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化学者のつぶやき

未踏の構造に魅せられて―ゲルセモキソニンの全合成

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Total Synthesis of Gelsemoxonine
Shimokawa, J.; Harada, T.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. J. Am. Chem. Soc. 2011, ASAP.  DOI: 10.1021/ja208617c

ゲルセモキソニンという天然物は、上に示す構造をしているアルカロイドです。ご覧のとおり、「ひと目でわかる構造のユニークさ」こそが、他と一線を画する特徴です。
現段階では別段重要な生物活性があるわけでも無く、いってしまえば何の薬(ヤク)にも立たない化合物。*しかし、「こんなヘンテコな形の化合物、一体どうやったら作れるのだろう?」という問題は、古くから合成化学者たちの素直な遊び心を刺激し続けてやまないものです。科学技術が発達した現代でも、それは変わるところを知りません。
未踏の課題に挑戦し、それを独創的発想で解決していく取り組みは、たとえ興味本位であったとしても先端的頭脳の凄みが十二分に感じられます。
このたび東京大学の福山・下川らによって達成されたゲルセモキソニンの全合成は、まさにそんな研究成果の一つといえるでしょう。

*生物活性を調べるアッセイ系は様々ですので今後面白い◯◯活性が発見される可能性は大いにあります。

以下、この合成の3つの鍵反応に注目して紹介していきます。

彼らはまず、ジビニルシクロプロパン-シクロヘプタジエン転位反応を最初の鍵反応として用い、ゲルセモキソニンの持っているオキサビシクロ[3.2.2]骨格を構築しています。以前に達成されている類縁化合物ゲルセミンの全合成[1]での知見が活かされた形になります。

彼らはフルフリルアルコールから10 段階にて不斉合成される化合物A をシリルエノールエーテルへと変換し、転位前駆体としています。これを加熱したところ、カッコ内に示したような遷移状態B  を経て転位反応が速やかに進行します。転位成績体のシリルエノールエーテル部位はワンポットで脱シリル化し、オキサビシクロ[3.2.2]骨格をもつ化合物C を立体選択的に得ています。

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ジビニルシクロプロパンのオレフィン部位が持っている幾何異性の制御から、生成物のビシクロ骨格がもつ立体化学が完全に制御されている点がポイントです。一般的に困難な「4 級不斉中心の構築」という問題を二重結合の幾何異性制御へと置き換えることで、複雑な骨格の立体選択的な構築が実現できます。これこそが転位反応を用いる合成戦略の強みでしょう。

次の見所は窒素官能基の導入です。彼らはこの課題をレドックス異性化反応を用いることによって解決しています。C  から二段階で合成できる不飽和アルデヒドからTMS シアノヒドリンが生成した後、DBU の塩基性にて不飽和ニトリルへの異性化が進行します。アリルアルコールを加えると、面選択的なプロトン化によってアシルシアニドへと変換された後にアリルエステルが生成するという一連の反応になっています。

こうしたレドックス異性化反応としては N-ヘテロサイクリックカルベン(NHC)を用いた触媒的な反応がよく知られていますが、これらの先駆けとなったシアニドを用いる反応[2]を、複雑な基質へと適用しています。酸化還元を必要としない条件なのでケトンを保護する必要がなく、注目に値する変換だと思います。こうして得られたエステルを、クルチウス転位を含む4 段階でD へと変換し、窒素官能基の導入に成功しています。

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さて最後の見所は、窒素四員環(アゼチジン)をつくる工程。D から7 段階の変換を経て得られるエポキシドE にアミノ基が分子内攻撃すれば天然物に至るはずですが、トルエン中で加熱、あるいはそこにルイス酸などを添加するなどの条件下では、環化が全く進行しなかったそうです。この問題はなんとエタノール中で加熱するだけで解決されました。おそらくは水素結合ネットワークを介するメカニズムで促進されているのでしょう。

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この合成ルートは非常に効率が良く、最終生成物がこれほど複雑かつ奇妙な形であるにも関わらず、なんと300 mg スケールで合成することも可能なのだそうです。

  • 全合成を達成して・・・

今回は、様々な苦労があった全合成を足掛け5年で見事達成された、下川淳先生ご本人から特別にコメントをいただくことができました。この場を借りて紹介したいと思います。若い化学者(の卵)たちにとって有益なメッセージとなってくれれば幸いに思います。

 ゲルセモキソニンの合成において最も苦労したのは、レドックス反応を見出すまでの長い検討でした。当初はアリルアルコール部位のヒドロキシメチル基を持たない基質を使って、長いこと検討を行なっていたのですが、この際にはビシクロ環上の二重結合はどんな試薬を使っても全く反応しませんでした。
ここで、「二重結合に窒素官能基を直接導入することができないならば、様々な反応の基質になりうるアリルアルコールの構造を持たせることで、何らかの変換の足がかりにできないだろうか」と考えたことがブレークスルーにつながりました。しっかりと問題を見極めて、その解決をあきらめずに考えていればいつかは報われるものだ、ということをあらためて学びました。

このプロジェクトは当初、私が博士課程に入った時に開始したものでした。それから2回の「ふりだしに戻る」を経て、5 年強の時間をかけた末に3つ目の合成戦略で初めて全合成をすることができました。自分が進むべき方向へ進んでいる確信があるときには何としてもあきらめないという強靭な意思と、もしかしたらさらに効率的な方法があるのではないかと常に考え続ける柔軟な感覚を併せ持っていれば、道がひらけることもあると思います。これを読んでいる学生の皆さんには、そんなことをぜひ心に隅にでも留めおきつつさらに研究に邁進して欲しいと思います。

― 下川淳

  • 関連論文
[1] (a) Fukuyama, T.; Liu, G. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 7426.  DOI:10.1021/ja961701s  (b) Yokoshima, S.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2000, 39, 4073. [abstract]
[2] Kawabata, H.; Hayashi, M. Tetrahedron Lett. 2002, 43, 5645. doi:10.1016/S0040-4039(02)01133-4

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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