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ブラックマネーに御用心

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オレオレ詐欺だか、やるやる詐欺だか分かりませんが、世に中には人を騙す天才的なアイデアを考えつく輩がいるもので、トリックがわかってしまえばなんでそんなものに騙されるんだろうと首を傾げたくなるような詐欺の手口が多くあります。私のメールアドレスにも毎日笑ってしまうようなフィッシングメールが届きます。そんな詐欺師の巧妙な手口ではありますが、化学を使った詐欺というのは珍しいのではないでしょうか。化学者の端くれとしてそんな詐欺師は許せません!

 

という事で、今回のポストでは先日大きく報道されたブラックマネー詐欺のトリックを暴きたいと思います。その前にブラックマネー詐欺の手口について報道を基にみてみましょう。

 

 「特殊な薬品で黒い紙に変え、海外から持ち込んだ紙幣を元に戻すため、薬品が要る。取り分は3割渡す」などと言って、横浜市の男性(60)から現金1500万円をだまし取ろうとしたとして、神奈川県警国際捜査課は29日までに詐欺未遂容疑でカメルーン人の男(47)を逮捕した。2000年前後か ら、国際的に多発している「ブラックマネー詐欺」と呼ばれる手口。1万円札を使ったケースは初めてとみられる。

これぞホントの黒いカネ―。国際犯罪「ブラックマネー詐欺」の未遂事件が国内で、それも1万円札が使われて発生していたことが明らかになった。

県警国際捜査課によると、事件が起きたのは7月8日の夜。住所不定で、中古家電買い取り業者を自称するカメルーン人のティゴング・ポール被告は、 外国人の男と連れ添って横浜市都筑区にある会社役員の男性宅を訪れていた。2人と男性は初対面だったが、知人を介して面会。男性の知人数人も同席した。

ポール被告と男は、キャリーバッグから札束のような状態にくくられた大量の紙を取り出した。紙はいずれも1万円札大で真っ黒。「アフリカの途上国への援助金の横流しを受けたが、海外に運ぶ時に足がつくから黒くして偽装した。2億円分ある。元に戻すための薬品がいるが、1500万円かかる。金をくれれば3割の取り分をやるし、1500万円も返す。どうだ」という趣旨の提案をした。

即座には同意しない男性を前に、2人は「実演」を開始。5枚の1万円札をビニール袋に入れて透明の薬品をかけて黒くした後、さらに白い粉を塗り込み、黄色い薬品をかけて通常の紙幣に戻した。しかし、同席していた男性の知人が「ブラックマネー詐欺というのをテレビで見たことがある」と気付き、男性と相談して県警に通報。ポール被告は同10日に逮捕された後、同30日に起訴。容疑については「やっていない」と否認している。

実演に使用した紙幣を除く、1万4215枚の黒い紙は全て単なる黒の画用紙だった。もう1人の男は通報の際に「ホテルに忘れ物をした」などと言って逃走。県警が行方を追っている。

2000年前後から国際的に多発している「ブラックマネー詐欺」。国内では03年に都内で米ドルを黒くしたと偽装した事件はあったが「ブラック日本札」は初のケースとみられる。紙幣が黒くなり、元に戻る化学反応については捜査中だが、ヨウ素化合物をでんぷん質と結合させて黒くした後、ビタミンCで白く戻している可能性などが考えられている。

2012年8月30日06時03分 スポーツ報知より引用 強調は筆者による改変

 

一番詳しかったのでスポーツ報知を引用させていただきました。

まとめると、

1,黒く染まった大量の札束(実はほとんどが黒い画用紙)を見せる

2,その札をどうやって作ったかを実演する(実際の紙幣で)

3,逆に黒くした札を元の札に戻す実演をする

4,元に戻す薬品が高価だからその薬品購入の為の資金を出してくれたら分け前をあげると言って騙す

 

という手口です。ここで化学反応が二つ登場します。札を黒く染める工程と、黒を脱色する工程です。では、この反応は何を使っているのでしょうか?報道にヒントというか答えが書いてあります。

まず、色の変化の主役はおそらくヨウ素です。ヨウ素は黒光りしている美しい結晶として常温で存在する単体で、水にはあまり溶けません。しかし、ヨウ化カリウム水溶液には比較的容易に溶け込むことができ、これがいわゆるヨウ素溶液(エタノール溶液はヨードチンキと呼ばれます)です。このヨウ素溶液をデンプン質にぽたっとたらすとあら不思議。美しい藍色を呈します。これはヨウ素溶液に含まれるI3-からヨウ素の単体I2が再生しそのヨウ素分子がデンプンのらせんのような高次構造にはまり込むことで生じると考えられています。このヨウ素ーデンプン反応はかなり鋭敏なので、小学生の実験なんかでもお馴染みですね。

 

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デンプンに含まれるアミロース(左)とアミロペクチン(右) 多数のグルコースが連結している

 

少しの量で行えば美しい藍色ですが、量を増やせば真っ黒になります。そこで第一のトリックとして、札の表面をあらかじめデンプン質でコーティングしておき、それをヨウ素溶液に浸すことで札を真っ黒に染め上げたと推察できます。報道にある「ヨウ素化合物をでんぷん質と結合させて黒くした」というのがこのプロセスに当たるのでしょう。しかし、ここで少し問題があります。報知の報道では手口がかなり詳細に書かれており、「5枚の1万円札をビニール袋に入れて透明の薬品をかけて黒くした後」とあります。ヨウ素溶液は透明ではなく、茶色をしていますので、報道が真実だとするとこのトリックは誤りということになります。うーん

 

VC.png

ビタミンCによる還元反応

第二のトリックについて見てみましょう。意外と知られていませんが、ヨウ素ーデンプン反応で染まった色は加熱すると退色していきます。これは単体のヨウ素がデンプン質から外れて飛んでいってしまうからと考えられます。また、単体のヨウ素I2を還元してヨウ化物イオンIにすることによっても退色させることが可能です。「ビタミンCで白く戻している可能性」というのがこの反応で、ビタミンC(アスコルビン酸)は還元性があるので食品添加物としてもお馴染みですよね。ヨウ素—デンプン反応をしている単体のヨウ素をビタミンCで還元して黒い札を元に戻すというトリックであると推察されます。しかしこちらでもまたまた謎があります。「さらに白い粉を塗り込み、黄色い薬品をかけて通常の紙幣に戻した」この白い粉がビタミンCの粉末であることはほぼ間違いないとして、黄色い薬品とは一体なんでしょうか?

 

そこで知り合いのコナン君に推理してもらいったところ、考えられる可能性としては、この犯人は高度な化学に関する知識を持っていて、最初の黒く染める工程はデンプンにヨウ素溶液をかけるのではなく、あらかじめヨウ素—デンプン反応させた札を一度還元したもの、もしくはデンプンにヨウ化物イオンを含む化合物を染みこませておき、透明な酸化剤が入った液体に浸すことで系内で単体のヨウ素を発生させるというトリックを使った。また、還元の工程では、ビタミンCが酸性で安定でかつ金属イオンが共存すると還元力が落ちることを知っていて、その為にメタリン酸(H3PO3)n水溶液を加えるとよいということを知っていた。メタリン酸水溶液が若干古くて黄色みがかかっていた。とのことでした。深読みしすぎですかね

あとは、単純に報道か警察の発表、もしくは証言に若干勘違いがあって、黄色い液体がヨウ素溶液で、白い粉と同時にかけた液体は透明な水というオチもあり得ます。

 

以前私が見たブラックマネーのトリックは電子レンジに入れると脱色されるというもので、それは単なる手品でした。今回の手口は化学を悪用するという許せないものであります。みなさんくれぐれもこんな儲け話には乗らないように気をつけて下さい。

 

  • 参考サイト

 

The Secrets Behind the ‘Black Money’ Scam (abc news)

 

  • 関連書籍

 

 

 

 

 

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有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

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