[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

合成手法に焦点を当てて全合成研究を見る「テトロドトキシン~その1~」

[スポンサーリンク]

ケムステでは数多くの全合成の論文について紹介してきました(リンクに関しては多すぎるので割愛致します)。
(形式)全合成の論文を読む際に、スキームや条件を眺めながら構築段階を追ったり、逆合成解析を見て骨格構築段階や特徴的な官能基がどの段階で導入されるか、どこの官能基がどこのセグメント由来なのかを確認される方は多いと思います。
レビューで全合成研究がまとめられているものはありますが、骨格構築方法や特徴的な官能基、部位の導入法などに焦点を当て、合成のストラテジーを比較をしているところが少ないなと思い、個人的な備忘録の意味も含め書き記すことと致しました(筆者もまだ勉強中の身ですので暖かく見守って頂けると幸いです)。
そこで新たに「合成手法に焦点を当てて全合成研究を見る」と題しまして骨格構築方法や特徴的な官能基、部位の導入法などを数々の有名な化合物、有名な全合成も含め歴史を学びつつ紹介していきたいと思います。形式全合成や合成研究で文献に漏れがある場合にはコメント欄からご指摘頂けますと幸いです。
Reviewのようなまとめ記事を作ることを目的としておりますゆえ、皆様と一緒に作り上げられたらと考えている所存です。

最初の化合物として選びましたのは、単離・構造決定・合成ともに日本人が大活躍してきたテトロドトキシンについてです。
なにを今更という紹介に思えるかもしれませんが、合成反応そのものよりも合成の流れに焦点を当てて反応・戦略をみていきたいと思いますのでおつきあい頂ければと思います。
単離・構造決定までの壮大かつ素晴らしいお話はここで書き記しますと書き切れなくなってしまいますので、割愛させて頂きます。
別サイトにそのお話について詳しく書かれていたのでそちらをご紹介させて頂きます(その1その2)。

構造および主な類縁体

その他多くの類縁構造体が単離されていますが、スペースの関係上ここでは省略致します。

骨格合成、官能基導入における注目点や問題点

  • グアニジノ基の導入のタイミング
  • 高度に酸化された縮環構造の構築方法

ストラテジーの比較

ストラテジーの比較をしやすくするために便宜上TTXの構造の環構造に名前をつけたいと思います。
構造式を再掲しますので下図をご覧ください。


全て炭素原子で構成される母環ともいえるシクロヘキサン環をA環(赤色)、グアニジノ基を含む環をB環(青色)、酸素官能基を含みA環と縮環した環をC環(黄緑色)とします。
これらの環の構築順序、構築に用いた鍵反応などを比較することでそれぞれの合成の特徴を捉えることができると思います。

1972年 岸らによる初の全合成[1]~[4]

まず全合成のストラテジーを比較するには最初の合成研究から学ぶ必要があります。
先生によるテトラドトキシンの初の全合成は大変有名であるため、皆さんも一度見たことがあるのではないでしょうか。
では再確認もかねて、岸先生の鍵工程・他の合成に関わる部分をご紹介します。
岸らは全合成を行うにあたり、まずA環部とC環部を最初に構築することとしました。

この際、C環部を炭素環の酸化後に開裂、巻き直したものと捉えています。
すなわち、Diels–Alder反応によって合成した核間位にオキシム基を有する化合物からBeckmann転位によって核間位にアミノ基有するキノンへと誘導し、この6員環をC環部と見なしているのです。
そのため、A環部のみに着目すると、C環等価構造とみなしたシクロヘキセン環を酸素官能基を導入された2つの側鎖と考えれば、A環部の高度に置換・酸化された構造を構築できそうに思えてきます。
このような古典的な手法とその後を見据えた合成経路の確立を最初に、しかも1970年代に行ったということに、非常に高い逆合成解析力を感じました。

次にC環構築部を見てみます。
そこから官能基変換を多数はさみ、次図左の化合物となります(ここからはどこがTTXのどこに対応しているかも一緒に見て頂くため、環の色と構造部分の色を対応させています)。

m-CPBAと酢酸系試薬を巧みに用いることで、C環の構築ならびにヒドロキシ基のアセチル保護まで行っています。
黄緑色の部分に着目し、左上まで辿ってみてください。最初にDiels–Alder反応によって構築したシクロヘキセン環がこのように活きています。
また、キノンが有するカルボニル基や二重結合を利用してエポキシ化した部分も、ヒドロキシ基としてしっかりと活用されています。

では最後のB環構築部を見てみましょう。数工程進んだ次のスキームをご覧ください。

 

アミノ基をグアニジノ基へと変換し、C環構築時にアセタール構造となった部分を脱水してできたエノール構造を元にジヒドロキシル化、つづく過ヨウ素酸分解を行いました。
これにより、B環構築に必要なヘミアミナール等価構造ができあがりました。
最後は不必要なエステル部を加水分解することで、ヘミアミナール構造へと一気に変換されTTXの全合成が達成されました。全32工程、総収率0.7%でした。
お気づきでしたでしょうか?このヘミアミナール構造へと誘導するのに必要であったアルデヒド基の炭素は元々Diels–Alder反応によって導入したブタジエンの炭素であり、その結合はDiels–Alder反応によって構築した結合なのです。
筆者が浅学であるからではないと信じたいのですが、こうしたことを見据えたこの全合成はもはや芸術の域に達していると感じました。

最後に岸らの合成の鍵工程をまとめます。

  • Diels–Alder反応(A環の擬似的官能基変換と、B環構築に必要な結合および炭素の導入、C環構築可能となる炭素鎖の導入)
  • Beckmann反応(B環構築に必要な核間位アミノ基の導入)
  • エポキシドの開環を伴うアセトキシ基の求核置換反応(C環の構築)
  • ジヒドロキシル化、過ヨウ素酸分解(B環の構築)

次の合成に、とうつりたいところですがこの時点でだいぶ分量が多くなってしまいましたので、続きは次回にしたいと思います。
次回は2例目の磯部先生らによる全合成以降を記す予定です。

 

訂正(2018.05.16)

テトロドトキシンの構造に一部誤りがあり、訂正させて頂きました。関連する研究を行う皆様、申し訳ございませんでした。
また、コメントにてご指摘頂いた方、ありがとうございました。

参考文献

  1. Y. Kishi, F. Nakatsubo, M. Aratani, T. Coto, S. Inoue, H. Kakoi, S. Sugiura, Tetrahedron Lett.1970, 11, 5127-5128.
    DOI: 10.1016/S0040-4039(00)96956-9
  2. Y. Kishi, F. Nakatsubo, M. Aratani, T. Goto, S. Inoue, H. Kakoi, Tetrahedron Lett.1970, 11, 5129-5132.
    DOI: 10.1016/S0040-4039(00)96957-0
  3. Y. Kishi, M. Aratani, T. Fukuyama, S. Inoue, H. Tanino, S. Sugiura, H. Kakoi, J. Am. Chem. Soc.197292, 9217-9219.
    DOI: 10.1021/ja00781a038
  4. Y. Kishi, J. Syn. Org. Chem. Jpn.197432, 855-860.
    DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.32.855

関連書籍

[amazonjs asin=”475981387X” locale=”JP” title=”天然有機化合物の全合成:独創的なものづくりの反応と戦略 (CSJカレントレビュー)”][amazonjs asin=”4759814183″ locale=”JP” title=”アルカロイドの科学 生物活性を生みだす物質の探索から創薬の実際まで (DOJIN ACADEMIC SERIES)”]

gladsaxe

投稿者の記事一覧

コアスタッフで有りながらケムステのファンの一人。薬理化合物の合成・天然物の全合成・反応開発・計算化学を扱っているしがない助教です。学生だったのがもう教員も数年目になってしまいました。時間は早い。。。

関連記事

  1. 高分子材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  2. 【太陽HD】新卒採用情報(20年卒)
  3. 第19回ケムステVシンポ「化学者だって起業するっつーの」を開催し…
  4. (-)-Cyanthiwigin Fの全合成
  5. Carl Boschの人生 その8
  6. 3回の分子内共役付加が導くブラシリカルジンの網羅的全合成
  7. ヒュッケル法(後編)~Excelでフラーレンの電子構造を予測して…
  8. 美しきガラス器具製作の世界

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「一家に1枚」ポスターの企画募集
  2. 有機化学美術館へようこそ ~分子の世界の造形とドラマ
  3. 誰も教えてくれなかった 実験ノートの書き方 (研究を成功させるための秘訣)
  4. 柔軟な小さな分子から巨大環状錯体を組み上げる ~人工タンパク質への第一歩~
  5. 海の生き物からの贈り物
  6. ランバーグ・バックランド転位 Ramberg-Backlund Rearrangement
  7. エリック・アレクサニアン Eric J. Alexanian
  8. 高橋 大介 Daisuke Takahashi
  9. 『Ph.D.』の起源をちょっと調べてみました② 化学(科学)編
  10. 天然階段状分子の人工合成に成功

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年5月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP