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化学者のつぶやき

「海外PIとして引率する大気化学研究室」ーカリフォルニア大学アーバイン校より

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第14回目の海外研究記は、第2回の佐々木栄太さんからのご紹介で、カリフォルニア大学アーバイン校化学科助教授の白岩 学先生にお願いしました。

今回、海外研究記としては指導教員にインタビューする初の試みです!

白岩先生は東京大学で修士号を得たのち、ひょんなことをきっかけに(詳しくは本寄稿を読んでください)心機一転ドイツに飛び立ち、マックス・プランク化学研究所で博士号を取得されました。その後、カリフォルニア工科大学(Caltech)でポスドクとして経験を積まれました。29歳の若さでマックス・プランク化学研究所のグループリーダーとしてラボを引率し始め、現在はカリフォルニア大学アーバイン校化学科で助教授をお勤めになられています。

Q1. 現在、どんな研究をしていますか?

研究分野は、大気化学です。大気中には大きさが1ナノメートルから100マイクロメートルまでのエアロゾル粒子が浮遊しており、気候や健康に大きな影響を及ぼしています[1]。私は主に大きさが2.5マイクロメートル以下の粒子(PM2.5)における不均一反応の研究をしています。また植物や人為活動で放出される揮発性の有機化合物とオゾンなどの大気オキシダントとの化学反応により、大気中に二次的に生成される有機エアロゾル粒子の化学変質を研究しています。私の研究室では、このようなプロセスを取り扱うエアロゾル化学反応モデルを開発し、室内実験やフィールド観測で得られたデータを解析・モデリングしています[2]。最近の研究で有機エアロゾル粒子は低温や低湿度でガラス化し、雲の生成に影響を与えていることが分かってきました。私たちの最新の研究では、粒子の相状態(固体か液体か)の世界分布を推定しました(図1)。

図1:有機エアロゾル粒子の地表近くにおける相状態の世界分布。赤は粒子がガラス固体、黄色や青は粒子が液体状態であることを示す [3]。

さらに最近は大気汚染の健康影響に着目して、PM2.5が人間の肺に沈着するとどのような化学プロセスが起こるか研究しています[4]。特にPM2.5は遷移金属類やすすなどを含み、これらが肺胞液内において抗酸化物質と反応することで活性酸素の生成が誘発され、肺の中で酸化ストレスを引き起こす可能性が指摘されています。PM2.5がどのようなメカニズムで、どの程度の量の活性酸素を発生し得るか、化学反応モデルを構築したり、電子スピン共鳴法を用いて活性酸素の検出および定量を実験したりしています。このように空気と人体の境界で起こる化学に興味を持っていて、最近は汚染物質の人の肌に与える影響に関するプロジェクトを始動させました。例えば、オゾンは人体の肌の脂質と化学反応して、揮発性の有機物を発生させます。すなわち、室内において人間は汚染源になりえます。このプロセスをモデリングし、室内の空気環境にどう影響を与えるか調べています[5]。

Q2. なぜ日本ではなく、滞在先で研究を続ける選択をしたのですか?

私は博士課程も日本で所属していた研究室に進学するつもりでいました。しかし、当てにしていた学振DC1に落とされてしまい、無給の上に学費を支払わなくてはならない日本の博士課程の制度に対して、急に馬鹿馬鹿しく感じてしまいました。修士課程在学時、中国でのキャンペーン中に知り合ったドイツのマックスプランク研究所のペッシェル教授にすぐに連絡を取り、彼の元での博士号取得の可能性を探り、留学の準備を始めました。幸いにもこの時には文科省の奨学金もとれ、マックスプランク研究所の博士の学生として採用されることとなりました。学位取得後はカリフォルニ工科大学で海外学振研究員として研究していましたが、母校であるマックスプランク化学研究所の新学部の設立に伴い、グループリーダーとして呼び戻されました。そして昨年にはカリフォルニア大学アーバイン校(UCI)からお誘いを受け、ドイツに残るか散々悩みましたが、オファーを受けることにし、現在に至ります。日本を出て9年、その場その場で必死になって研究し、気づいたらボールが転がるようにここまで来たという感じです。

Q3. 海外PIとして独立して以降、もっとも印象深かった経験は何ですか?

研究者として経験してきた中で、とても役に立ち、今となって印象的に感じることがあります。それは、人とのコネクションと評判であり、その時はわからなくても後になって効いてくることがあります。ドイツでグループリーダーとして独立して以降、学会やワークショップで招待講演を依頼されることが多くなりました。忙しいからといって断ることなく、フットワーク軽く足を運び、認知される機会を持てたのが良かったと思っています。そこで世界中の研究者と交流を持ち、自分の名前と研究を覚えていってもらえたように思います。そして幸運にもいくつかの学会賞も頂けました。これらの積み重ねの結果としてUCIから採用の話がきたり、財団のプログラムマネージャーの目に留まって研究費を取得したりすることなどに繋がっていたという実感があります。頻繁に出張に行くのは体力的にも大変でしたが、今となってはあの頃に頑張って良かったと感じています。また他の研究者からの信頼を獲得することは、研究費や論文の査読にも好影響があるようです。

Q4. 滞在先の研究環境・制度で、日本と最も大きく異なるところを教えてください。

日本では学会に行けばボス社会ですし、ほとんどの大学が講座制を敷き、若手研究者には独立した研究室を主宰する道がほとんどありません。出身研究室で助教になって上がっていくのが今でも王道のようで、なかなか教授の傘の下から出られないジレンマがあるかと思います。これは研究のノウハウがうまく引き継がれて行くメリットもあり日本の文化的背景によるものだと想像しますが、国内で行われている研究の多様化を図るためにも、若手が独立できる機会が増えることを願っています。

海外(特にアメリカ)では実力主義で成果さえあげれば年齢は関係ないので、自分の頭の上に天井がある息苦しさを感じません。すべての責任を自分で負うのでハイリスクとも言えますが、挙げた成果は多くの場合(ハイ)リターンされます。私は29歳でマックスプランク研究所のグループリーダーになり、研究費は年2000万円ほどありました。UCIに移る際には1億円以上のスタートアップを頂きました。日本ではありえない話だと思います。欧米では、若くてもこれと決めた人には一気に投資を行う傾向があるようです。

Q5. 海外ラボ立ち上げに当たって念入りに準備したことと、現場で直面した問題を教えてください。

UCIに移る際には、大学と多くのことを交渉しました。特にマックスプランク研究所でテニュアトラックのグループリーダーをすでに3年務めていましたし、異動の際にテニュアクロック(テニュア取得までのスケジュール)をどうするか、スタートアップ費用、実験室のスペース配分などを交渉しました。また家族の生活も重要で、住む場所や子供の幼稚園も大学側に手配してくれるよう交渉しました。今現在、現場で直面した問題としては、実験室の改装工事が大幅に遅れているという点です。

Q6. 海外でラボを運営してきた経験から、日本の学生・研究者に期待することはありますか?

特に若いうちは積極的に物怖じせずに海外に出て経験や見聞を広めて欲しいです。海外における日本人PIは少なく、寂しく思います。最近読んだ本で紹介されていたことですが、研究者の世界に限らず他の職種でも昔に比べて海外に出る日本人が減ってきているそうです。確かに日本にいても十分素晴らしい研究はできるかもしれません。しかし、海外に出ることで違う価値観に触れたり、大きな可能性を感じることができるかもしれません。ぜひ大海原に漕ぎ出して欲しいと思います。

Q7. 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

苦労は日本でも海外でもどこにいても付きものだと思います。どこで、どのような苦労をするかの違いです。そして失敗したからといって道が閉ざされることは、諦めない限り、決してありません。失敗した先から可能性も十分拓けてくるものです。私自身も例えば論文やグラントがリジェクトされた時など思い通りにいかないときは、とりあえず一杯飲んで、すぐに次の可能性を模索するようにしています。失敗した後に進んだ道が逆に良いこともあるので不思議です(私が学振DCに落ちたおかげで留学したように)。研究生活は長いですから、地に足をつけて淡々としていくのが大事だと感じています。

カリフォルニア大学アーバイン校。公園のように綺麗なキャンパスで清々しく研究に取り組めます。

研究グループの写真(筆者は左端)。化学科のディナーにて。

最後に

海外研究記としては初めての海外PIの体験記でした。いかがでしたでしょうか。白岩先生が仰る通り、日本の研究レベルは高いですが、海外に出ることでしか得られないプラスの面がたくさんあると思います。

これから海外でPIを目指す方にとって、有益な記事となったことを願います。

関連リンク

Shiraiwa Group (研究室HP)

関連論文・参考資料

  1. Pöschl & M. Shiraiwa (2015). Chem. Rev. 115(10): 4440. DOI: 10.1021/cr500487s
  2. (a) Shiraiwa et al. (2011). PNAS 108(27): 11003. DOI; 10.1073/pnas.1103045108 (b) Shiraiwa et al. (2011). Nature Chem. 3(4): 291.  DOI: 10.1038/nchem.988 (c) Shiraiwa et al. (2013). PNAS 110(29): 11746. DOI:10.1073/pnas.1307501110
  3. Shiraiwa et al. (2017). Nature Commun., 8, 15002. DOI: 10.1038/ncomms15002
  4. Lakey et al. (2016). Sci. Rep., 6, 32916. DOI: 10.1038/srep32916
  5. Lakey et al. (2016). Indoor Air, DOI: 10.1111/ina.12360

研究者のご略歴

白岩 学

所属
2016 -:カリフォルニア大学アーバイン校化学科、アシスタントプロフェッサー
2015 -:名古屋大学大学院環境学研究科 客員准教授
2013 – 2016:マックスプランク化学研究所 多相化学部 グループリーダー
2012 – 2013:カリフォルニア工科大学 海外学振ポスドク研究員
2008 – 2011:マックスプランク化学研究所 生物地球化学部 博士課程
2002 – 2008:東京大学 地球惑星科学専攻 修士課程、理学部化学科 学士
研究テーマ:大気エアロゾル粒子の化学とその健康影響
海外渡航歴:9年

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有機合成を専門にするシカゴ大学化学科PhD3年生です。
趣味はスポーツ(器械体操・筋トレ・ランニング)と読書です。
ゆくゆくはアメリカで教授になって活躍するため、日々精進中です。

http://donggroup-sites.uchicago.edu/

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