だに何故発生するか筆者が理解できないのですが、結局こうしたヒスタミン生成機構が長期かつ大量の刺激によって暴走すると起きる、と考えるのが妥当なようです。

んで今回はこのヒスタミン「以外」=非ヒスタミンメディエーターによるかゆみがどう伝わるのかという話。上図を見ると非ヒスタミンの一種であるサイトカイン(Cytokines)やらクロロキン(Chloroquine)やらにもレセプターが存在し、いずれも最終的にはNav1.7というナトリウムイオンチャンネルを刺激してかゆみが伝わる、ということで間違いがないのですが、本記事で書くべきポイントはクロタミトンがこのうちどこを叩いてかゆみを防いでいるのか、という点。まず今回はおそらく皮膚がストレスなどで弱くなり、何らかのメディエーター物質が発生し、いずれかのレセプターによってかゆみが発生していたのでしょうが、経験上は塗布直後の灼熱感でかゆみが上書きされた(ようだった)という経験から、クロタミトンはこれらのメディエータを介するチャンネル以外に、熱を検知するようなチャンネルにも作用していたのではないかと推定しました。

そのあたりを調査したところ、かなり最近(2018年)に製品名「ムヒ」で有名な池田模範堂と本分野の日本の第一人者である岡崎統合バイオサイエンスセンター 富永真琴教授、そして順天堂大学をはじめとした研究チームから今回の記事の疑問にほぼズバリの論文(文献6)が出ていました。結論を書くと筆者推測は部分的にあたっていて、このチームは体内の特定の神経上イオンチャンネル(TRPというグループ)がクロタミトンが関わる対象として採り上げており(同論文より引用・上図にはTRPはTRPV1しか記載されていませんのでご注意ください)、

TRPチャネルは非選択性カチオンチャネルのスーパーファミリーであり,哺乳類ではTRPA(Ankyrin),TRPC(Canonical),TRPM(Melastatin),TRPML(MucoLipin),
TRPP(Polycystin),TRPV(Vanilloid)の6種のファミリーに分類される。
これらTRP チャネルは温度感知や痛み,痒みなどの感覚受容に特に重要であることが知られている

・・・という出だしから、温度感知とかゆみに関わる機能があるチャンネルの動きをクロタミトンが抑制する=かゆみを抑制する≒Navチャンネルへの信号伝達(動き)を抑制しているのでは、という仮説に基づき研究を進められています。具体的な本研究の流れをまとめると、

1.遺伝子組換によりこれらTRPチャンネルのグループを強制的に発現させた実験細胞を用い、
      パッチクランプ法により各種環境下での各チャネル(マウス)のクロタミトンに対する活性を調査
2.1.の結果、特定条件下でクロタミトンにより活性が下がったTRPV4(マウス)が
  ターゲットチャンネルであると推定、詳細に調査
3.TRPV4を選択的に活性化する(かゆみを発生させる)試薬とクロタミトンを共存させても、
  またはクロタミトンを後で加えても、TRPV4の動きが抑制される(≒TRPV4経由でのかゆみを
  抑えることができる)ことが判明
4.加えて、クロタミトンを洗い流した時にTRPV4のポアサイズ(カチオンを透過する貫通孔)が
  大きくなる
状態になることも確認

ということで今回筆者の股間に使用したクロタミトンがTRPV4に影響(かゆみの抑制+イオン透過しやすくなる)することが明示されました。4.を補足すると、(文献7)で「TPRV-4は熱刺激により活性化される(≒イオンが通りやすくなる)」旨が書かれており、TRPV4孔径が広がる現象はクロタミトンの刺激のほかに外から熱が加わっても起こり得るということを指しています。つまりこれはTRPV4チャンネルをイオンが多量に通ると、脳は熱を受けたと勘違いし得ることを示唆していると考えられます。これらの主張に沿うならば、今回のオイラックスクリームは筆者の股間のTRPV4に作用、かゆみを抑制しつつチャンネルを広げることで熱感を発生させたといえるでしょう。

補足ついでに書くと、もともと生体内のチャンネルはイオン(今回の場合はCa2+イオン)を多く通すと強く信号を伝える性質を持ち、たとえばTRPV1の場合(下図・(文献8))、熱やらカプサイシンやらを受けてチャンネルの貫通孔が開き/大きくなりイオンを大量に通すことで強い刺激を脳に伝える機構が確認されています。

ただあれだけ強い熱感はやはり「灼熱感」に近く、またそれに「上塗り」されてかゆみが誤魔化された印象の方が強く、またTRPV4に灼熱感を伝える機能があるという論文が見当たらない点が不思議で、もしかしたらクロタミトンは他のチャンネルにも作用しているのではとも思いました。実際TRPV1はカプサイシンなどにより灼熱感を脳に伝えていることが明らかになっており(自分が認識した感覚がトウガラシを股間に塗った感覚と同じかは未経験で正直わかりかねるのですが)部分的に作用していてもおかしくないのではないでしょうか。

要は「TRPV4の孔径を広げ活性化=イオンを通しやすくして神経へ信号を伝わりやすくしているのと同時にかゆみが抑えられるという現象が起こりうるのか」という点が不思議なわけです。ふつうチャンネルを広げて活性化してしまったらかゆみが激しくなりそうなもんですが…。ただチャンネルもイオンを通す以外に様々な伝達の方法があるらしいので、先生方の引き続きの機構解明に期待しましょう。もっともTRPV1にも作用し得るのでは、と書いたわりにクロタミトンとカプサイシンの分子構造はあまり似ていない(下図)ため、この疑問に自信はないのですが…またオイラックスにはステロイドの一種、消炎剤のヒドロコルチゾンが入っているためかゆみ抑制自体はそちらが主要因子である可能性もあり、上記は筆者の経験に偏っている考えである気がします。

また大量塗布の後に起こった瘡蓋の剥がれと共に筆者のかゆみがなぜ治ったのかという疑問も解消しておりません。皮膚にゴテゴテに塗ったせいで逆に炎症を起こしたまたま痒みを伝達していた皮膚が瘡蓋になり剥がれた可能性が高いのですが、オイラックスを大量に塗ったから瘡蓋が発生したような現象に対し論文などの記録はどこにも見つからない。また説明書をいくら見ても塗りすぎると皮膚に炎症を起こすという記載もない(注:メトヘモグロビン血症は場合によっては起きます)。このため上記の機構上はある程度納得したのですが、体験的にはどうにも理解しがたいというのが実感です。

いずれにせよああいうかゆみ・痛みが股間を襲うのは二度と体験したくないというのが正直なところなので、色々な手段を使いながらストレスをうまく発散していこうと考えております。

おわりに

今年(2023年)は本当に色々御座いまして、、、その中でも今回の腰前部のトラブルは今年の中で3番目くらいにほとほと困った話でございました。年初に起きたことをずっと引きずっている中での上記の症状だったのですが、あまりにもかゆいのと情けないのと悔しいのと悲しくなったのとで「西日射す職場の手洗いで涙を流しながら股間に大量にオイラックスクリームを採って塗る中年男性」という、おそらく古代~近代美術絵画史上絶対に描かれないであろう構図とタイトルが発生したこともご報告申し上げます。これで治ってなかったら本当にどうなったんでしょうね、私。

ともかくそういった妄想が出来るほどには回復し、以降今のところ再発もなく現在ではお医者様には隔月で通う程度に状態が安定しほぼ完治したことが薬学に救われた証。筆者はご本人の写真すら見たこともないのですが、本材料を発見して市販化をしてくれたBuchhardt氏ら諸氏、あとお医者様方、日本新薬殿に心から敬意を示すものであります。ただ本記事を読み直してみて、筆者のオイラックスクリームの使い方は色々と問題があるなぁと思ったのも事実。必ず薬剤師及び関係諸氏にご確認のうえ注意してご使用ください。

それでは今回はこんなところで。

参考文献:

1. “Erfahrungen mit dem neuen Antiscabiosum “Eurax”(Geigy).”, Chemisches Zentralblatt, 1946, リンク

2. “Determination of Potentially Genotoxic Impurities in Crotamiton Active Pharmaceutical Ingredient by Gas Chromatography”, Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis Volume 210, 20 February 2022, 114544 リンク

3. “The Use of N-Ethyl-O-Crotono-Toluidide in the Treatment of Scabies and Various Pruritic Dermatoses*”, Journal of Investigative Dermatology, Volume 13, Issue 1, July 1949, Pages 35-42, リンク

4. “皮膚のかゆみのメカニズム” 江川 形平, アレルギー 69(4), 256-259, 2020 リンク

5. “Itch: From mechanism to (novel) therapeutic approaches”, J ALLERGY CLIN IMMUNOL, NOVEMBER 2018, リンク

6. “鎮痒剤クロタミトンの標的分子の同定および作用メカニズムの解明”, PAIN RESEARCH Vol.33 2018, リンク

7. “Cell swelling, heat, and chemical agonists use distinct pathways for the activation of the cation channel TRPV4”, PNAS, January 6, 2004, vol. 101 no. 1, 396–401, リンク

8. “Transient Receptor Potential Channels as Drug Targets: From the Science of Basic Research to the Art of Medicine”, Pharmacological Reviews July 2014, 66 (3) 676-814; リンク

Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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