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エッセイ「産業ポリマーと藝術ポリマーのあいだ」について

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Tshozoです。先日Angewandte Chemie International Editionに載ってたエッセイが興味深かったのでご紹介します。根深い問題の気がしますし今も昔も研究開発についてまわるハナシですので一読の価値有りと思います。

“New Polymers: Beautiful Structures, But How Can We Bring Them to the Market?” Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 2810–2811, Brigitte Voit

DOI: 10.1002/anie.201700811

要旨はタイトルのとおりで、「アカデミアで提案される新しいポリマー、キレイなもん多いけど市販化できんの?」ということに対してLeibniz-Institut fuer PolymerforschungのScientific DirectorであるVoit博士がコメントしたものです。基本的には『死の谷』論争ですね。議論自体は別に新しいことではなく昔から言われていたことではあるのですが、ラボ分野から放逐されてほぼ工場側へ行った人間からすると確かに谷、というか埋めがたい意識の差を実感します。そういう差をどう埋めていくべきかについて現実を見据えて書かれてましたんで、筆者の実感と併せて要約してみることにしました。お付き合いください。

本件要旨

基本的には去年の8月にNature誌上に書かれたエッセイ”The plastics revolution: how chemists are pushing polymers to new limits”(こちら)に対するコメントから始まるという体のもので、このエッセイに賛同しつつツッコミ的な要素を加えた中身と言えます。そのVoit博士のエッセイの要旨を5段オチでまとめると、以下のようになると思います。

1.「まず、Polymers と Plastics は 認識が異なり、”Plastics”は上市に成功した、応用性のある材料のことを言う」

2.「ただ現状を見るに、Precision Polymer–精密合成ポリマー–が”Plastics”になった例はわずかで、ほとんどが研究フェーズに留まっている」

3.「”Plastics”化、つまり産業化にはもうひと手間、「低コスト化」と「機能の削ぎ落とし」が必要になるわけだが・・・今は産業的・商売的なうま味が無いと認識されてるため、主たる化学会社では今はもうほとんど実施されていない」

4.「つまり構造が複雑でかつナノレベルで機能が作り込まれる『藝術的な』精密合成ポリマーを産業に適用する『翻訳作業』が必要と認識されつつも、研究分野から見れば地味さが拭えず、なかなかその空隙が埋まっていない」

5.「構造の実現や機能の理解は重要だしアカデミアを卑下するわけではないが、さすがにもう少し実用化を念頭に入れてマーケットインできるように研究活動すべきだし、産業界と学術界との関係性もそうあるべきと思う」

てな感じかと。丸めすぎかもしれませんが、概ね要旨としてはあってる(と信じます)。筆者がムチャクチャ言ってたらご指摘ください。

根深い産業化とラボとの「死の谷」

最近話題のImPACTの例の資料から引用 リンクこちら

筆者の拙い経験から考えると、今回のACIEにおけるエッセイはPolymersだけでなく色々な問題にあてはまります。概念論ばっかり言ってもつまらんので具体例を挙げましょうか。どれもこれも、筆者が経験したり聞いたりした事項に基づく話です。

Case1. 「で、値段は?」
A『この材料使えたらすっげえ性能上がるんだけど』
B『で、それいくら?』
A『キロ単価で***円』
B『は?!』
A『***円』
B『全部それにしたら粗算で***×***円・・・そんなの儲け出るわけねぇのに何考えてんだ?!』  ~Fin.~

Case2. 「安定して作れるの?」
C『これ、ちょっと不安定だけどすごく面白い材料で。製品に使ったら面白いと思わないですか?』
D『まぁ確かに・・・で、どのくらいの温度なら何日もつの?』
C『**℃で##日』
D『は?! そんな不安定なもんもってくんな! 保管とか管理するのに幾らかかると思ってんだ!』  ~Fin.~

Case3. 「早く出来るの?」

E『これ、少し時間はかかるんですけど性能むっちゃいいんですよ』
F『ふーん。で、硬化にどのくらいかかるの』
E『固めるまでに**分』
F『馬鹿野郎、そんなにかかってたらいくら時間があっても足りねえわ!!』 ~Fin.~

Case4. 「やっと出来たのに」
G『やっと出来たんですから、これ工場で生産してくださいよ』
H『あ、それ、別のメーカさんがもっと安く持ってくることになったから』 ~Fin.~

・・・Case.4は少し毛色が違いますが、こういうリスクに晒されながら研究部隊の方々は材料開発を行わなければならないわけです。もちろん上記の会話は簡略化したものですし、このように工場側(生産側)による門前払いだけでなく、場合が異なればかなり踏み込んで協力してくれることもあり毎回こうではないということだけは付記しておきます。

ということでエッセイに沿ってこの問題を見直すと、単純に美しい、面白い、性能が良いだけではアカンのがPlasticsだとすると、Polymersとの間には大きな谷があることは想像できましょう。今まで見てきて市販化されているものには共通項があり、基本的には下記4点、

①安い ②早い ③うまい(機能が) ④頑健

の谷を越えられるか。これにつきます。当たり前と言えば当たり前ですがこれらを満たしてないと量産に向かない(注:分野・場合に依ります)。そんなむちゃくちゃな、と言われるかもしれませんが各社で商売としてはこのムチャクチャをバランスよく商売の箱に詰めて回しているのです。特に見逃されやすいのが④について。これは誰がどんな状況でどう作っても同じものが出来るという「味の素」的な要素といえます。

んで、振り返るに現在アカデミアで合成されている精密ポリマー・精密合成法はこうした特徴(特長)を備えているか。本エッセイによると応用された例は数少なく、光学・自己修復等数多くの活躍の分野があるにも関わらずそのギャップが埋まって無いということは、実は細かい機能の創製や論文以外のところに「大事な産業化の種」が眠ってるわけではないのか、というのがVoit博士の問題提起であると言えそうです。

しかし言うは易しで生半可なことではない。たとえばダイヤも原石が見つかってもデザイン、カッティング、研磨、販売ルート、店づくり・雰囲気作りが成立しないと消費者に買ってもらえないのですが、同様に今アカデミアにある原石をいったい誰がどうやって自分の銭を払ってリスクを冒して事業化するのか。企業側でやるにしても投資した銭を回収出来ないと首が飛ぶ(可能性が高い)昨今では腰を据えてそうした体制づくりを行うのは非常に難しく、だからこそ「死の谷」であるのかもしれません。

なお唯一の解決策は「時間が解決する」なのですが、そのためには節操無く止めたり始めたりしても全く意味が無いのはご周知のとおり。結局「我慢して継続」することにしか道はない気がします。非論理的に聞こえるかもしれませんが、まぁ論理的ならある程度出来てしまいますからね。

死の谷を乗り越えた先には

ちなみに死の谷を乗り越え、上記の4条件を満たした先には一体何があるのか。その結果、「他では誰も作れない材料を、量産できるシステムが完成する」ことになる場合が多いです。特にノウハウの蓄積と材料パイプラインの特殊性によりそれを成し遂げる場合。以前挙げたクレハ殿のポリグリコール酸、これはDupontが諦めたくらいの難易度の材料だったのですが死の谷と長期間の根競べを乗り越え、足掛け30年以上の研究開発により実現したものです。30年も目のでない(と思われた)研究開発を継続することは経営的には常軌を逸しているとも考えられかねないのですが、その結果得られたPGAは高強度ながら高い生分解性を持つという特殊性を活かし、商品名「クレダックス」として、このポリマーのみしか活躍出来ない領域を拡大していっています。

inno_09.png中でのn>>m  以前の記事より引用(こちら
もともとは「高分子」2013年12月号からの引用(こちら

またそういった死線を潜り抜けた品を数多く取り扱っているのがクラレ殿。同社はEVOH, PVOHという二大商品を抱えつつ、さらに高強度ポリアミド樹脂”ジェネスタ”の合成に成功するなど特長がありかつ世界シェア首位の製品がラインナップに並びます。それ以外にも宇部興産殿のポリイミド、富士フィルムのTAC(トリアセチルセルロース)に至っては量産を含めた開発期間は40年以上に及びます。加えて以前述べた東レ・東邦テナックス・三菱レーヨン殿の炭素繊維もそうですね。こちらも40年以上に及ぶ長期の研究期間と投資と用途開拓を継続的に実施してきたからこそ世界トップシェアを維持し続けているのでしょう。この他にも様々なポリマー材料、Voit博士の「Plastics」と呼んでよい材料がゴロゴロ存在していることがわかります。いずれも研究で萌芽したネタをうまく育て上げたものばかり。そこには各代のかじ取りを担った方々の先見性と運があったのでしょうが、やはり意思を繋いだという組織の強みも見ることが出来ると思います。

結局日本の化学会社が世界に誇るこうした商品というのは粘り強い長期間の研究開発(用途開発含む)を各社が続けてきたものばかり。短期の財務云々とかも大事でしょうが、研究分野のリストラを一辺倒に行ってしまうのは「種まき用の籾を先に喰らう」という、もっとも根幹的な部分を毀損しかねないことであるのは改めて認識しておかねばならんと思います。

特に最近は「継続は力なり」という価値観が根元からぐらつく事象が多いため、なかなかひとつのテーマに腰を長期間据えられるほど安定な情勢になっていないのは非常に残念なことでもあります。不安定な状況は個々人のスキル向上につながることも多いのですが、現状の不安定さはちょっと例を見ないですね。筆者も含め、そういった不安定の中でも成果を出されて行かれることを祈願しつつ、今回はこんなところで。

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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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