[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

全合成研究は創薬化学のトレーニングになり得るか?

[スポンサーリンク]

 

天然物の全合成は現代でも創薬化学 (メディシナルケミストリー) のための良いトレーニングとなる、と述べる Viewpoint 論文が ACS Medicinal Chemistry Letters 誌で2024年1月に公開され、2024年6月現在の Most Read Article として取り上げられています。

Total Synthesis as Training for Medicinal Chemistry
Lewis D. Pennington
ACS Med. Chem. Lett. 2024, 15, 2, 156–158, DOI: 10.1021/acsmedchemlett.3c00556

著者の Lewis D. Pennington は現在 Mystic River Medicinal Chemistry, LLC という合同会社でコンサルタントを務め、米国での特許18件、WO特許出願37件を擁し、2品目の新薬を世に送り出した創薬化学者とのこと。2003年から2015年まで Amgen に勤務していたようです (Linkedinのプロフィールより)。

全合成と創薬化学

全合成とは言わずもがな、有用天然物の合成経路を設計し、最適なルートで、可能な限り収率良く目的物を得ることを目指す、有機合成化学の花形研究です。全合成のプロセスでは、有機合成のトレーニングだけでなく、構造決定の学習や時には生理活性の検討も含めたさまざまな知見を得ることができ、さらには新しい化学反応の開発にも繋がります。

一方、現代のメディシナルケミストリーでは、挑戦的な治療標的や、各パラメータの迅速な最適化、機能横断的 (cross-functional) な性質の追求など、合成だけに留まらない分野横断的な知識が必要になってきています。また、核酸やペプチド、抗体–薬物複合体 (ADC) など、新規モダリティをの開発にもメディシナルケミストリーは関わってきますが、その一方、ケミカルバイオロジーや計算化学の訓練の方が製薬業界において全合成よりも有益であるとの指摘も出てきているとのことです。現代では AI 創薬 (外部リンク) が一大潮流を築こうとしていますが、全合成は果たして現代の創薬化学に繋がる有益な学問であり続けているのでしょうか?

本論文での著者の答えは「YES」であり、メディシナルケミストにとっての訓練としての全合成の価値について、これからも継続的に増大していくだろうと論じています。

現代の創薬化学、とりわけ低分子創薬では、構造の新規性と分子の複雑さが増しており、天然物を基盤とした医薬品も依然として低分子〜中分子薬のテンプレートであり続けています。また、Fsp3というパラメータに代表されるように、天然物に類似した平面性が低くフレキシビリティの高い分子が創薬において成功確率の高い分子となり得ることが提唱されるなど、全合成から学べることは非常に多くあります。

全合成と創薬化学の対応性

元論文の Figure 1には、全合成と低分子創薬化学のサイクルを対応させた図が示されています (下図)。

全合成および創薬化学のサイクルの対比

元論文 Figure 1より転載

全合成も創薬化学も、主に低分子に焦点を当て、デザインと合成のサイクルを回し目的となる分子に到達させます。全合成は入手容易な出発物質から始まり、一連の合成ステップを経て目的の天然物を得ます。一方、創薬化学はスクリーニングなどにより見出されたヒット化合物から始まり、誘導体の設計と合成を経て臨床候補化合物を得るのが目的となります。両者とも、目的化合物を得るための分子設計、合成ルートの構築、中間体またはアナログの分析や時には生理活性試験を行う点で、研究サイクルに共通項が見出せます。また近年では、AI や機械学習、ハイスループット試験などの技術も活用することが創薬化学のみならず全合成においても増加していると著者は述べています。

全合成と創薬のプロセスの対比

著者は全合成と創薬の各プロセスにおける対比表を提唱しています。個人的には対比となるのか?という部分もありますが、全合成のプロセスで培われるさまざまなスキルは創薬化学者として着任した時に対比させて考えることができる、と著者は主張しています。以下に、元論文の表の邦訳版を掲載します。

Table,  Analogous Conceptual Frameworks of Total Synthesis and Medicinal Chemistry

全合成 創薬化学
天然物 臨床候補化合物
化学反応 構造展開
反応と合成のデザイン 薬物・プローブのデザイン
逆合成解析 De novo デザイン
多段階合成 Multi-parameter optimization (多要素を指向した最適化)
構造活性相関 構造活性相関
収束的合成 Divergent synthesis (発散的合成)
最長直線工程 誘導体デザインサイクルの数
収率 活性向上
アトムエコノミー リガンド効率
総収率 安全性と有効性
化学反応性 代謝安定性
遷移状態 結合様式
多段階合成 (カスケード反応) Activity cliffs (活性の崖)*
立体選択性 Eudysmic ratio (エナンチオマー間の活性比)
位置および化学選択性 代謝ソフトスポット (薬物代謝を受けやすい部位)

全合成から創薬に移る際には代謝やリガンド効率、安全性のバリデーションなど基本的な事項を学び直す必要があるかとは思いますが、上記のような対比を意識していれば理解しやすくなるかもしれません。

*Activity cliffs (活性の崖)…SAR空間における不連続な領域であり、活性化合物の小さな構造変化が大きな活性向上をもたらす現象。2012年に J. Bajorath により提唱された。まるで崖のように化合物の活性が向上することから、その名前が付けられた。(https://www.titech.ac.jp/news/2020/047838 より引用)

結語

この 30 年で創薬化学の様相には多くの変化がありましたが、全合成は、今日でも学術界で最も適したトレーニングのひとつであり続けていると著者は主張しています。全合成では、多様な化学反応を幅広く経験し、複雑な分子を効率的に合成する手法を学ぶことができます。全合成で培ったスキルは創薬化学にも容易に適用でき、オリゴ核酸、オリゴペプチド、オリゴ糖、ADCなど、低分子以外のモダリティの追求も応用できます。最後に、全合成および創薬化学のプロセスは、どちらも Dead End や回り道を多く経験することとなり、最終的な成功のために戦略的な計画、適応力、粘り強さなどが要求される点でも似通っていると著者は締めています。

一方、創薬化学では全合成に比べて使用される反応に偏りがあることも事実です (参考記事: 創薬開発で使用される偏った有機反応)。転位やメタセシスなどの出番は創薬化学ではあまりなく、縮合やカップリングが多くを占めるのが特徴なのに留意する必要はあるでしょう。
それでも、全合成というアカデミア以外ではなかなか学ぶことのできないスキルを活用し、製薬・創薬の現場の門を叩くことは、逆の方法はできない有用なキャリアパスであると考えられます。スキルアップのための全合成研究、そして、有用な天然物を自分の手で合成するという全合成そのものの面白みは、これからも化学者を魅了してやまないものと信じます。

関連リンク

なんとオープンアクセス!Modern Natural Product Synthesis (ケムステ内記事)
30年後の天然物合成研究 (山口潤一郎 研究室)
全合成はオワコン?全合成のこれまでと未来 (ネットdeカガク)

関連書籍

Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. 究極のエネルギーキャリアきたる?!
  2. ネオ元素周期表
  3. 岸義人先生来学
  4. 科学はわくわくさせてくれるものーロレアル-ユネスコ賞2015 P…
  5. センチメートルサイズで均一の有機分子薄膜をつくる!”…
  6. なぜあの研究室の成果は一流誌ばかりに掲載されるのか【考察】
  7. 化学の力で複雑なタンパク質メチル化反応を制御する
  8. 化学研究ライフハック: Evernoteで論文PDFを一元管理!…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 酵素の動作原理を手本として細孔形状が自在に変形する多孔質結晶の開発
  2. 第165回―「光電変換へ応用可能な金属錯体の開発」Ed Constable教授
  3. Discorhabdin B, H, K, およびaleutianamineの不斉全合成
  4. 5年で57億円かかるエルゼビアの論文閲覧システムの契約交渉で大学側が値下げを要求
  5. 多環式骨格を華麗に構築!(–)-Zygadenineの不斉全合成
  6. 観客が分泌する化学物質を測定することで映画のレーティングが可能になるかもしれない
  7. 第68回「表面・界面の科学からバイオセラミックスの未来に輝きを」多賀谷 基博 准教授
  8. 危ない試薬・面倒な試薬の便利な代替品
  9. ニトログリセリン / nitroglycerin
  10. 芳香族トリフラートからアリールラジカルを生成する

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

「MI×データ科学」コース 〜LLM・自動実験・計算・画像とベイズ最適化ハンズオン〜

1 開講期間2026年5月26日(火)、29日(金) 計2日間2 コースのねらい、特色近…

材料の数理モデリング – マルチスケール材料シミュレーション –

材料の数理モデリング概要材料科学分野におけるシミュレーションを「マルチスケール」で理解するた…

第59回天然物化学談話会@宮崎(7/8~10)

ごあいさつ天然物化学談話会は、全国の天然物化学および有機合成化学を研究する大学生…

トッド・ハイスター Todd K. Hyster

トッド・カート・ハイスター(Todd Kurt Hyster、1985年10月10日–)はアメリカ出…

“最難関アリル化”を劇的に加速する固定化触媒の開発

第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で…

「ニューモダリティと有機合成化学」 第5回公開講演会

従来の低分子、抗体だけでなく、核酸、ペプチド、あるいはその複合体(例えばADC(抗体薬物複合体))、…

溶融する半導体配位高分子の開発に成功!~MOFの成形加工性の向上に期待~

第702回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理学部(田中研究室)にて助教をされていた秋吉亮平 …

ミン・ユー・ガイ Ming-Yu Ngai

魏明宇(Ming-Yu Ngai、1981年X月XX日–)は米国の有機化学者である。米国パデュー大学…

第55回複素環化学討論会

複素環化学討論会は、「複素環の合成、反応、構造および物性」をテーマとして、化学・薬学・農芸化学など幅…

逐次的脱芳香族化と光環化付加で挑む!Annotinolide B初の全合成

Annotinolide Bの初の全合成が報告された。キノリンの逐次的な脱芳香族化と分子内光環化付加…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP