[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アルケンでCatellani反応: 長年解決されなかった副反応を制御した

[スポンサーリンク]

アルケンに対するCatellani反応が開発された。構造改変したノルボルネンを用いることで副反応のシクロプロパン化が抑制され、四置換オレフィンを効率的に合成することができる。

Catellani反応とシクロプロパン化

Catellani反応は、パラジウム触媒とNBE(ノルボルネン)を併用することでハロアレーンのオルト位とイプソ位を一挙に二官能基化できる優れた手法として知られる(図1A)[1]。この反応は、ハロアレーンのパラジウムへの酸化的付加、続くNBEとのカルボパラデーションを経てパラダサイクルAを形成することが鍵である。本反応を同様にC(sp2)–ハロゲン結合をもつハロアルケンに対して適用できれば、複雑な多置換アルケンが短工程で合成できる有用な手法となりうる。

しかし、ハロアルケンをCatellani反応に用いるとシクロプロパン化が進行し、目的の化合物が得られないことがわかっている(図1B)[2]。この問題はCatellani反応が最初に報告されてから20年以上解決されていない。アルケンは芳香族化合物に比べπ結合の反応性が高く、アルケニルノルボルニル中間体Bからの3-exo-trig環化反応が進行するためである。アルケニルCatellani反応の実現に際し、中間体B(もしくはC)からの3-exo-trig反応の抑制と、Bの望みのC–Hメタル化、及び中間体Cにおけるβ炭素脱離反応の促進が重要となる。
今回シカゴ大学のDong教授らは、長年の課題であったアルケニルCatellani反応を開発した(図1C)。構造改変した置換ノルボルネンによるシクロプロパン化の抑制や、2-ヒドロキシ5-トリフルオロメチルピリジン(5-CF3-Py-2-OH)助触媒の使用によるC–Hメタル化の促進が成功の鍵である[3][4]。容易に入手できるアルケニルトリフラートまたはブロモアルケンから位置選択的な多置換アルケンの合成が可能となった。

図1 A. 一般的なCatellani反応 B. アルケンに対するCatellani反応の適用(望まぬシクロプロパン化が進行する) C. 今回の反応

“Modular and regioselective synthesis of all-carbon tetrasubstituted olefins enabled by an alkenyl Catellani reaction”
Wang, J.; Dong, Z.; Yang, C.; Dong, G. Nat. Chem., 2019, 11, 1106–1112
DOI: 10.1038/s41557-019-0358-y

研究者:Guangbin Dong (董广彬)
研究者の経歴:
1999–2003 BSc, in Chemistry, Peking University, Beijing, China (Prof. Z. Yang)
2004–2009 Ph.D. in Chemistry, Stanford University, Stanford, California (Prof. B. M. Trost)

2009–2011 Camile and Henry Dreyfuns Postdoctral Fellow, California Institute of Technology (Prof. R. H. Grubbs)
2011–2016 Assistant Professor, CPRIT Scholar for Cancer Research, University of Texas at Austin
2016– Professor of Chemistry, The University of Chicago
研究内容:C–H/C–C結合活性化反応、金属触媒開発、 創薬化学、グラフェンナノリボンの合成

論文の概要

本手法ではPd(cod)Cl2/L1触媒に構造改変により独自に合成したNBE(N1)、さらに5-CF3-Py-2-OHを助触媒とし、炭酸セシウム存在下アルケニルトリフラート1とヨードアルカン2、オレフィン3を反応させることで四置換アルケン4が得られる(図2A)。5-CF3-Py-2-OHはパラダサイクル中間体のC–Hメタル化を促進していると考えられている。本反応の収率は、使用するNBE助触媒や配位子に非常に敏感である。例えば、N1のかわりにC2位がシアノ(N2)やエステル(N3)で置換されたNBEやC5位にアミドをもつNBE(N4)では4の収率が大幅に低下し、シクロプロパン化が併発した(詳細は論文参照)。また、配位子はビアリールジフェニルホスフィン(L1, L2)が本反応に有効であるのに対し、ジアルキルホスフィン(L3)や、2,6-ジメトキシビアリールジフェニルホスフィン(L4)では収率が大幅に低下する。本反応では、環状、非環状ハロアルケンに対し様々なハロアルカン2やオレフィン3を反応させることができる(4a–c)。さらに、ヨードアルカンの代わりにブロモアレーン2dや、オレフィン3の代わりにボロン酸3eを用いることも可能であり、それぞれ対応するカップリング体4d, 4eが得られる。
本反応を精査したところ、ビアリールジフェニルホスフィン配位子L1, L2を用いた際、これらの化合物由来のジベンゾホスホールオキシドが生成することがわかった(図2C)。この結果から、本反応の活性な配位子は、系中で生成するL5L6であると想定した。そこで、L2およびL6を用いた速度論実験を行った結果、L2を用いた場合にのみ反応誘導段階が観測され、両配位子をもちいた際の反応速度がほぼ同じであることが確認された。以上から、反応系中ではL5L6が活性な配位子として働いていると推察される。

図, 2. A. 最適条件 及びノルボルネンと配位子の検討 B.基質適用範囲 C. 反応機構解明実験

以上、初のハロアルケンに対するCatellani反応が開発された。単純なアルケニルトリフラートやハロアルケンを速やかに複雑化合物へ誘導できる手法であり、今後の応用や展開に期待できる。

参考文献

  1. Frignani, F.; Rangoni, A.; Catellani, M. A Complex Catalytic Cycle Leading to a Regioselective Synthesis of o,o‘-Disubstituted Vinylarenes. Angew. Chem., Int. Ed. 1997, 36, 119–122. DOI: 10.1002/anie.199701191
  2. (a) Chiusoli, G. P.; Catellani, M. Competitive Processes in Palladium-Catalyzed C–C Bond Formation. Organomet. Chem. 1982, 233, C21–C24. DOI:10.1016/S0022-328X(00)82713-8 (b) Khanna, A.; Premachandra, I. D. U. A.; Sung, P. D.;  Van Vranken, D. L. Palladium-Catalyzed Catellani Aminocyclopropanation Reactions with Vinyl Halides. Org. Lett. 2013, 15, 3158–3161. DOI: 10.1021/ol401383m
  3. YuやZhouらは以前に、種々のCatellani型反応において置換ノルボルネンによる促進効果を見いだしている。(a)Shen, P.-X.; Wang, X.-C.; Wang, P.; Zhu, R.-Y.; Yu, J.-Q. Ligand-Enabled Meta-C–H Alkylation and Arylation Using a Modified Norbornene. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 11574–11577. DOI: 10.1021/jacs.5b08914 (b) Wang, J.; Li. R.; Dong, Z.; Liu, P.; Dong, G. Complementary Site-Selectivity in Arene Functionalization Enabled by Overcoming the ortho Constraint in Palladium/Norbornene Catalysis. Nat. Chem. 2018, 10, 866−872. DOI: 10.1038/s41557-018-0074-z (c) Cheng, H.-G.; Wu, C.; Chen, H.; Chen, R.; Qian, G.; Geng, Z.; Wei, Q.; Xia, Y.; Zhang, J.; Zhang, Y.; Zhou, .Q. Epoxides as Alkylating Reagents for the Catellani Reaction. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 3444–3448. DOI: 10.1002/anie.201800573. (d) Chen, S.; Liu, Z.-S; Yang, T.; Hua, Y.; Zhou, Z.; Cheng, H.-G.; Zhou, Q. The Discovery of a Palladium(II)-Initiated Borono-Catellani Reaction. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 7161–7165. DOI: 10.1002/anie.201803865. (e) Qian, G.; Bai, M.; Gao, S.; Chen, H.; Zhou, S.; Cheng, H.-G.; Yan, W.; Zhou, Q. Modular One-Step Three-Component Synthesis of Tetrahydroisoquinolines Using a Catellani Strategy. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 10980–10984 DOI: 10.1002/anie.201806780. (f) Annamalai, P.; Hsiao, H.-C.; Raju, S.; Fu, Y.-H.; Chen, P.-L.; Horng, J.-C.; Liu, Y.-H.; Chuang, S.-C. Synthesis, Isolation, and Characterization of Mono- and Bis-norbornene-Annulated Biarylamines through Pseudo-Catellani Intermediates. Org. Lett. 2019, 21, 1182–1186. DOI: 10.1021/acs.orglett.9b00119
  4. Yuらは、2-ヒドロキシピリジン類がC–Hメタル化を促進する助触媒であることを見いだしている。(a)Wang, P.; Verma,P.; Xia, G.; Shi, J.; Qiao, J. X.; Tao, S.; Cheng, P. T. W.; Poss, M. A.; Farmer, M. E.; Yeung, K.-S.; Yu, J.-Q. Ligand-accelerated non-directed C−H functionalization of arenes. Nature2017, 551, 489–493. DOI: 1038/nature24632 (b) Wang, P.; Farmer, M. E.; Huo, X.; Jain, P.; Shen, P.-X.; Ishoey, M.; Bradner, J. E.; Winiewski, S. R.; Eastgate, M. D.; Yu, J.-Q. Ligand-Promoted Meta-C–H Arylation of Anilines, Phenols, and Heterocycles. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 9269–9276. DOI: 10.1021/jacs.6b04966 (c) Farmer, M. E.; Wang, P.; Shi, H.; Yu, J.-Q. Palladium-Catalyzed meta-C–H Functionalization of Masked Aromatic Aldehydes. ACS Catal. 2018, 8, 7362−7367. DOI: 10.1021/acscatal.8b01599

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 2つ輪っかで何作ろう?
  2. プロテオミクス現場の小話(1)前処理環境のご紹介
  3. 治療応用を目指した生体適合型金属触媒:① 細胞内基質を標的とする…
  4. 大学入試のあれこれ ①
  5. 化学物質恐怖症への処方箋
  6. 第九回ケムステVシンポジウム「サイコミ夏祭り」を開催します!
  7. MIを組織内で90日以内に浸透させる3ステップ
  8. 「つける」と「はがす」の新技術|分子接合と表面制御 R3

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第97回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part II
  2. 総合化学大手5社の前期、4社が経常減益
  3. 新たな特殊ペプチド合成を切り拓く「コドンボックスの人工分割」
  4. おまえら英語よりもタイピングやろうぜ ~中級編~
  5. 製薬業界の研究開発費、増加へ
  6. 簡単に扱えるボロン酸誘導体の開発 ~小さな構造変化が大きな違いを生んだ~
  7. 脱法ドラッグ、薬物3成分を初指定 東京都
  8. NHC (Bode触媒2) と酸共触媒を用いるα,β-不飽和アルデヒドとカルコンの[4+2]環化反応
  9. アゾベンゼンは光る!~新たな発光材料として期待~
  10. 軽くて強いだけじゃないナノマテリアル —セルロースナノファイバーの真価

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

カルロス・シャーガスのはなし ーシャーガス病の発見者ー

Tshozoです。今回の記事は8年前に書こうと思って知識も資料も足りずほったらかしておいたのです…

巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素層と酸素層の協奏効果―

第580回のスポットライトリサーチは京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 陰山研究室の難波…

2023年度第1回日本化学連合シンポジウム「ヒューメインな化学 ~感覚の世界に化学はどう挑むか~」

人間の幸福感は、五感に依るところが大きい。化学は文明的で健康的な社会を支える物質を継続的に産み出して…

超難溶性ポリマーを水溶化するナノカプセル

第579回のスポットライトリサーチは東京工業大学 化学生命科学研究所 吉沢・澤田研究室の青山 慎治(…

目指せ抗がん剤!光と転位でインドールの(逆)プレニル化

可視光レドックス触媒を用いた、インドール誘導体のジアステレオ選択的な脱芳香族的C3位プレニル化および…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP