[スポンサーリンク]

一般的な話題

農薬DDTが大好きな蜂

[スポンサーリンク]

 

わたしはDDTが大好きです!

 

「タデ喰う虫も好きずき」の諺にもあるとおり、苦かろうと、渋かろうと、そして毒があろうと、それを好き好んで食べたり集めたりする生き物は存在します。例えば、フグの体内に含まれるテトロドトキシンは食料となる海底生物に由来していると考えられていますが、フグにはテトロドトキシン入りの餌を選り好みする性質なども確認されています[3]。

それでは、このような天然毒ではなく、人工の化学合成した分子だけを選り好んで集める生き物はいるのでしょうか。

ぶんブブン!

はいの返事がありました。実は、DDTが大好きな蜂が、世界には存在します。

 

クロロジフェニルトリクロロエタンdichlorodiphenyltrichloroethane)、略称DDTはよく知られた農薬のひとつ。昆虫に対してめっぽうよく効くことから、殺虫剤として広く使われました。

GREEN2013DDT33.PNG

 

 

世界で役立つDDTについて概要をおさらいしたところで本題。昆虫にとっては猛毒であるはずのDDTですが、平気などころか好き好んでそこらじゅうから集めまくる蜂が、ただひとつ知られています。こいつはとんでもない変わりものです。

GREEN2013DDT3.PNG

 DDTの構造

ブラジルハチが愛したディーディーティー

研究チームはマラリアの調査でブラジルの地に降り立ったところ、民家の壁で、不審な行動を取る男性、もとい雄バチを発見。直ちに警察へ通報しようとは思わず、近所の住人に尋ねてみたところ、

 あぁ最近DDT入りの殺虫剤をまいたからね。

 蚊とか他の虫がいなくなったのはいいけれども、

 あいつのせいで、ブンぶんブンぶん、

 昼間はうるさくてたまんねぇよ。

…とのこと(もちろん意訳)。よくよく聞き取りしてみると、現地ではわりと知られていた現象だったとか。

このDDT大好きバチの脚には、べったりとDDTの粉末がついていました。よくよく行動を観察してみると、このハチは「DDTがあると感知して引き寄せられる」・「DDTの粉がついた民家の壁からDDTを集める」・「普通のミツバチのように殺虫剤で苦しむ様子はとんと見られない」ことが分かりました。これは面白いかもしれないと、数匹を採取しておいて、3年後にネイチャーへ論文を出しましたとさ[1]。

GREEN2013DDT2

ブラジルハチDDT保持量[2] と ラット・カイコ・セイヨウミツバチ半数致死量の比較

 

残っていたサンプルで再定量した結果がこちらのグラフ。どうやら、セイヨウミツバチの半分が死ぬ濃度の9千倍でもまだ元気。効きが鈍いはずのラットでさえ半分が死んでしまう濃度でも物足りず、「もっとDDTをおくれよ」と、このブラジルハチは飛びまわっていたというのです。

このDDT大好きバチ。メタリックなフォルムを確認したい場合は、次のウェブページでどうぞ。

http://www.asknature.org/strategy/988a8af0914e131fae63ee7071485b55

 

物質と生命が相互作用して作られる世界

進化の奇蹟を前にして、やはり、DDTに魅了されるとは、想定外なことだったでしょう。DDTをブラジルハチが、餌の匂いと間違えているのか、性フェロモンと間違えているのか、真相はまだ解き明かされていないようです。

そもそも、生命のなせる複雑系に、明確な応答を引き起こす決め手の物質が登場したとき、そこにあるものは、受容体と鍵分子の単なる物理的な相互作用に過ぎません。受容体は、たいていの場合タンパク質でできており、その設計図は遺伝子としてDNAの化学構造に記されています。原子のレベルから見れば、それらが、どういう経緯で生まれたか、作られたかなんて、何の区別もない。ただ、たくさんの分子がパターンを作って、細胞のまわりで踊っているだけです。原子には髭もなければ帽子もないのですから。

 

参考論文

  1.  “Male Eufriesia purpurata, a DDT-collecting euglossine bee in Brazil.” Roberts DR et al. Nature 1982 DOI: 10.1038/297062a0
  2. “Revisiting the organohalogens associated with 1979-samples of Brazilian bees (Eufriesea purpurata).” Vetter W et al. Sci. Total Environ. 2007 DOI: 10.1016/j.scitotenv.2007.02.009
  3. “Tetrodotoxin as a pheromone.” Kendo Matsumura Nature 1995 DOI: 10.1038/378563b0
Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. アメリカ化学留学 ”立志編 ーアメリカに行く前に用意…
  2. ついったー化学部
  3. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part…
  4. 貴金属触媒の活性・硫黄耐性の大幅向上に成功
  5. 2016 SciFinder Future Leadersプログ…
  6. 第二回ケムステVシンポ「光化学へようこそ!」開催報告
  7. 化学結合の常識が変わる可能性!形成や切断よりも「回転」プロセスが…
  8. 合成手法に焦点を当てて全合成研究を見る「テトロドトキシン~その1…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 甲種危険物取扱者・合格体験記~Webmaster編
  2. 子ども向け化学啓発サイト「うちラボ」オープン!
  3. 【書籍】10分間ミステリー
  4. 有機合成化学協会誌2022年9月号:π-アリルパラジウム・ポリエンマクロラクタム・Sirtuin蛍光プローブ・安定ラジカルカチオン・金属-硫黄クラスター
  5. とある水銀化合物のはなし チメロサールとは
  6. ほぅ、そうか!ハッとするC(sp3)–Hホウ素化
  7. 富士フイルム和光純薬がケムステVプレミアレクチャーに協賛しました
  8. フェルナンド・アルベリシオ Fernando Albericio
  9. リック・ダンハイザー Rick L. Danheiser
  10. 顕微鏡で化学反応を見る!?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP