[スポンサーリンク]

一般的な話題

炭素繊維は鉄とアルミに勝るか? 番外編 ~NEDOの成果について~

[スポンサーリンク]

Tshozoです。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)、産総研と企業連合から、タイトルに関する新技術の報告がありました。参考文献というか、プレスリリースはこちら。(「省エネで生産性の高い革新的炭素繊維製造プロセスを開発」)

これまでの記事(1, 2)で紹介しましたように、炭素繊維には軽量化という大きなAdvantageに対し、コスト、寸法ズレ、リサイクル性といったDisadvantageがあることは述べてきました。低環境負荷の循環型社会実現が必須であるこんにち、炭素繊維が鉄やアルミ等にとって代わるには、少なくとも大きな循環(製造→使用→リサイクル)を鉄やアルミと同レベルの低コストで回す必要があるのも述べたとおりです。

今回、その循環のうち「製造」部分で、類稀な大躍進がありました。今回はこれまでの番外編ということでポイントを絞ってご紹介しましょう。

【活動の背景】

今回のプロジェクトはNEDOが率いた国家プロジェクトであり、東京大学殿、産総研殿、東レ殿、帝人殿、東邦テナックス殿、三菱レイヨン殿と、炭素繊維の大艦隊とも言うべき力の入れよう。NEDOの実質上位部隊=経産省としても日本製造業の虎の子である炭素繊維、前回述べたように低コスト品の一部が中韓の廉価品に切り崩されつつあるのに危惧を覚え、次なる競争力の強化として既に平成21年あたりからチームごとの検討は開始していたもよう。今回はその想いに応えた大きな成果だと言えます。

こういう大艦隊を作るとだいたい知財権とかハンドル(=カネ+人事)の取り合いとかで醜い結末を迎えるケースが多いのですが、今回はきっとバランスを取れる優秀な方がリーダに居られたのでしょう、非常に喜ばしい結果だと思います。では、その詳細さっそく行きましょう。

「キーその1」:加熱方法

炭素繊維のこれまでの作り方は下記のとおり。2段階で昇温して、原料の引き揃えたポリアクリロニトリル(PAN)を蒸し焼き(耐炎化→炭化)にして出来上がり、です。

carbonf_06_02

前回の記事より引用

しかしこの方法は「連続イカ焼き機」のようなもので、ずーっと炉全体を含めて加熱してるため炭素繊維を熱するのに炭素繊維「以外」にも熱が逃げる、という遠回りな加熱方法です。立上げ・立ち下げとかすげぇ時間がかかるでしょうから、24hrぶん回さないと安定的に製造できないんじゃないでしょうか。ただ、雰囲気もうまくコントロールして少しずつ酸化していく必要があって微調整や管理が大変、それゆえに大量のノウハウが存在することになり、逆に競争力がついていたという非常に矛盾した構成でした。小咄程度に聞いた話ではその加熱炉も特定のメーカしか作製できなかったようですね。

今回は、そうした加熱方法に代えてなんと飛び道具「電子レンジ」が出てきました。特定の波長を持った電磁波を高出力で照射し、急激に昇温させることで均一かつ高速の耐炎化・炭化を狙ったものでしょう。その製造速度、従来比10倍!とんでもないレベルの成果ですね。

図 マイクロ波による炭素化基盤技術

今回の成果の加熱部分要旨 プレスリリース中央部より引用(こちら
2段階の加熱→1段階のマイクロ波「加熱」に変更

しかし、炭素繊維の場合は耐炎化・炭化の進行に伴い吸収波長が刻一刻と変わっていくため、それを均一に加熱するというのもかなり難易度が高い気がします。まぁ単純に複数の周波数のマイクロ波を重畳させればすんなりいくのかもしれませんが・・・ともかく、多数の繊維(24K=24000本のラージトウまでは実証済)を同時に製造でき、かつ消費するエネルギーの大幅削減も実証出来ているため、非常に画期的でかつ応用性が既に拓けているという、今後が楽しみになる内容であります。

なお、この「マイクロ波で炭素繊維を製造する」、というアイデア自体はそんなに古いものではありません。発案自体は米国の方が先のもよう?で、同類技術が(たしか)2008年前半に既に提案されていました。

carbon2_02

オークリッジ国立研究所(ORNL)によるマイクロ波炭化処理の様子
加熱ではなくマイクロ波による酸素プラズマを使って酸化している こちらの資料より引用

しかし、米国のケースは実は2個の大きなステップがあり、均一かつ完全な炭化という大きな課題と、もう1つの課題(最後にも詳細を述べますが)があまりにもデカすぎたのかどうも難儀してしまっているようで、2013年時点ではコレと言った成果も出てはいないようです。

それに対して日本の場合は下記のように原材料から見直し、「電子レンジでチン」のコンセプトに合致する前駆体を編み出したことが今回の大きなポイントになったようです。ということでキーポイントその2へまいりましょう。

「キーその2」:原料・・・PAN→特殊PAN・特殊ポリマーへ

今回の発表された技術の中では、原料も変更しています。PAN一筋であった各社がここに手を加えたということは、大きなことであると思います。たとえばラーメン二郎のブタ肉がヒツジ肉に変わったくらいのインパクトです。

まず、従来の炭素繊維の原料は、引き揃えたポリアクリロニトリル(PAN)であることは言うまでもありません。これに対し今回のプロジェクトにおいては、「耐炎化構造を如何に材料中に組み込むか」というコンセプトを以て原料を設計したような印象を受けます。

どういうことかと言うと、PANは、炭化すると下記のようなステップで参加され、最終的にはグラフェンによく似た分子構造になります。これを見るとPANはあくまで通過点で、部分酸化PANさえ手に入ればはっきり言って原料はPANでなくてもいいわけです。

carbonf_08

大雑把に、部分酸化≒耐炎化のことで、グラファイト化≒炭化のこと、です

この耐炎化が加熱炉でどれだけ難しいかは上に述べたとおりですが、これはある意味「耐炎化・炭化」という合成工程が最適化されていない、ということと同値です。そこで、先に材料内に耐炎化構造を導入すればこのプロセスを短縮し最適化できるのではないか、という発案に至ったと推測されます。

具体的に言うと、今回は2種類のポリマーを開発したようです。PANベースポリマーと、芳香族ベースポリマー。

まず前者(PANベース)ですが「ラダーポリマー」である以外、提出された特許を読んでも構造推定が難しく、どういう構造なのか特定しかねており、どうもこちらの方が重要度が高そうな印象を受けます。特に小径の炭素繊維を作る場合にはこのポリマーを使用しているとプレスリリースに記載がありました。

なおラダーポリマーとはその名の通り梯子(ladder)状の構造を持った高分子の総称で、上の図で見た耐炎化途中のPANもそれに近い構造を持っています。基本的に平面構造をとりやすく、でグラフェン構造に繋がりやすいことから、この構造を取り込んだのでしょう。一般的にはラダーポリマーは剛直性が高く溶解性が悪いケースが多いのですが、プレスリリースには「さらに側鎖も加えて(側鎖が存在して?)溶解性を向上」と書いてますから、どんだけ工夫したんだ、という気になります。

carbon2_03

代表的なラダーポリマーの構造 こちらより引用
carbon2_04

特許から推定されるアミン(NHx)変性+ニトロ(NOx)酸化ラダーPANのイメージ
あくまでもイメージです・・・ こちらから引用

一方、特殊ポリマーも基本構造に芳香族を含み、かなりリジッドな分子構造を持つもよう。こちらは大径の炭素繊維の製造に向いているとのことで、基本となる分子構造は一応発表されており、ポリナフチレンとポリアミドを混ぜたような、ガチガチの特殊ポリマーでした。こちらは確かに上記の部分酸化PANと形状が似通っており、このまま加熱すれば最終炭化物に到達しそうな印象を受けます。

carbon2_01

某展示会で発表されていた(らしい)特殊ポリマーの単位構造
ヒアリングをもとに筆者が作成したため正確性に欠ける

しかしこの分子構造、硬くて硬くて、しかも分子量が増えていくとベンゼン環がパッキングして溶解性がクソ落ちる悪夢が・・・この溶解性悪化という懸念を一体どうやって排除したのでしょうか。もっとも、中央のビナフチル構造のせいでパッキングが起きにくいうえ、ポリアミド(イミド)系の構造が含まれているのでDMFとかNMPとかには溶けそうという印象を受けますが。ポリマーの溶解性と闘いながら分子設計されたのではないでしょうか。

弱点としてはそのビナフチル構造故にポリマー自体がバルキーになるため、平面性を形成しにくいというところが予想されますが、おそらく紡糸技術でカバーし得ることなのでしょう。

これらの2点のキー技術を中心に大小様々の工夫を加え、今回の大成果につながったのだと思われます。関係諸氏へ心から「おめでとうございます!」の言葉をお送りしたいところですね。

【おわりに】

上に挙げた米国プロジェクトですが、こちらはマイクロ波処理に加えてもう一つヒネリを加えており、上記のような特殊ポリマーではなくなんとポリエチレンまたはリグニンを原料にするという、とんでもないステップアップを狙ったものでした。一応その後追跡してウォッチしていたのですが、やっぱりあんまりうまくいってない模様。もちろんこの米国プロジェクトの狙い通り、原材料までグリーンかつ再生材に出来ていければいいのでしょうが、原理的になんとも難しい印象を受けます。特に「分子をそろえて炭化、しかも品質と高強度を実現」というのはやはり何らかの分子設計上の拘束力を要求するため、もう一工夫必要になるのではないかと。クリアするための案は何点かありましょうが、産業化出来るかどうかとはまた別問題でしょう。

これに比べ今回達成した成果の印象は、「炭素繊維の製造プロセスは、全体設計としてどうなければならないか」ということを強く意識されて作られた感があります。「現状の延長として、どこかの要素に問題がある」という還元主義的ではなく、全体的なモノの捉え方が出来る方が然るべき地位から方針を指摘できないと、こうした大きな成果は産まれない気がします。こういう「創発」的な考えに基づいたプロジェクトの方がアタリのスケールがでかくなりやすい気がするのですが、いかがでしょうか。

さて、炭素繊維の「製造」は今回の成果によりかなり理想に近づきつつある気がします。今後は、使用とリサイクルの部分でもより安くラクに成形/修理でき、循環型に近く環境負荷が少ない、それこそ埋立処理になるコンポジットとかをゼロに出来るような革新工法の提案と実現を期待しましょう。

それでは今回はこんなところで。

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 官能基選択的な 5 員環ブロック連結反応を利用したステモアミド系…
  2. 触媒的炭素–水素結合活性化による含七員環ナノカーボンの合成 〜容…
  3. 結晶スポンジ法から始まったミヤコシンの立体化学問題は意外な結末
  4. 2つの触媒反応を”孤立空間”で連続的に行う
  5. 核酸合成試薬(ホスホロアミダイト法)
  6. 励起パラジウム触媒でケトンを還元!ケチルラジカルの新たな発生法と…
  7. リアル『ドライ・ライト』? ナノチューブを用いた新しい蓄熱分子の…
  8. 化学系面白サイトでちょっと一息つきましょう

注目情報

ピックアップ記事

  1. “逆転の発想”で世界最高のプロトン伝導度を示す新物質を発見
  2. 室温以上で金属化する高伝導オリゴマー型有機伝導体を開発 ―電子機能性を制御する新コンセプトによる有機電子デバイス開発の技術革新に期待―
  3. 水分子が見えた! ー原子間力顕微鏡を用いた水分子ネットワークの観察ー
  4. 公募開始!2020 CAS Future Leaders プログラム(2020年1月26日締切)
  5. 位置選択性の制御が可能なスチレンのヒドロアリール化
  6. ブルック転位 Brook Rearrangement
  7. 紙製TLC!? 話題のクロマトシートを試してみた
  8. 一般人と化学者で意味が通じなくなる言葉
  9. ブロモジメチルスルホニウムブロミド:Bromodimethylsulfonium Bromide
  10. 試験管内選択法(SELEX法) / Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年4月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応

四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

小松 徹 Tohru Komatsu

小松 徹(こまつ とおる、19xx年xx月xx日-)は、日本の化学者である。東京大学大学院薬学系研究…

化学CMアップデート

いろいろ忙しくてケムステからほぼ一年離れておりましたが、少しだけ復活しました。その復活第一弾は化学企…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP