[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

紫外線に迅速応答するフォトクロミック分子

[スポンサーリンク]

“A Fast Photochromic Molecule That Colors Only under UV Light”

Kishimoto, Y.; Abe, J. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 4227. doi:10.1021/ja810032t

 

既にあちこちで話題になって久しいですが、青山学院大学・阿部二郎准教授らによって開発された分子です。この分子は紫外線(UV)を照射することで呈色し、照射を止めると色が消えるというフォトクロミズム現象を示します。     原理は1960年に報告されていた分子[1]ヘキサアリールビイミダゾール(hexaarylbiimidazole;HABI)が、2,4,5-トリフェニルイミダゾリル(2,4,5-triphenylimidazolyl; TPI)ラジカルへと変換する過程でおきるフォトクロミズムに基づいています。すなわちUV照射によりHABIの結合が切断され、2分子のTPIラジカルが生成し、溶液中で紫色を示します。これらは熱的条件で逆反応を起こし、もとのHABIに戻ることができます。しかしこの再結合過程は相当に遅い(t1/2  ~ 数分)ことが知られています。立体反発ゆえ反応点同士が近づきにくいためです。結局ラジカルという高反応性化学種が引き起こす分解過程がメインとなってしまい、繰り返し用いることは困難とされていました。

 

UV_photochromic_2.gif

 

 

阿部らはナフタレン骨格にHABI分子を縛り付けた冒頭のような1st generation分子を設計し、再結合過程を加速させる(t1/2 = 179 msec)ことに成功しました。またこれにより、繰り返しのUV照射にも耐える分子にもなりました。
この1st generation分子は、2008年にOrg. Lett.誌に報告[2]されてすぐさま、多方面から大変な反響を呼びおこしました。その火付けとなったのが以下の動画です。分子溶液が紫外線照射によって緑色に変化し、照射を止めると即座に無色になる様子がクリアに分かります。ビジュアル的に相当なインパクトのある、分野内外・研究者かどうかを問わずに目を引くムービーです。

最近になって彼らは、更なるチューニングを施した2nd generation分子をJ. Am. Chem. Soc.誌に報告しました。今度はナフタレン骨格ではなく、より強固なシクロファン骨格にHABIを縛り付けてあります。 これにより再結合過程がさらに加速され(t1/2 = 33 msec)、1st generation分子での実験時に見えていた残像が、全く見えなくなりました。動画を見れば分かりますが、かなりくっきりとした形でスポットが観測されており、明らかに改善されていることが見てとれます。
UV_photochromic_3.gif


彼らはさらに実験を重ね、この分子が固体状態、ポリマーフィルムにドープした状態、結晶状態でもフォトクロミズム挙動を示すことを明らかにしています。フィルム状にしたものは10000回の光照射を経た後でも変わらず機能したそうで、この分子が優れた安定性を誇ることが実証されています。 こういった化合物は、ディスプレイや光学ストレージデバイス、太陽光に応答して色が変わるサングラス、カーテンなどへの塗布による自動調光家具など、無数の応用範囲が期待されています。この日本発の画期的技術が、今後どういう進展を見せていくのか、期待は膨らむばかりですね。

【追記2010.7.2】 新たなデモムービーが阿部研究室より先日公開されました。フィルムドープ型の光応答は必見です! さらに最近、関東化学より本化合物の市販が始まったそうです。(カタログPDF)

関連論文

  1. Hayashi, T.; Maeda, K. Bull. Chem. Soc. Jpn. 1960, 33, 565.
  2. Fujita, K.; Hatano, S.; Kato, D.; Abe, J. Org. Lett. 2008, 10, 3105. doi:10.1021/ol801135g

 

関連リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 温和な室温条件で高反応性活性種・オルトキノジメタンを生成
  2. 第16回日本化学連合シンポジウム「withコロナ時代における化学…
  3. 化学のあるある誤変換
  4. 非古典的カルボカチオンを手懐ける
  5. 安定な環状ケトンのC–C結合を組み替える
  6. 「世界の最先端で研究する」という夢と実際 ーカリフォルニア大学バ…
  7. START your chemi-storyー日産化学工業会社説…
  8. (–)-Spirochensilide Aの不斉全合成

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第21回 バイオインフォ-マティクスによる創薬 – Heather Carlson
  2. P-キラルホスフィンの合成 Synthesis of P-chirogenic Phosphine
  3. ネイチャー論文で絶対立体配置の”誤審”
  4. 2005年7月分の気になる化学関連ニュース投票結果
  5. メソポーラスシリカ(3)
  6. メントール /menthol
  7. 2005年6月分の気になる化学関連ニュース投票結果
  8. エッシェンモーザーメチレン化 Eschenmoser Methylenation
  9. アコニチン (aconitine)
  10. LEGO ゲーム アプローチ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年5月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

実験条件検討・最適化特化サービス miHubのメジャーアップデートのご紹介 -実験点検討と試行錯誤プラットフォーム-

開催日:2023/12/13 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!

カルボン酸のb位C(sp3)–H結合を直接臭素化できるイソキノリン配位子が開発された。イソキノリンに…

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP