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スポットライトリサーチ

二刀流センサーで細胞を光らせろ!― 合成分子でタンパク質の蛍光を制御する化学遺伝学センサーの開発 ―

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第447回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 理学系研究科化学専攻 生体分子化学研究室(キャンベル研)の朱 文超 (シュ ブンチョウ)博士にお願いしました。

キャンベル研は元々カナダのAlberta大学にて活動しておりましたが、2018年の秋に生体分子化学研究室として東大にもラボが創設されました。主の研究内容は蛍光タンパク質の改変で、具体的には神経活動を可視化する可視光~近赤外蛍光指示薬の開発や指向性進化による革新的蛍光タンパク質ツールの創成、疾患における生物学的エネルギー消費の解明、合成分子とタンパク質の複合による化学遺伝学指示薬の開発において多数の成果を発表されています。本プレスリリースの研究成果は、生体内の特定の物質の濃度変化や生化学反応の進行に従って蛍光の強度や色を変える蛍光バイオセンサーについてです。蛍光バイオセンサーには、天然タンパク質を基盤とするセンサーと合成低分子を用いたセンサーの2種類がありますがそれぞれ長所短所があり、最近ではタンパク質と合成分子を併用した化学遺伝学なセンサーもいくつか報告されています。ただし報告されている化学遺伝学なセンサーは、蛍光低分子を何らかのタンパク質に結合させるという設計になっており、蛍光タンパク質を用いた化学遺伝学センサーは皆無でした。そこで本研究グループでは検出対象(標的)に結合する部位が「低分子」で蛍光部位が「蛍光タンパク質」という、全く新しい化学遺伝学センサーのデザインを考案・実証しました。

この研究成果は、「Nature Chemical Biology」誌、および東京大学プレスリリースに発表されました。

Chemigenetic indicators based on synthetic chelators and green fluorescent protein

Wenchao Zhu, Shiori Takeuchi, Shosei Imai, Tohru Terada, Takumi Ueda, Yusuke Nasu, Takuya Terai, and Robert Campbell

Nat Chem Biol. 2022 Sep 22

DOI: 10.1038/s41589-022-01134-z

研究室を主宰されているRobert E. Campbell 教授と共同研究者の寺井 琢也 特任准教授より朱 博士についてコメントを頂戴いたしました!

As the first Ph.D. student to join my new lab at the University of Tokyo, Dr. Zhu exceeded all of my expectations and accomplished an outstanding body of work in the relatively short period of just three years! In addition to being a skilled researcher, Dr. Zhu was also a leader in the laboratory who never hesitated to generously help his colleagues. In this way, Dr. Zhu played a major role in establishing the very friendly and highly supportive working environment that all members of the lab now enjoy. Starting a new laboratory can be an exciting opportunity for a Professor to change or adjust their research direction. I took advantage of this opportunity by assigning Dr. Zhu a new research theme that was outside of my expertise. Specifically, I suggested that he could attempt to achieve the goal of creating a biosensor based on a synthetic ion-binding group and fluorescent protein. In the early days, I sometimes worried that perhaps this goal was too ambitious to achieve within a three year Ph.D. However, it soon became clear that Dr. Zhu was the right student, at the right time, to reach this goal. I will be forever grateful to Dr. Zhu for all of his hard work, perseverance, leadership, and creativity!

Robert E. Campbell 教授

今回の研究は、化学遺伝学(chemigenetic)蛍光センサーの革新的な設計戦略を打ち立てるもので、蛍光センサーの研究に20年近く携わっている私にとっても新しい挑戦でした。正直、朱君も私も最初は半信半疑で取り組んでいた部分もありましたが、彼の類まれな研究能力と日夜の努力のおかげでプレスリリースに足る成果を得ることができました。朱君をはじめ、共著者の先生方や学生さんたちに深く感謝します。

寺井 琢也 特任准教授

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

タグタンパク質(HaloTag)を用いて、緑色タンパク質(GFP)と合成低分子キレーターを融合することで、高性能の蛍光イオンセンサーを世界で初めて開発しました。

カルシウムイオン(Ca2)やナトリウムイオン(Na)などの金属イオンは、細胞内シグナル伝達に重要な役割をはたしています。故に、疾患のメカニズムや生理機能への理解を深めるため、イオン濃度のモニタリングは有効な手段の一つだと認識されています。

蛍光イオンセンサーとは、標的イオンの濃度に応じて蛍光強度や色が変わるセンサー分子であり、生きた細胞や生物個体でのイメージングを可能にするため生物研究や創薬に広く使われています。これまでの蛍光センサーは主に有機合成センサーとタンパク質センサーの二種類に分けられます。合成センサーはキレーターと蛍光色素、つまり合成小分子のみで作られ、細胞や生物体内における局在化が困難という問題点があります。一方のタンパク質センサーは、多くのイオンについて選択的な結合タンパク質がまだ知られていないため、対象にできるイオンが限られています。それらの問題点の解決を目指し、今回、私たちはGFPと合成キレーターからなるハイブリット構造を考案しました。

本研究では、数百通りのGFPと合成キレーターの組み合わせをスクリーニングすることで、Ca2とNaセンサーのプロトタイプを見つけました。またタンパク質の指向性進化により、蛍光変化が10倍を上回るCa2センサーを開発し、細胞内での実用性も証明しました。本研究の成功は、新たな蛍光センサーの開発に指針を与えることが期待されます。

図1.本研究の概念図(上)、および開発したCa2+センサーのスペクトル変化(左下)と細胞イメージング(右下)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

合成キレーターとイオンの反応によりGFPの蛍光強度が変わるセンサーのプロトタイプを見つけ出すためのアプローチを工夫しました。

GFPの蛍光は、発色団近傍の微小環境(電荷、水素結合等)に鋭敏に反応することが知られています。それを基に、私たちの当初の仮説ではキレーターとイオンが結合する際に、キレーター部分の正味の電荷の変化がGFPの発色団に影響を与えると考えていました。そのため、キレーターと発色団の間の適切な距離と方向を実験的に見出す必要がありました。

本研究ではクロロアルカンと共有結合するタグタンパク質(HaloTag)を利用し、まず、HaloTagの中に様々な位置にGFPを挿入し、計32個のGFP-HaloTagを作製しました。さらに、クロロアルカンリンカーの長さと導入位置が異なる計10個のBAPTAと5個の15-crown-5キレーターを合成しました。それと前述の32個のタンパク質、合計480通りの全ての組み合わせについて蛍光変化を測定し、その結果、ベストな組み合わせを確定しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

センサーの機能メカニズムを明らかにすることです。蛍光タンパク質と小分子を組み合わせた今回の分子設計に対して、直接参考にできる既報研究はほぼなく、構造解析も当研究室の専門領域ではないので、その蛍光変化の実際のメカニズムを探究することは挑戦的な課題でした。

最初は海外の研究室に結晶構造の解析を頼み、センサーの結晶までは得ましたが、タンパク質の柔軟性が高いためか構造の解析が困難でした。実験的な解析が難しかったため、続いて分子動力学を用いたシミュレーションを共同研究者に依頼しました。得られたシミュレーションの結果を裏付けるための実験も設計し、当初の仮説とは異なり、キレーター(BAPTA)のカルボキシ基とタンパク質の残基の相互作用が蛍光変化の原因の一つだと強く推察することができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

学部時代から博士課程まで、私は有機、無機、生物化学など幅広い研究分野に取り組んできて、来年の4月から総合化学メーカーで就職する予定です。配属や職種はまだ決まっていないですが、多岐にわたる商品に携わり、化学の知識を実用化し、人々の生活を豊かにすることに貢献したいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

一人でできることは限られていますので、他人から学び、協力することでより良い成果を収められます。この研究テーマは博士課程に進学した際に、指導教員であるCampbell教授からいただき、それから三年弱、一生懸命取り組んでいた課題です。この研究を成し遂げるため、有機合成、生化学、計算から細胞実験まで、沢山の研究者が温かくサポートしてくれたからこそ、論文発表に辿り着くことができました。

最後になりますが、研究指導のみならず、私の留学生活にもいつも熱心に力を貸してくださったRobert E. Campbell教授、寺井琢也特任准教授、那須雄介助教に深く感謝を申し上げます。また共同研究者である上田卓見准教授(東大薬)、寺田透准教授(東大農)、共著者である竹内志織さん(M1)と今井渉世さん(B4)を始めとする研究室メンバーに感謝を申し上げます。

研究者の略歴

名前:朱 文超 (Wenchao ZHU、シュ ブンチョウ)

所属:東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生体分子化学研究室

研究テーマ:蛍光イオンセンサーの開発

略歴

2017/6 大連理工大学 (精細化工専攻) 卒業

2017/9 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程 (無機化学研究室、西原寛教授) 入学

2019/9 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程 (無機化学研究室、西原寛教授) 修了

2019/9 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程 (生体分子研究室、Robert E. Campbell教授) 入学

2022/9 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程 (生体分子研究室、Robert E. Campbell教授) 修了

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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