[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

NHCが触媒する不斉ヒドロフッ素化

[スポンサーリンク]

キラルなNヘテロ環状カルベン(NHC)を触媒として用いたα,β不飽和アルデヒドに対する不斉ヒドロフッ素化反応が開発された。隣接する二つの不斉中心をもつフッ素化合物を一段階で合成できる。

不斉ヒドロフッ素化とNHC触媒

含フッ素化合物は高い代謝安定性や膜透過性を示すことが多いことから医農薬開発において積極的に導入される重要な化合物群であり、効率的なフッ素原子導入法の開発が世界中で精力的に行われている。

その中でも膨大な化学フィードストックであるオレフィンを出発原料とした直接的な不斉ヒドロフッ素化反応の有用性は高い。しかし、アルケンのヒドロフッ素化によって隣接する二つの不斉中心を構築することは化学/位置/立体選択性の制御を要するため挑戦的であり、報告例は少ない。

MacMillanらは、二つのキラルアミン触媒を使うことでα,β-不飽和アルデヒドに対する形式的なHF付加反応を高いエナンチオ/ジアステレオ選択性で達成している(Figure 1A)[1]。キラルアミン触媒から生成するイミニウムとエナミンが連続的な触媒サイクルを形成することで立体選択的にα,β位の二官能基化を実現できる。

一方でScheidtらは、N–ヘテロ環状カルベン(NHC)を有機触媒として用いて、ホモエノラート等価体を中間体として経由する、エナールのβ-不斉水素化を報告している(Figure 1B)[2]。また、Sun、Wangらは、脂肪族アルデヒドとNHC触媒から生成するアシルアゾリウム中間体と求電子的フッ素化剤を反応させることで、α-不斉フッ素化を達成している(Figure 1C)[3]

今回、北京大学深セン校のHuang教授らは、エナールとキラルNHC触媒1から生じるホモエノラート中間体のβ-水素化、続くアシルアゾリウム中間体からのα-フッ素化を連続的に行うことで、一段階での不斉ヒドロフッ素化を達成した(Figure 1D)。特筆すべきことに、β,β-二置換エナールを用いた際、高エナンチオかつジアステレオ選択的に反応が進行する。

Figure 1. 不斉ヒドロフッ素化とNHC触媒

Enantio- and Diastereoselective Hydrofluorination of Enals by N-Heterocyclic Carbene Catalysis”

Wang, L.; Jiang, X.; Chen, J.; Huang, Y. Angew. Chem., Int. Ed.2019, 58, 7410.

DOI: 10.1002/anie.201902989

論文著者の紹介

研究者:Yong Huang

研究者の経歴:
1993–1997 B.S.,Peking University, Department of Chemistry (Xiulin Ye)
1997–2002 M.S., Ph.D.,The University of Chicago (Viresh H. Rawal)
2002–2004 Postdoctoral Scholar, California Institute of Technology (David W. C. MacMillan)
2004–2009 Merck & Co., Senior Research Scientist
2009–presentPrinciple Investigator, Peking University, Shenzhen Graduate School

研究内容: 遷移金属及び有機触媒を用いた新規反応開発

論文の概要

著者らの作業仮説は以下の通りである(Figure 2A)。キラルNHC触媒とエナールから生じるホモエノラート等価体Iβ位でプロトン化が立体選択的に進行し、アシルアゾリウムIIとなる。続いて塩基性条件下、IIから生じたエノラートIIIの求電子的フッ素化が進行することでアシルアゾリウムIVとなる。最後にアルコールによってIVがエステル化され目的のα-フルオロエステルが得られる。

この作業仮説のもと、Huangらは各種エナールに対し非極性溶媒中、キラルNHC触媒4とSelectfluor®と二級アルコールを、プロトン移動化剤としてカルボン酸(塩)存在下反応させることで、望みの不斉ヒドロフッ素化が進行することを見出した(Figure 2B)。最適条件はβ-一置換エナール及びβ,β-二置換エナールで異なるが、例えばβ,β-二置換エナールに対する反応では、プロトン移動化剤としてキヌクリジンと1-AdCO2H/TFAを添加することで効率的に反応が進行している。β-一置換エナールの反応の詳細は論文を参照してほしい。

本反応では、副反応として①触媒サイクル中間体Iβ位フッ素化や、②IおよびIIのエステル化の競合が懸念される。①に関してはSelectfluor®の非極性溶媒に対する難溶性に着目し、非極性溶媒とSelectfluor®を併用することで解決した。②に関しては、嵩高い二級アルコールを用いることで抑制できた。プロトン移動化剤は、はじめのβ位の立体選択的プロトン化を促進する効果があると言及されている[4]

本反応は広範なβ,β-二置換エナールに適用できる(Figure 2C)。β-アリール上の置換基には単純なアルキル基(4a)、ハロゲンやトリフルオロメチル基などの電子求引基(4b, 4e)を用いることができる。さらに、β位がヘテロアリール(4c, 4d)で置換されていても問題なく反応は進行する。また、エキソサイクリックオレフィンをもつ基質へも適用でき(4e)、さらに、高反応性のハロゲン化アルキルを含むエナールを用いても良好な収率で目的物が得られる(4f)。

Figure2. (A)推定反応機構、(B)最適反応条件、(C)基質適用範囲

 

以上、NHCを触媒として用いたエナールの不斉ヒドロフッ素化が開発された。基質一般性が高く、温和な条件で反応が進行するため、合成終盤での応用が期待できる。

参考文献

  1. Huang, Y.; Walji, A. M.; Larsen, C. H.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 15051. DOI: 10.1021/ja055545d
  2. Wang, M. H.; Cohen, D. T.; Schwamb, C. B.; Mishra, R. K.; Scheidt, K. A. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 5891. DOI: 10.1021/jacs.5b02887
  3. (a)Dong, X.; Yang, W.; Hu, W.; Sun, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 660. DOI: 10.1002/anie.201409961 (b) Li, F.; Wu, Z.; Wang, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 656. DOI: 10.1002/anie.201409473
  4. (a) Chen, J.; Yuan, P.; Wang, L.; Huang, Y. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 7045. DOI: 10.1021/jacs.7b02889(b) Rauniyar, V.; Lackner, A. D.; Hamilton, G. L.; Toste, F. D. Science 2011, 334, 1681.DOI: 10.1126/science.1213918

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 二酸化炭素をほとんど排出せず、天然ガスから有用化学品を直接合成
  2. “アルデヒドを移し替える”新しいオレフィ…
  3. 配位子を着せ替え!?クロースカップリング反応
  4. 日本のお家芸、糖転移酵素を触媒とするための簡便糖ドナー合成法
  5. 第28回Vシンポ「電子顕微鏡で分子を見る!」を開催します!
  6. PEG化合物を簡単に精製したい?それなら塩化マグネシウム!
  7. Reaction Plus:生成物と反応物から反応経路がわかる
  8. 近況報告PartI

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 書物から学ぶ有機化学 2
  2. 100兆分の1秒の極短パルスレーザー光で「化学結合誕生の瞬間」を捉える
  3. C–H活性化反応ーChemical Times特集より
  4. 第166回―「2次元量子材料の開発」Loh Kian Ping教授
  5. ADC薬 応用編:捨てられたきた天然物は宝の山?・タンパクも有機化学の領域に!
  6. 大学発ベンチャー「アンジェスMG」イオン液体使った核酸医薬臨床試験開始
  7. “アルデヒドを移し替える”新しいオレフィン合成法
  8. 特許取得のための手続き
  9. 出光・昭和シェル、統合を発表
  10. 3色に変化する熱活性化遅延蛍光材料の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP