[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

カブトガニの血液が人類を救う

[スポンサーリンク]

カブトガニといえば我が国では天然記念物になる場所もあるほどなのであまり生活の中で馴染みがありませんが、実は医療の現場には身近な存在であることはあまり知られていないのかもしれません。定期的にネットで話題にのぼるのでご存知の方も多いかと思いますが、前々から気になっていたのでカブトガニの化学について少し調べてみましたので紹介します。

 

カブトガニの血液で検索すると結構グロい画像がわんさか出てきます(本当に閲覧注意です)。まず、彼らの血液は青いんですね。とは言っても我々哺乳類の血液とリンパ液に相当する体液なので血リンパと呼ばれるものなのですが、ここでは便宜上血液とします。哺乳類では赤血球内のヘモグロビンの鉄一原子が一分子の酸素を運びますが、カブトガニのような生物の血液中のヘモシアニンは二原子の銅で一分子の酸素を運びます。この酸素が結合したヘモシアニンが青い血の正体です。シアンは関係ありません。ついでにいえばカブトガニはビジュアル的に裏返すとかなりエグいので、どう見てもエイリアンですありがとうございました。

hemocyaninヘモシアニンの立体構造[1]

 

さて本題のカブトガニと医療の関係ですが、この血液が関係していますが、残念ながらヘモシアニンは主役ではありません。1956年にBangはカブトガニの血液成分が生菌、死菌を問わずある種のグラム陽性細菌と反応してゲル化することを発見しました。[2] Bangらはその後もこの現象を追い続け、1964年には細菌のエンドトキシンがカブトガニの血液を凝固させる成分であることを突き止めます。[3]エンドトキシンとはある種の微生物の細胞壁の成分(リポ多糖)で、直接微生物から分泌される毒素ではないのですが、この成分に免疫系が反応して重篤な症状を起こすことがあるため、毒(トキシン)とされています。

kabuto_LPS

緑膿菌のリポ多糖の構造 文献[4]より引用

よって医療現場では患者に投与する輸液や注射液など様々なものがこのエンドトキシンフリーであることが求められます。その昔エンドトキシンの検出にはウサギを使っていました。ウサギにエンドトキシンを接種すると、発熱するという現象を利用していました(エンドトキシンは別名発熱成分、pyrogenとも呼ばれます)。しかし、これでは時間もコストもかかってしまいます。そこでカブトガニの血液の出番なわけです。

 

まずアメリカ産カブトガニ(Limulus polyphemus)の血球(アメーバ細胞)抽出液(Limulus amebocyte lysate, LAL)を試薬として用意します。これらの試験法を学名からリムルス試験もしくはLAL試験と呼びます。このLAL試薬を対象となるサンプルに加えた際、サンプル中にエンドトキシンが含まれているとゲル化が進行しますのでエンドトキシンの有無を定性的に知ることができます。また、そのゲル化の度合いによってサンプルが濁りますので濁度を機械で測定すればエンドトキシンの含有量を定量できます。

kabuto_1

現在は自動化されています(和光純薬HPより)

ではどのような原理に基づくのでしょうか?そこには血液の凝固をコントロールするタンパク質(プロテアーゼ)の巧みなカスケードシステムが利用されています。

kabuto_2

カスケード(和光純薬HPより)

エンドトキシンをトリガーとして段階的に反応が進み、最終的には凝固酵素(clotting enzyme)の前駆体を活性化します。この凝固酵素がコアギュローゲンというタンパク質の一部を切断し、コアギュリンへ変換します。このコアギュリンは他のコアギュリン分子とどんどん会合していき不溶性となるのです。[5]

kabuto_3

図は文献[5]より引用

LAL試験の鋭敏性はエンドトキシンとFactor Cとの結合が強いことが鍵であると考えられており、その解離定数は2.7×10-8 Mと見積もられています。このことから反応は極めて鋭敏で、0.1 pg/mlから100 ng/mlの広い範囲でエンドトキシンを測定できる優れた手法です。

kabuto_coagulogen日本カブトガニのコアギュローゲンの立体構造[6]

 

また、日本のカブトガニにおける関連するタンパク質の解析が報告されており、タンパク質の結晶構造も明らかとなっています。[6] ここで コアギュローゲンの切断位置も判明しており、その部位をミミックした人工ペプチドを設計することで、LAL試験を濁度ではなく可視光の吸光度で測定できる手法も開発されています。また、上述の原理の図中に記した通り、このカスケードにはβ1,3グルカンも反応してしまいますが、最初からβ1,3グルカンであるカードランを過剰に加えておくなどの工夫によってエンドトキシン選択的な検出を可能とする試薬も開発されています。

 

こういった有用な試薬を生産するために、アメリカカブトガニは年間60万匹も捕獲され、工場で献血させられています。血液は1 L当たり150万円ほどで取引され、年間60億円規模の市場と言われています。心臓から30%ほどの血液が採取されたカブトガニたちはは自然に返されるのですが、一説では10-30%ほどは死んでしまうとか・・・

我が国のカブトガニ(Tachypleus tridentatus)は繁殖地が天然記念物にもなってしまうくらい貴重ですが、かの国では砕いて農業用飼料にされてしまうくらいの水揚げがあるようなので、そうなるよりはマシなのかもしれません。

 

ゴールデンウィークに岡山を訪れる予定の方は笠岡市立カブトガニ博物館を訪れるのはいかがでしょうか。

 

参考サイト

  • 生化学工業(株): HP
  • 和光純薬工業(株): HP

 

参考文献

  1. Hazes, B.; Magnus, K. A.; Bonaventura, C.; Bonaventura, J.; Dauter, Z.; Kalk, K. H.; Hol, W. G. Protein Sci. 2, 597 (1993). DOI: 10.1002/pro.5560020411
  2. Bang, F. B. Bull. Johns Hopkins Hosp. 98, 325 (1956).
  3. Levin, J.; Bang, F. B. Bull. Johns Hopkins Hosp. 115, 265 (1964).
  4. Barkleit, A.; Moll, H.; Bernhard, G. Dalton Trans. 2879 (2008). DOI: 10.1039/B715669C
  5. Kawasaki, H.; Nose, T.; Muta, T.; Iwanaga, S.; Shimohigashi, Y.; Kawabata, S. J. Biol. Chem. 275, 35297 (2000). DOI: 10.1074/jbc.M006856200
  6. Bergner, A.; Oganessyan, V.; Muta, T.; Iwanaga, S.; Typke, D.; Huber, R.; Bode, W. EMBO J. 15, 6789 (1996).

 

関連書籍

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 「機能性3Dソフトマテリアルの創出」ーライプニッツ研究所・Möl…
  2. ジアステレオ逆さだぜ…立体を作り分けるIr触媒C–Hアリル化!
  3. 【ナード研究所】新卒採用情報(2024年卒)
  4. アミン存在下にエステル交換を進行させる触媒
  5. こんなのアリ!?ギ酸でヒドロカルボキシル化
  6. 【読者特典】第92回日本化学会付設展示会を楽しもう!PartII…
  7. 位置選択的C-H酸化による1,3-ジオールの合成
  8. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑧

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ケミストリー通り
  2. Nature Chemistry:Research Highlight
  3. これで日本も産油国!?
  4. YMC「水素吸蔵合金キャニスター」:水素を安全・効率的に所有!
  5. 癸巳の年、世紀の大発見
  6. 簡単に扱えるボロン酸誘導体の開発 ~小さな構造変化が大きな違いを生んだ~
  7. 第8回平田メモリアルレクチャー
  8. 酵母菌に小さなソーラーパネル
  9. 重水は甘い!?
  10. ルステム・イズマジロフ Rustem F. Ismagilov

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年4月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP