[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」④(解答編)

 

このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。

第4回は宮下・谷野らによるNorzoanthamineの全合成を取り上げました(問題はこちら)。今回はその解答編になります。

Total Synthesis of Norzanthamine
Miyashita, M.; Sasaki, M.; Hattori, I.; Sakai, M.; Tanino, K. Science 2004, 305, 495. DOI:10.1126/science.1098851

 

解答例

何はともあれ、望む反応および副反応のメカニズムを理解せずには手がつきません。

ここで進行させたい反応は、見ての通りケトンをアルキンに変換する反応です。無水トリフルオロスルホン酸(Tf2O)でケトンを処理してエノールトリフラートに変換した後、塩基(DBU)によるβ脱離を行うことで、望みの化合物が得られるという寸法です。

next_move_4a_1

しかし実際には望むアルキンBに加え、副反応由来のCが生じてきます。よくよくCを眺めると反応点の炭素原子の酸化度が変わっていることが分かります。実はこの副反応、分子内近傍に水素原子、またそれがエーテルのα位に位置しているために起こる、求電子性カルボニル基へのヒドリド転位が起点となっています。Tf2Oと反応するところまではABと同じ経路を共有しているのですが、その後が違っています。つまり、ヒドリド転位によってカルボニル基が還元されたあと、続く塩基処理によって分子内環化が起こることで、副生成物Cが生じているのです。

next_move_4a_2

さて以上の理解をもとに、どうやればCの生成を抑えられるか?と考えてみると、「分岐起点となるヒドリド転位を起きづらくしてやればいいのでは?」という発想に至ることができます。ABの経路には、ヒドリド転位の過程が存在しないためです。

問題文では「基質の重水素化によって解決した」とあることから、速度論的同位体効果(Kinetic Isotope Effect, KIE)を活用していると推測できます。KIEとはおおまかには「反応に関わる原子をより質量数の大きな同位体へと置換してやれば、反応速度が低下する」という現象です。これを念頭におくことで、転位してほしくない水素原子を重水素原子で置き換えれば、ヒドリド転位が抑制されるだろう、という発想が出てきます。

以上の考察から、下のようなA-d2こそが望む重水素化体であると考えることができます。

next_move_4a_3

予想外のトラブルへの対処から場当たり的に考えだされたはずのA-d2ですが、見かけ上はそれをかけらも感じさせない巧妙な経路で作られており、驚く他ありません。

まず、基本的な合成経路を全く変更することなく、重水素源として入手可能な試薬(Ph3PCD3Br)を使って作られています。これにより価格を抑えられることはもちろん、大きなルート変更を回避することで長年の蓄積がある知見をそのまま用いることができ、基礎研究に費やした時間を無駄にすることがなくなります。

また、最終的に重水素が全てが除去されて、標的に重水素を残さない経路設計になっている点も着目すべきでしょう。これは重水素化標的となっている炭素が、最終的にカルボン酸まで酸化される宿命にあるという本質に着目した一手となっています。

next_move_4a_4

合成経路を大局的に俯瞰できる眼があってこそ、今回のような「極限からの一手」の選択が可能となるのです。匠の発想がキラリと光る、優れた解決法だと思います。

本合成は過去にケムステでも詳細を解説しておりますので、そちらも併せてご覧頂ければと思います。

 

関連書籍

 

The following two tabs change content below.
cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. GRE Chemistry 受験報告 –試験当日·結果発表編–
  2. セルロース由来バイオ燃料にイオン液体が救世主!?
  3. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり④:「ブギーボ…
  4. 地方の光る化学商社~長瀬産業殿~
  5. 【書籍】理系のための口頭発表術
  6. 貴金属に取って代わる半導体触媒
  7. アルキルアミンをボロン酸エステルに変換する
  8. 最近の金事情

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. “マイクロプラスチック”が海をただよう その1
  2. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(4)
  3. 大気中のメタン量、横ばいに/温暖化防止に朗報か
  4. ウィルゲロット反応 Willgerodt Reaction
  5. 進撃のタイプウェル
  6. アルミニウム-ポルフィリン錯体を用いる重合の分子量制御
  7. 第32回 液晶材料の新たな側面を開拓する― Duncan Bruce教授
  8. トビアス・リッター Tobias Ritter
  9. 日本企業クモ糸の量産技術確立:強さと柔らかさあわせもつ究極の素材
  10. 日本にノーベル賞が来る理由

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

アルキルアミンをボロン酸エステルに変換する

不活性C(sp3)–N結合をボリル化する初めての反応が開発された。入手容易なアルキルアミンから様々な…

生物の仕組みに倣う:背景と光に応じて色が変わる顔料の開発

第165回目のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科 ・坂井美紀(さかい みき)さんに…

イミデートラジカルを用いた多置換アミノアルコール合成

イミデートラジカルを用い、一挙に多置換アミノアルコールを合成する方法が開発された。穏和な条件かつ位置…

ジェフリー·ロング Jeffrey R. Long

ジェフリー·ロング(Jeffrey R. Long, 1969年xx月xx日-)は、アメリカの無機材…

【なんと簡単な!】 カーボンナノリングを用いた多孔性ナノシートのボトムアップ合成

第 164 回目のスポットライトリサーチは東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻の森泰造 (…

「進化分子工学によってウイルス起源を再現する」ETH Zurichより

今回は2018年度のノーベル化学賞の対象となった進化分子工学の最前線でRNA・タンパク質工学を組み合…

PAGE TOP