[スポンサーリンク]

一般的な話題

香りの化学2

[スポンサーリンク]

前記事「香りの化学1」で「香り」というものはどのようなものであるか?ということと、化学構造との関係を説明しました。

今回は、人工的に作った香料、つまり「合成香料」についてその歴史・合成法・利用例などをあげてみましょう。

合成香料の歴史

合成香料の歴史は、19世紀にじゃ香の香りに関する研究から始まっています。じゃ香鹿から取れるじゃ香(ムスク)の香りは、性フェロモンの一種ではないかと考えられ、また人間でも特に女性がじゃ香の香りに敏感であることから、古来より、じゃ香は珍重されました。

1906年、じゃ香の成分がワァルバウムによって初めて単離され、この単離された化合物の組成式はC16H30Oでありケトンの化学構造を持っていることがわかりました。しかしながら、それ以上の化学構造の解明は当時の化学では不可能でした。そこでその化合物は「ムスク(Musk)の香りのする、ケトン(Ketone)」ということから、ムスコン(Muscone)と命名されました。

その後、ムスコンの構造解明の研究が行われ、1926年にノーベル賞化学者、ルチカによってムスコンの正体が3-メチルシクロペンタデカノン((R)-(-)-Muscone)であることが解明されました。その後、この化合物を人工的につくろうという試み、すなわち、ムスコンの合成研究が盛んに行われるようになったのです。

1934年、ムスコンの人工合成はついにチーグラーによって達成されました(光学異性体を考慮してその一方のみを合成をした(不斉合成)のはスティルバーグ)。その後も多くのグループにより合成研究が続けられ、より容易で、より安価な合成方法の開発が進められています。

それでは本題に入りましょう。現在までに合成香料には非常に多くの種類があり、それらの合成法も多岐にわたります。

もちろんここではそれらのすべてをあげることはできないため、化学構造の系統別によりテルペン系合成香料芳香族系合成香料その他に分けて、香りの化学1で化学構造を表したものを中心に要点を述べてみましょう。

 テルペン系合成香料

テルペン(Telpenes)とは天然樹脂から単離される化合物の母体となる化合物で、簡単に言えば(C5H8)nの分子式を持つ鎖状および環状の炭化水素のことをいいます。さらには、母体のテルペン炭素と同じ炭素骨格を持つアルデヒド、ケトンその他の誘導体まで含めていうこともあります。このテルペン類の特徴は2-メチルブタン(2methylbutane)骨格がいくつか異なった構造をしています。
それではテルペン系の香料として香りの化学1であげたイオノンの合成例を示します。
まず、アセトンアセチレンのエチニル化反応で3-メチル-1-ブチン-3-オールをつくります。これを半還元後、アセトンと更に反応させるとCarroll転位が進行し、メチルヘプテノンを与えます。これを酢酸エステルに導いてから特殊な触媒で分解するなどの方法でシトラールとし、ついでもう一度アセトンを縮合させてシュードイオノンへと誘導しました。これを閉環すればαヨノンとβヨノンが得られるというわけです。αヨノンは「香りの化学1」に書いたように香料として用いられ、βヨノンはビタミンA、ビタミンE、カテロイドの合成原料として重要です。

芳香族系合成香料

名前の通り、香りのする化合物であることからも芳香族化合物はかなりの化合物が香料として用いられています。

それらの合成にふれてみよう。まず1で取り上げた、β-フェニルエチルアルコール(フェネチルアルコール)は塩化ベンジルやベンゼンから次のように合成されてます。塩化ベンジルからは青酸カリと反応させた後、水酸化ナトリウムでカルボン酸へと誘導します。カルボン酸をエステル化した後、ナトリウムで還元することでフェネチルアルコールへ導いています。ベンゼンからは、エチレンオキシドと塩化アルミニウム存在下でのFriedel-Craftsアルキル化反応により合成できます。

また、シンナミルアルコール(ケイ皮アルコール)という香料は優秀な香料であるのと同時にクロラムフェニコール等の医薬品の製造原料であるので、工業的に大量に生産されています。その製造方法としては、シンナムアルデヒドをアルミニウムイソプロピラートでMeerwein-Ponndorf–Verley還元する製法が古典的な手法です。

 その他の合成香料

香りの化学1であげたジャスモン酸メチルの類縁体ジャスモンの合成については工業的生産においては若干課題が残されていました。当初はcis-ヘキセノールを原料として、Grignard反応、塩化パラジウムを用いる酸化反応(Wacker酸化)、分子内アルドール反応などを組み合わせてcis-ジャスモンを合成していました。

cis-ジャスモンの合成にはいまだいくつかの問題点は残っていましたが、別法で20世紀後半から工業的に合成されている。また本法でも比較的合成が容易でcis-ジャスモンに近い香気をもつジヒドロジャスモンの合成は行われています。この方法でヘプタン酸を出発原料にすると合成可能です。

まとめ

このように、現代は化合物の化学構造が簡単にわかり、合成法も発達したため様々な香料が合成・使用されている。合成された化合物は不純物の混入がなければ100%その物質の香りである。一方で、天然から得られたものは、若干ではあるが超微量の香気成分が混ざっていることがあります。どちらが「本物」の香りなのか、難しいところですね。

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4061543792″ locale=”JP” title=”香料の科学 (KS化学専門書)”]
Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 微少試料(1 mg)に含まれる極微量レベル(1 アトグラム)の放…
  2. ジボリルメタンに一挙に二つの求電子剤をくっつける
  3. ついったー化学部
  4. ぼっち学会参加の極意
  5. 「糖化学ノックイン」の世界をマンガ化して頂きました!
  6. PACIFICHEM2010に参加してきました!Final!
  7. 作った分子もペコペコだけど作ったヤツもペコペコした話 –お椀型分…
  8. 電子のやり取りでアセンの分子構造を巧みに制御

注目情報

ピックアップ記事

  1. 有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号
  2. カネボウ化粧品、バラの香りの秘密解明 高級香水が身近に?
  3. クロロ(1,5-シクロオクタジエン)イリジウム(I) (ダイマー):Chloro(1,5-cyclooctadiene)iridium(I) Dimer
  4. アッペル反応 Appel Reaction
  5. 窒素 Nitrogen -アミノ酸、タンパク質、DNAの主要元素
  6. 肥満防止の「ワクチン」を開発 米研究チーム
  7. ムギネ酸は土から根に鉄分を運ぶ渡し舟
  8. 安藤弘宗 Hiromune Ando
  9. 嫌気性コリン代謝阻害剤の開発
  10. 革新的なオンライン会場!「第53回若手ペプチド夏の勉強会」参加体験記

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2000年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

小松 徹 Tohru Komatsu

小松 徹(こまつ とおる、19xx年xx月xx日-)は、日本の化学者である。東京大学大学院薬学系研究…

化学CMアップデート

いろいろ忙しくてケムステからほぼ一年離れておりましたが、少しだけ復活しました。その復活第一弾は化学企…

固有のキラリティーを生むカリックス[4]アレーン合成法の開発

不斉有機触媒を利用した分子間反応により、カリックスアレーンを構築することが可能である。固有キラリ…

服部 倫弘 Tomohiro Hattori

服部 倫弘 (Tomohiro Hattori) は、日本の有機化学者。中部大学…

ぱたぱた組み替わるブルバレン誘導体を高度に置換する

容易に合成可能なビシクロノナン骨格を利用した、簡潔でエナンチオ選択的に多様な官能基をもつバルバラロン…

今年は Carl Bosch 生誕 150周年です

Tshozoです。タイトルの件、本国で特に大きなイベントはないようなのですが、筆者が書かずに誰が…

ペンタフルベンが環構築の立役者!Bipolarolide D の全合成

4つの五員環が連結するユニークな構造をもつ天然物bipolarolide Dの全合成を達成した。エナ…

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP