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スポットライトリサーチ

対称性に着目したモデルに基づいてナノ物質の周期律を発見

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第237回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 山元・今岡研究室の塚本 孝政(つかもと たかまさ)先生にお願いしました。

山元・今岡研究室では、金属イオンを規則正しく錯形成させることができる独自の高分子技術を基盤として、金属元素の精密制御から様々な機能材料を精力的に創製されています。

今回紹介いただける内容は、なんと周期表の拡張といったコンセプトの、何とも心躍る内容です。周期表と聞けば、原子の種類で並べられた図を誰も想像することでしょう。周期表は単一の原子の性質を予測する点で非常に役に立ちますが、実際は身の回りの物質や分子は複数の原子から構成されるため、原子が複数集まった時の性質を予測できるようになると、より実践的な周期表の構築に大きく踏み出すことができそうな気がします。今回の成果は、原子が複数集合したときに定義される、クラスターの対称性に注目して性質を予測するモデルを発表されています。このような新しいコンセプトの提案をしている素晴らしい成果で、Nature Communications誌に公開されています。東京工業大学からプレスリリースもされており、複数のメディアに取り上げられています。また、Academist journalに寄稿されていますので是非ご覧になってみてください。

“Periodicity of molecular clusters based on symmetry-adapted orbital model”
Takamasa Tsukamoto, Naoki Haruta, Tetsuya Kambe, Akiyoshi Kuzume & Kimihisa Yamamoto ,
Nature Communications, 10, 3717 (2019). DOI: 10.1038/s41467-019-11649-0

それでは、塚本先生からの熱意あふれるメッセージをご覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?

これまで、原子の性質は元素周期表に従って予測・発見されてきましたが、この考え方を物質に適応することはできていませんでした。物質は複数の原子からできているためより複雑で、大きさ・組成・形などの原子にはない様々な要素を持っているためです。今回、新たに分子が持つ対称性(分子の形)に着目して、分子の持つ性質を予測する理論モデル「対称適合軌道モデル」を開発しました。このモデルは、特に少数の原子が集まったナノ物質に対して有効に働き、正四面体型・正八面体型・正二十面体型など様々な形のナノ物質に適応できます。また、このモデルに従うことで、ナノ物質を元素周期表と同じような表の形に並べられることを発見しました。この「ナノ物質の周期表」は、元素周期表にもある「族」「周期」の軸に加えて、「類」「種」という新しい軸を設けた多次元の表になっています(図1)。この表には、既知の化学物質や天然物なども含まれていて、無機化学・有機化学・有機金属化学・クラスター科学などの様々な分野で検討されてきた物質が統合・分類されています。今後はこの「ナノ物質の周期表」を指針にすることで、より効率的な新物質や機能材料の探索ができるようになるのではないかと期待しています[1]。

Tsukamoto_Fig1

図1:ナノ物質の周期表の一例。「周期」「族」はナノ物質の電子配置を識別し、「類」は構成原子数、「種」は構成元素種を識別する。ナノ物質の幾何学的対称性ごとに異なる表が書ける。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

実はこの研究は最初からテーマがあったわけではなく、個人の勉強がてら面白半分に始めたことでした。もっと言うと、私は実験を主とする研究が専門で、理論分野の研究者ではありませんでした。実験の合間の時間を有効活用しようと思い、勉強のために計算機化学(分子の構造や安定性などのコンピューターシミュレーションを行う)を始めたのがきっかけです。色々な分子の計算シミュレーションをして、その計算結果のログを眺めるという作業をひたすらやっていました。工夫したところは、闇雲に分子を設計するのではなく、同じ対称性を持つ分子に絞って、少しずつ条件を変えながらシミュレーションをしたところです。

この研究は、日常的に次々と思いがけない発見が続くような、まさにセレンディピティの連続でした。今まで踏み込んだことのなかった分野の、今まで見つかっていなかった法則を解いていく感覚はとても新鮮で、興奮でまともに眠れなくなった時期もあります。通常、研究が進展しない時はどうしても悩んだり重く考えたりすることが多いのですが、この研究は本業ではなかったということもあり、失敗も含めて純粋に楽しんで取り組むことができました。こういった経験は、研究生活を送る中でもなかなかできない貴重なものだったと思っています。

論文投稿はダブルブラインド・ピアレビュー形式(査読者に著者の名前が開示されない査読形式)を利用して、真っ向勝負で挑みました。実験研究者が書いた理論分野の論文を、先入観なく評価してもらうためです。査読の結果は良好で、論文が受理された後、逆に査読者の方々が名前を開示してくれました。自身のオリジナルの研究が、その分野の著名な先生方のお墨付きをもらえたことは、かなりの自信に繋がりました。論文化するまでの間には色々と苦難もありましたが、諦めずにやり通して良かったと感じられたことは、とても良い経験になりました。

 

さらに、この研究の途中で奇妙な特徴を持つナノ物質がいくつか見つかり、これを突き詰めていったことで、従来化学の枠組みを超える全く新しいナノ物質「超縮退物質」の世界で初めての発見にも繋がりました[2]。この物質は、驚くほど美しい法則・性質を持っていて、今回の研究と同じくらい思い入れが強いのですが、話が逸れてしまうのでまた別の機会に書きたいと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

やはり専門分野ではないところです。実はかなり初期の頃にすでに周期表の形は見えてきていたのですが、専門知識が足りずその先に進めずにいました。そこで、ちょうど隣の席に座っていた理論化学を専門とする同僚(春田直毅先生。現在は京都大学)に話を持ちかけたことで、事態を進展させることができました。専門の人に聞くというのはやはり良い方法で、そこからは毎日助言をもらいながらひたすら研究を続けました。大学内のカフェテリアで8時間ディスカッションをしたこともあります。

シミュレーション結果の解析には、実験研究者ならではの視点や観察力がとても役に立ちました。数多くのシミュレーション結果や数字の羅列の中から、共通点や傾向・法則を見出したり、それに当てはまる分子と当てはまらない分子を素早く見抜いたりできたことは、研究のスピードを速めることに繋がりました。普段何気なく実験で使っているメソッドを、理論研究でも同じように活用できるところは、実験研究者の強みなのではないかと考えています。

後は、本来の私の実験研究が時間的・肉体的にハードなものだったので、本業(実際にナノ物質を作るための技術開発[3])を形にしつつ、並行して研究を行うことがなかなか大変でした。なので、実験中にこの理論研究のことを考えたり、実験の合間にすかさず計算シミュレーションを行なったりして、使える時間を全て活用するようにしました。計算に関しては、実験系の研究者である都合上、大学のスーパーコンピュータは使えなかったため、自身の小さなノートPCで膨大な計算をしていました。負荷のかけ過ぎでバッテリーがぱんぱんに膨らんでしまい、キーボードがナナメになってしまいました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

もともと私は、「研究が好きなので研究者になりたい」というよりは「好きなことを研究したいので研究者になりたい」という思いが強く、それは今でも変わっていません。しかし、残念ながら今のアカデミアの世界(少なくとも化学分野では)で、特に後者を実現することはとても難しいと思っていました。「自分がやりたい研究」を実施できる段階にたどり着くまで、ずっと下積みを続けているような感覚です。今回の研究を通して、新しく「自分がやりたい研究」を自ら作り出せたことで、選択肢や視野を大きく広げることができました。新しい分野に踏み込んだり、異分野の研究者と協力したりする、今まで考えていたのとは全く別の方向からでも目標にアプローチできるということを経験できました。これからは「ナノ物質の周期表」や「超縮退物質」を、自身のオリジナル研究の一つとして推進していきたいと考えています。

誰も見たことのない未知の物質・現象を実際に手に取って見ることができる、というのが実験研究の良いところだと思うので、今後も実験研究者という立ち位置を起点に活動していくつもりです。ただ、自身の強みとして、(もちろん勉強が必要ですが)実験以外に理論もできる研究者になるというのが新しい目標になりました。将来的に、一度は学域を横断するような研究をやってみたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

「新しく何かを発見・達成したときの興奮や感動が研究の醍醐味」とよく言われますが、これを一回経験して初めてこの言葉に対して実感が湧き、本当の意味で研究の楽しさを知ることができるのだと感じています。しかし、場合によってはこれを最初に経験できるまでとても長い時間がかかるので、諦めずに粘り強く研究を続けることがとても重要だと思います。周りの人たちと頻繁にディスカッションをすることが、長く研究を続けていく上で大きな助けになります。自分の研究を別の視点・角度から見ることができるので、そこで得られたヒントをどんどん取り込んでいくことが、研究を進展させる一番の近道だと思っています。

最後に、本研究を共同で遂行していただきました、現 京都大学福井謙一記念研究センターの春田直毅先生にこの場を借りて感謝申し上げます。

関連リンク

参考文献:

  1. Tsukamoto, T.; Haruta, N.; Kambe, T.; Kuzume, A.; Yamamoto, K. Nature Commun. 2019, 10, 3727. DOI: 10.1038/s41467-019-11649-0
  2. Haruta, N.; Tsukamoto, T.; Kuzume, A.; Kambe, T.; Yamamoto, K. Nature Commun. 2018, 9, 3758. DOI: 10.1038/s41467-018-06244-8
  3. Tsukamoto, T.; Kambe, T.; Nakao, A.; Imaoka, T.; Yamamoto, K. Nature Commun. 2018, 9, 3873. DOI: 10.1038/s41467-018-06422-8

研究者の略歴

Tsukamoto_prof.png塚本 孝政 (つかもと たかまさ)

所属:東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

専門:光化学・錯体化学・有機-無機ハイブリッド材料・ナノシート・クラスター化学・量子化学

略歴:
2019/04 – 現在 東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所 助教
2018/02 – 2019/03 東京工業大学科学技術創成研究院ハイブリッドマテリアル研究ユニット 特任助教
2016/04 – 2018/01 東京工業大学科学技術創成研究院ハイブリッドマテリアル研究ユニット 研究員
2015/04 – 2016/03 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士研究員
2015/04 – 2016/03 日本学術振興会 特別研究員PD
2014/04 – 2014/07 University of Miami, Department of Chemistry 訪問研究員
2014/04 – 2015/03 日本学術振興会 特別研究員DC2
2013/04 – 2015/03 首都大学東京大学院都市環境科学研究科分子応用化学域 博士課程(短縮)

個人サイト(https://sites.google.com/site/ttsukamoto00/profile

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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