[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アイルランドに行ってきた①

[スポンサーリンク]

 先日ダブリンで開催された国際学会、15th Europian Sympsium on Organic Chemistry (ESOC2007)に行って来ました。

ヨーロッパ圏の広い意味での有機合成化学に関する発表が主体でした。とはいえ、レベルは全体的にそれほど高くない、というのが率直な感想。日本の有機合成シンポや○○討論会などの方が、だいぶハイレベルなのではないでしょうか。ひょっとしたらそういった発表は、同時期にドイツで開催されていた巨大学会・Tetrahedron Symposiumなどのほうに回ってしまったのかもしれません。

とはいえ、やはり骨のある研究発表も見られるあたり、さすが国際学会といったところ。今回はそんな最先端研究のいくつかをご紹介しましょう。 (有機合成以外を専門とする方にはつまらないかもしれませんが、ご容赦を。)

 

 Clickケミストリーを活用したグリコペプチド誘導体の合成

rutjes.gif

Prof. Floris Rutjes (Rodboud University Nijmgen)による発表です。彼は過去にK.C.Nicolaou教授のところでポスドクとしてBrevetoxin Bの仕事に従事しています。

Huisgen[3+2]環化で得られる置換トリアゾールが、ペプチドのバイオイソスター(生物学的等配性)化合物として機能しうる事実に着目した研究です。アノマー位の加水分解に対しては、トリアゾールグリコシドのほうが安定なことが特徴とか。効率的な[3+2]環化条件の開発に始まり、様々な構造を持つグリコペプチド合成について主に話していました。いくつかの化合物については生物活性評価も行っているようです。

 

Pectenotoxinの合成研究および有機分子触媒によるアルデヒドのα-官能基化

pectenotoxin.gif

Prof. Petri Pihko (Helsinki University)による発表です。まだ35,6の若手研究者で、やはりNicolaou教授のところでポスドクを経験し、Azaspiracidの合成に従事しています。

Pectenotoxin類の不安定スピロケタール構造をどう作るか[1]についての話が前半部で、後半はエナミン-イミニウム触媒によるアルデヒドのα-メチレン化[2]・エポキシ化反応を主に話していました。機構解析や基質の選び方などなかなかよく考えられていて、質の高い仕事になっていると思いました。エポキシ化は嵩高い一級アミンが良い触媒として働くとのことで、二級アミン触媒全盛のさなかにあって目新しさがありました。

pihko.gif

[1]? Pihko, P.M.; Aho, J. E. Org. Lett. 20046, 3849. DOI:10.1021/ol048321t
[2] Erkkila, A.; Pihko, P. M. J. Org. Chem. 200671, 2538. DOI:10.1021/jo052529q

分子手術法による水素含有フラーレンの合成

 molecularsurgery.jpg


小松紘一・京大名誉教授による発表です。

前半はフラーレンを用いた固相合成[3a]について、後半は分子手術法[3b]の歴史とその後の展開を話されていました。有機合成的手法によってフラーレンに穴をあけ、分子を詰め、また閉じるという分子手術法(Molecular Surgery)は、偶然に頼った既存の内包フラーレン合成法に比べて何倍もの効率・純度で望みの内包フラーレンを得ることができます。

非内包型フラーレンとの分離が大変難しそうだと感じたのですが、実際には循環型HPLCを用いてやはり気長に分けてるみたいです。最近はより内孔径の大きいC70などもターゲットに研究されており、酸素などを詰めることが出来れば磁性体フラーレンへの展開も考えられる、ともおっしゃっていました。いずれも地道な長年の基礎研究のもとに実現した、大変独創性の高い研究だと思えました。

[3a] Wang, G.-W.; Komatsu, K.; Murata, Y.; Shiro, M. Nature 1997387, 583.
[3b] Komatsu, K.; Murata, M.; Murata, Y. Science 2005307, 238.

次回に続きます。

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベン…
  2. Akzonobelとはどんな会社? 
  3. 【協業ご検討中の方向け】マイクロ波化学とのコラボレーションの実際…
  4. ノーベル化学賞解説 on Twitter
  5. 透明なカニ・透明な紙:バイオナノファイバーの世界
  6. SciFinder Future Leaders 2017: プ…
  7. 酸化グラフェンの光による酸素除去メカニズムを解明 ―答えに辿り着…
  8. 有機合成化学協会誌2020年6月号:Chaxine 類・前周期遷…

注目情報

ピックアップ記事

  1. トリニトロトルエン / Trinitrotoluene (TNT)
  2. ウィリアム・ロウシュ William R. Roush
  3. 日本化学会と日本化学工業協会に新会長就任
  4. シュタウディンガー反応 Staudinger Reaction
  5. ゴードン会議に参加して:ボストン周辺滞在記 Part II
  6. 個性あるTOC その②
  7. 【9月開催】第1回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機チタン、ジルコニウムが使用されている世界は?-オルガチックスの用途例紹介-
  8. セミナー/講義資料で最先端化学を学ぼう!【有機合成系・2016版】
  9. 「アバスチン」臨床試験中間解析を公表 中外製薬
  10. シェールガスにかかわる化学物質について

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2007年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP