[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

NMRのプローブと測定(Bruker編)

[スポンサーリンク]

有機化学者にとって液体NMRは必須のアイテム。ケムステの読者の皆様も毎日のように使っておられると思います。しかし、NMRは多くの情報を与えてくれるかわりに、MSなどと比べ、かなり感度の悪い測定として知られています。今回は液体測定の際に、どのプローブを装着したマシンを使うべきかについてのお話です。一般的なNMRのお話についてはこちらこちらをご参照ください。

はじめに

ほとんどの簡単な化合物は長時間の測定を必要とする13Cや2Dが必要となりませんが、全合成の最終段階の化合物や、1-2 mgでの条件検討の際に生成したジアステレオマーの立体の決定など、時にdemandingな測定が要求される場合があります。

そんな場合に、重要となるのがプローブとマグネットの選択です。もちろん、研究室には一択しか無いという場合もありますが、大学もしくは研究科には共用機器として、複数のプローブを備えたNMRが置いてあることが普通です。用途に合わせて測定すると、短時間に綺麗なデータを得る事ができるので、それぞれのマシンやプローブの特徴を知った上で積極的に利用しましょう。

マグネットの選択

良いデータを取りたいと思った場合は、高磁場のNMRを使うと一般的に良いとされています。例えば、ルーティーンのNMRは普通300 MHzや400 MHzが普通ですが、よりよいS/N比が要求される場合、500 MHzや600 MHzのものを使うとより感度良く、綺麗なデータが得られます。また、カップリングによりピークどうしの重なりが邪魔で解析できない際も、磁場強度の違うマシンを使うとうまく解析できる場合もあります。もちろん、溶媒を変えるという選択肢もありますが。

(上図)40年前に報告されている60 MHzのNMR spectrum (in CDCl3); (下図)筆者が最近500 MHzで測定した同じ化合物のNMR spectrum (CD3OD)。昔の天然物化学者が上図のようなbroadなNMRデータで化合物の構造を推定していたのかと思うと、頭が下がりますね。

分光計の選択

また、分光計も新しいものがよいとされています。現在、Avance I, II, III に加え最新型のAvance Neoのどれかを使っておられる方が多いと思われますが、より新しい分光計の方がより綺麗なデータを得る事ができます。

個人的にはAvance IIに比べAvance Neoの方が圧倒的にShimmingやTuning & Matchingがかなり早くなった気がしますが、スペクトラのS/N比はそれほど変わらん。。。という印象です。

最近リリースされた最新モデルの分光計(Brukerのサイトより)

プローブとシグナルの強度

NMRのシグナル強度はサンプルとcoilの距離6乗に反比例する事が知られています。コイルとサンプルの距離は近いほどより精度の高い有用な情報が得られるため、より良いデバイスの開発が日々行われています。現在利用されているプローブのコイルは二種類あります。その一つは内側に、もう一つは外側についており、そのそれぞれに1H, 13C, 19F, 31Pなどの核種をアサインするようになっています。外側にアサインされた核種を測定する場合、内側にアサインされた核種に比べて感度が落ちてしまいます。

Cryo-TCIプローブ。四角い箱からちょこっと出ているモノがマグネットにささります (Brukerのwebsiteより)

ルーティーンのプローブ

ルーティーンのプロトン測定にはそれほど感度が必要とされないので、BBFO (Broad-Band Fluorine Observe)やBBO (Broad-Band Observe)、QNP (Quattro Nucleus Probe 1H, 13C, 19F, 31P)などといったプローブが汎用されています。これらのプローブは1Hがouter coilに設定されているので、実は1Hに向きません。その代わり、inner coilに例えば、相対的に1Hと比べ感度の低い13Cを設定する事ができるので、13Cを効率的に測定する事ができます。そのため例えば、400 MHzのBBOと500 MHzのBBIを比べると、後者の方が磁場強度が強いのにも関わらず、前者の方が綺麗な13Cを得る事ができます。

その他よく使われるプローブ

BBI (Broad Band Inverse)やTXI (Triple Resonance X1+ X2 Nucleus Decoupling Inverse)は内側coilが1Hに設定されているので、1Hや2Dの測定に適しています。BBIで1Hや2Dを測定した場合、BBOやQNPに比べて圧倒的に良いS/N比を得る事ができます。特に、decoupleする核種が二つ存在する場合、例えば13Cと15N、TXIが役立ちます。

TCI (Triple Resonance Inverse)は、簡単に言えば、内側のcoilと外側のcoilのアサインとは無関係に、13C、1H、15N全ての核種において感度良く測定できるプローブです。TCIはTXIに比べて13Cに対する感度が向上したプローブと考えることもできます。最近ではそこに19Fを追加したQCIなども販売されています。

クライオプラットフォーム

クライオプローブ (CryoProbe)とは、簡単には、プローブ(NMRシグナルのdetector)を構成するcoilとその周辺部分を液体ヘリウムで冷やすことで、熱雑音によるnoiseを抑えsignalをより感度良く拾うために開発されたプローブ方式です。詳しい話はこちらこちら。一般にクライオプローブを使うことにより、常温プローブに比べて5倍程度の感度の向上が期待できます。気化したヘリウムはマグネットの隣に設置した、コンプレッサーで再度液化、循環する事ができるので、消耗も最小限に抑える事が可能です。

マシンによっては、液体窒素で代用するといった方式を採用しているものもあります (CryoProbe Prodigy)。もちろん、液体窒素を用いる場合、液体ヘリウム方式に比べコンプレッサーの導入もいりませんし、導入コストは下がりますが、液体ヘリウムで冷やすほどは良いS/N比を得る事はできません。一般に、常温プローブと比べて2 – 3倍程度の感度の向上が期待できます。

測定例、化合物量0.5 mg、分子量約650、500 MHz, cryo-BBO, Auto-Shim-Tuning Matching、4000 scanでこのようなスペクトラが取れます。ちなみに常温プローブなんかだと同じだけscanしてもノイズのみとなります。

 

おわりに

適切なプローブを使えば、かなり厳しい測定でもいい結果が得られるようになってきました。どの種類のプローブが自分がよく使っているNMRに付いているかはマグネットの下側を見ればすぐに分かります。これを機に、自分のよく使うマシン以外にも研究科にどのような機器があって、どのマシンを使えば良いデータが得られるか、知っておくのもより効率的な実験をする助けになるかと思います。

また、どのマシンが有効か知っておけば、例えば、500 MHzのCryo-TCIを使えばものの30分で測定できるのに、予約で一杯の500 MHzのBBIで13Cを一日中測定して、研究室内外からバッシングを食うなんていうことも防げるかと思います。

JEOL使いの皆様、私はプローブなどに関してよく分からんのでケムステメンバーの誰かが同様の記事を書いてくれることを願ってお待ちください。

補足

13C NMRのS/N比が不足していてお困りの皆様、パラメーターのacquisition timeを下げてやるとS/N比が改善する場合もあります。大抵私はaq = 1.0 sぐらいの数値を使っていますが、マシンによってはaq = 0.8ぐらいで設定されていることもあります。例えば13Cの場合、aq = 2.0 sなどで測定するとFIDのテールの部分はほぼノイズなので、FTしたときにS/N比が悪くなります。もちろん、aqは短ければ良いというものでも無いので、パラメーターの設定は分子次第です。1Hの場合はaq = 2.3−2.5 sあれば十分です。あまりにも値が小さすぎると、integralが正確に出ませんのでご注意。(ちなみにquant NMRの場合はこの値をかなり長くすることで、完全にシグナルを拾えるようにしています。)

関連リンク

  • プローブについて:より詳しいことを知りたい方はこちら
  • Brukerの資料はこちら

Gakushi

投稿者の記事一覧

東京の大学で修士を修了後、インターンを挟み、スイスで博士課程の学生として働いていました。現在オーストリアでポスドクをしています。博士号は取れたものの、ハンドルネームは変えられないようなので、今後もGakushiで通します。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2022年9月号:π-アリルパラジウム・ポリエ…
  2. フェノールのC–O結合をぶった切る
  3. 熱がダメなら光当てれば?Lugdunomycinの全合成
  4. パラトーシスを誘導する新規化合物トリプチセンーペプチドハイブリッ…
  5. 水が決め手!構造が変わる超分子ケージ
  6. 市販の化合物からナノグラフェンライブラリを構築 〜新反応によりナ…
  7. 有機化合物で情報を記録する未来は来るか
  8. がんをスナイプするフェロセン誘導体

注目情報

ピックアップ記事

  1. ヘイオース・パリッシュ・エダー・ザウアー・ウィーチャート反応 Hajos-Parrish-Eder-Sauer-Wiechert Reaction
  2. 英文読解の負担を減らすマウスオーバー辞書
  3. アミン存在下にエステル交換を進行させる触媒
  4. 第99回―「配位子設計にもとづく研究・超分子化学」Paul Plieger教授
  5. 名城大教授ら会社設立 新素材販売
  6. アンソニー・アルジュンゴ Anthony J. Arduengo, III
  7. 不安定炭化水素化合物[5]ラジアレンの合成と性質
  8. 第二回ケムステVシンポジウム「光化学へようこそ!~ 分子と光が織りなす機能性材料の新展開 ~」を開催します!
  9. 第六回ケムステVシンポ「高機能性金属錯体が拓く触媒科学」
  10. マクミラン触媒 MacMillan’s Catalyst

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究…

ケムステイブニングミキサー 2025 報告

3月26日から29日の日本化学会第105春季年会に参加されたみなさま、おつかれさまでした!運営に…

【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新

■ウェビナー概要プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波…

予期せぬパラジウム移動を経る環化反応でベンゾヘテロールを作る

1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。 合…

【27卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

熱がダメなら光当てれば?Lugdunomycinの全合成

光化学を駆使した、天然物Lugdunomycinの全合成が報告された。紫外光照射による異性化でイソベ…

第59回有機反応若手の会

開催概要有機反応若手の会は、全国の有機化学を研究する大学院生を中心とした若手研究…

多環式分子を一挙に合成!新たなo-キノジメタン生成法の開発

第661回のスポットライトリサーチは、早稲田大学大学院先進理工学研究科(山口潤一郎研究室)博士課程1…

可視光でスイッチON!C(sp3)–Hにヨウ素をシャトル!

不活性なC(sp3)–H結合のヨウ素化反応が報告された。シャトル触媒と光励起Pdの概念を融合させ、ヨ…

化学研究者がAIを味方につける時代―専門性を武器にキャリアを広げる方法―

化学の専門性を活かしながら、これからの時代に求められるスキルを身につけたい——。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP