[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

配位子保護金属クラスターを用いた近赤外―可視光変換

[スポンサーリンク]

第315回のスポットライトリサーチは、立教大学理学部・新堀佳紀 助教にお願いしました。

近年エネルギー化学の文脈から注目される概念に「フォトン・アップコンバージョン」があります。2つの光子がもつエネルギーを合わせてより高い光子エネルギー1つへと変換する現象です。今回の報告では、銀クラスターがそのアップコンバージョン増感剤として活用可能であることが初めて実証されました。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Single Platinum Atom Doping to Silver Clusters Enables Near-Infrared-to-Blue Photon Upconversion”
Niihori, Y.; Wada, Y.; Mitsui, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 2822. doi:10.1002/anie.202013725

研究室を主宰されている三井 正明 教授から、新堀さんについて以下のコメントを頂いています。まだまだ面白い結果を沢山出してくれそうな様子がうかがえますね!今回もインタビューをお楽しみください!

 新堀佳紀さんには、液相中における配位子保護金属クラスターの精密合成のスペシャリストとして、2017年から私の研究室に加わってもらっています。クラスター合成に関する確かな技術と豊富な経験に基づいて妥協なく黙々と研究を進めてくれています。彼と金属クラスターに関する研究をスタートさせた当初は、クラスターの電子励起状態の特性、特に発光性にフォーカスした研究を行っていましたが、当時から計画していた「金属クラスターを光アップコンバージョンの三重項増感剤として活用する研究」が最近軌道に乗り始め、現在は大きく花開こうとしています。今回紹介されている内容はその最初の例となるもので、コロナ禍で研究活動が非常に制限された中、新堀さんが多くの時間を費やして進めてくれた研究です。最終的に受理された論文に仕上がるまでに多くの検証実験と(オンラインでの)ディスカッションを行いましたので、新堀さんにとっても(もちろん私にとっても)想い入れの大変深い研究になったと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

増感剤と発光体の二種類の分子を用いた三重項-三重項消滅光アップコンバージョン(TTA-UC)は太陽光程度の弱い近赤外光から可視光を生み出すことが可能で、太陽電池や光触媒などの高効率化をもたらす技術として注目されています(図1)。
本研究ではチオラート配位子に保護された純銀クラスターおよびその白金1原子置換体MAg24(SR)18 (M = Ag, Pt)をTTA-UCの新規増感剤として用い、両者のTTA-UCの性能を評価しました(図1)。その結果、これらのクラスターは重原子で構成されておりほぼ類似した幾何構造を有しているにもかかわらず、Ag13コアの中心をPtに置き換えるだけでTTA-UC効率が約220倍も高効率化することを発見しました(図2)。様々な解析からこの原因はPt原子がAg13コアにドープされることでコアの項間交差が促進するためだということを突き止めました。

図1.溶液中でのTTA-UCの反応過程(左)と本研究で用いた新規増感剤(右).

図2. PtAg24(SR)18とペリレンを混合した試料溶液(左)と、PtAg24(SR)18とTIPS-アントラセンの混合溶液を乾燥させた固体試料(右)。自然光照射時あるいは785 nmの励起光照射時の発光の様子.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

これまで様々な研究グループにより金属クラスターの励起状態には三重項性が含まれていることが報告されてきましたが、実際にどの程度の励起三重項状態が形成されているかは実験的に明らかにされてきませんでした。一方、TTA-UCは複数の素過程からなる複雑な反応ではありますが各素過程の量子収率を実験的に評価することができ、最終的なTTA-UCの効率はこれら素過程の量子収率の積であらわされます。そこで、TTA-UCに関わる量子収率のうちクラスターの三重項生成がどの程度の効率で起こっているかを未知パラメータ―として実験で得られた各量子収率から逆算する方法を思いつきました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

金属クラスターの分光学的な研究から金属クラスターの光励起後の緩和モデルがいくつか提唱されていますが、既存のモデルでは今回の実験結果を合理的に説明することができませんでした。そこで、三井教授と何度も検討を重ね、コアとステープルそれぞれの励起一重項と三重項状態を取り入れた新しい励起緩和モデルを構築し、実験結果を合理的に説明することができました。この新しいモデルを使い、Pt原子のドーピングによりコアのISCが加速しているということを突き止めました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在、金属クラスターは触媒などへの応用が期待され精力的に研究されていますが、TTA-UCの三重項増感剤としての応用は今回が初めてです。配位子保護金属クラスターには本研究で取り扱ったものの他にもサイズや組成が異なる多種多様なものが存在し、幅広い波長の近赤外光を吸収することができるものが多く存在します。今後は金属クラスターの三重項増感剤としての可能性を探りつつ、金属クラスターの励起状態の解明に取り組みたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

学生の読者の方へ:研究活動において指導教員に言われたことを行えば確かに結果は出ます。しかし、本当に身につくのは自身が習得したスキルをいかに利用して新しいことを見出すかだと思います。確かにそれは難しいことだとは思いますが、自分には無理だとは思わず何度でも挑戦してほしいと思います。「試しにやってみた」でだれも予想もしていなかった素晴らしい成果を出せることだってあります。学生の皆さんには常にチャレンジャーであり続けてほしいと思います。
本研究はJSPS、住友財団の支援のもとで行われました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。また、本研究成果を発信する機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフの方々にも深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前:新堀 佳紀(にいほり よしき)
所属:立教大学 理学部 三井研究室 助教
研究テーマ:金属クラスターの励起状態の解明と光機能性の付与

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 「ヨーロッパで修士号と博士号を取得する」 ―ETH Zürich…
  2. 2022 CAS Future Leaders プログラム参加者…
  3. ゲルマベンゼニルアニオンを用いた単原子ゲルマニウム導入反応の開発…
  4. SlideShareで見る美麗な化学プレゼンテーション
  5. 博士号とは何だったのか - 早稲田ディプロマミル事件?
  6. 日本ビュッヒ「Cartridger」:カラムを均一・高効率で作成…
  7. 2021年ノーベル化学賞は「不斉有機触媒の開発」に!
  8. 光親和性標識法の新たな分子ツール

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ディスコデルモライド /Discodermolide
  2. 第118回―「糖鎖のケミカルバイオロジーを追究する」Carolyn Bertozzi教授
  3. アミジルラジカルで遠隔位C(sp3)-H結合を切断する
  4. 「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン
  5. シラフィン silaffin
  6. 触媒がいざなう加速世界へのバックドア
  7. 可視光を吸収する配位子を作って、配位先のパラジウムを活性化する
  8. ギンコライド ginkgolide
  9. ミッドランド還元 Midland Reduction
  10. 標的指向、多様性指向合成を目指した反応

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年6月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP