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スポットライトリサーチ

室温以上で金属化する高伝導オリゴマー型有機伝導体を開発 ―電子機能性を制御する新コンセプトによる有機電子デバイス開発の技術革新に期待―

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第557回のスポットライトリサーチは、東京大学物性研究所 森研究室の小野塚 洸太(おのづか こうた)さんにお願いしました。

森研究室では、分子性物質・システムにおいて、分子自身と分子間の相互作用による自由度が相関した特異な機能性の開拓を行っています。具体的には①分子の自由度を生かした新規有機(超)導体およびプロトン伝導体の開発と機能性研究、②固体中で電子がプロトン運動と協奏した有機伝導体、誘電体の開発と機能性研究、③分子性物質の外場(光、磁場、電場、温度、圧力)応答の研究、④有機電界効果トランジスタの研究などに取り組まれています。

本プレスリリースの研究内容は、オリゴマー型の有機伝導体についてです。本研究グループでは、導電性高分子をモデルとして室温以上で金属化する新種の高伝導性オリゴマー型有機伝導体材料を開発し、既報物質と比べ100万倍の伝導度を達成しました。これによりオリゴマーの構成ユニットの種類と配列の設計によって、集合体の立体空間と電子機能性を制御するというコンセプトを確立しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Metallic State of a Mixed-sequence Oligomer Salt that Models Doped PEDOT Family

Kota Onozuka, Tomoko Fujino*, Ryohei Kameyama, Shun Dekura, Kazuyoshi Yoshimi, Toshikazu Nakamura, Tatsuya Miyamoto, Takashi Yamakawa, Hiroshi Okamoto, Hiroyasu Sato, Taisuke Ozaki, Hatsumi Mori*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 28, 15152–15161

DOI: doi.org/10.1021/jacs.3c01522

指導教員の森 初果教授藤野 智子助教より小野塚さんについてコメントを頂戴いたしました!

森先生

小野塚君は、群馬高専では工学の研究、京大の修士課程では有機化学の研究、そして東大の博士課程では物質合成と物性研究など、トータルに物質・材料の研究を進めたいということで、「機能性を持つ分子性物質・システムの開発と機能物性研究」を行う森研究室にD1から入ってこられました。研究室もちょうど、低分子伝導体と高分子伝導体の境界領域に位置し、高度な有機合成の技術を必要とするEDOT (ethylenedioxythiophene) 系オリゴマー型伝導体の開発研究をスタートした時期でした。初代、亀山博士、藤野助教が2量体塩を見事に開発し、小野塚君、藤野助教と相談して、さらにアドバンストな「4量体オリゴマー型伝導体」をターゲットとしました。

小野塚君と藤野助教らが行った4量体の分子設計は巧みで、真ん中にEDTT (ethylenedithiothiophene)2量体を組み入れることが鍵となっています。EDOTユニットのみを用いた4量体は溶解性が低く、HOMO準位が上がって不安定なので、EDTT2量体を中央に組み入れたところ、中性ではEDTTユニット同士の立体反発で両ユニット間が捻じれて共役系が切られるため、溶解性、安定性が向上し、さらに酸化して4量体ラジカル伝導体塩にしたときには、平面性、パイ共役性が復活して、分子間相互作用を獲得したところが要となっています。

小野塚君は、高度な有機合成ばかりでなく、結晶育成、結晶構造解析、そのデータに基づいた固体の第一原理計算、伝導度、光学測定と、出倉助教をはじめ多くの共同研究者に協力を得ながら、3年間で高いモーティベーションと驚くべきタフさで研究を進め、見事に、赤ピンク色に輝く薄板状結晶を合成し、EDOT系オリゴマー型伝導体では、初めて金属性を持つことを突き止めました。

小野塚君は、9月に学位を取得し、10月から新たな地でアカデミックキャリアをスタートされる予定ですが、これからも、光輝きながら、しなやかでタフな姿勢で、研究、教育に携わられることと期待しております。

藤野先生

高専時代にはリチウム電池の研究をされ、修士課程では山子茂先生の研究室で構造有機化学の研鑽を積まれた後、博士課程ではこれまた異分野の物性研究に飛びこんできました。理詰めで研究テーマに立ち向かう前任の亀山亮平博士とはまた対照的に,何食わぬ顔して1日に20個電解反応を仕込む圧倒的な実験量と類稀なる嗅覚(=材料観)で、そこらの条件では見向きもしてくれないツンデレオリゴマー材料を見事に振り向かせ、赤紫色の光沢を放つ、うっとりする結晶を作り上げました。当初、高い室温伝導度に、これらの系で「初の金属化か?」と出倉助教らとともに盛り上がったものの半導体的挙動にとどまり、皆撤収していくなか、室温付近でほんの少し抵抗値の低下が鈍っていたのを彼は見逃しませんでした。手持ちのホッカイロをお渡ししてとりあえず温めてみましたが、金属化は見えず。普通ならそこで諦めそうですが、結晶中の溶媒が飛んでしまったのではとの発想でマニキュアでコートしてみたところ、金属化を見事観測。あの瞬間は震えました。卒業後はアカデミアキャリアをスタートさせます。彼が学生さんを巻き込みながら,どんな材料を振り向かせていくのか、楽しみでなりません。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、導電性高分子であるPEDOTをモデルとした室温以上で金属状態を示す新規オリゴマー型有機伝導体(図1右)の開発に成功しました。核酸やペプチドなど生体分子に代表されるオリゴマー材料は、その構成ユニットの種類、配列情報によって立体空間を制御して多種多様な機能を発現します。本研究では特に、オリゴマーの高い分子設計自由度に着目しました。オリゴマーを構成するユニットの配列を巧みに活用することによって、これまで問題になってきた酸化に対する不安定性や溶解性の低さを克服し、固体中における分子の積層構造を制御した結果、室温以上で金属状態を示す高伝導性を実現しました。また、結晶構造に基づく第一原理計算によって、高伝導度化を実現した起源に関しても考察を行いました。本研究が実証したオリゴマーが持つ高い分子設計自由度を生かした有機伝導体における新コンセプトは、有機伝導体材料の新たな分子設計指針を示すものであり、今後の有機電子デバイス開発における技術革新がもたらされると期待されます。

図1 ドープ型PEDOTをモデルとした単結晶性オリゴマー型伝導体の構造と室温伝導度

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で最も思い入れがあるところは、新規オリゴマーの分子設計指針です。長鎖オリゴマー実現に問題になっていた酸化に対する不安定性や溶解性の低さを解決するために、EDOT骨格酸素を硫黄に置換したS unitの2量体を導入することにより動的なねじれ構造を実現しました。中性状態では、S unit同士がねじれ、安定性と溶解性が向上しますが、酸化することでねじれが解消され、分子全体が共役します。また、両末端に嵩高いP unitを導入することによって電子構造の高次元化と過剰アニオンが存在できる空間を創出し、バンドフィリング変調を実現しました(図2)。これらの分子設計により、高伝導度化と金属状態が実現できたと考えています。

図2 本研究で開発した混合配列4量体塩の設計指針

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究で難しかったところは、新規合成したオリゴマー伝導体の電子状態を第一原理計算によって検討した点です。特に今回の研究では、電子相関が重要なファクターとなるので、有機化学分野では、まだ活用例がほとんどない計算パッケージであるRESPACKやごく最近アーカイブにて公開されたH-waveを用いた計算を行いました。研究開始当初スーパーコンピュータやソフトウェアの習得から始めましたので苦労も多かったのですが、東京大学物性研究所の吉見一慶特任研究員や尾崎泰助教授のご指導のもと計算を実行し、本成果の重要な結果の一つとしてまとめることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

大学院での研究活動の中で学んだ有機化学や分子性導体での知見を基盤として、より一層研究活動に一生懸命取り組んでいきたいと考えています。加えて、これまで8年間の研究活動を通して、新たな物質、材料を生み出す化学の魅力を実感しております。学位取得後は、化学の面白さ、魅力を伝えられるような教育活動に関しても精力的に取り組んでいきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで、本研究記事をお読みいただきありがとうございます。この研究は、修士課程で学んだ構造有機化学の知識を活かしつつ、博士課程で、分子性導体の分野に挑戦した中で取り組んだテーマです。新しい分野への挑戦は苦労することも多々ありましたが、自分自身の視野を広げるとともに成長できたと感じています。

本研究で取り組んだEDOTオリゴマー伝導体は、最初の報告である2021年からの2年間で伝導度が6桁近く向上し、急速に性能向上を遂げています。今後は、さらなる伝導度向上を実現し、導電性高分子に匹敵、それ以上の材料を開発していくことを目指していきます。また、実用化に向けた機能性向上にも研究室内で研究が進んでいます。

最後になりましたが、本研究の遂行に当たり熱心にご指導いただきました森初果 教授、藤野智子 助教、出倉駿 助教、実験に多大なご協力をいただくとともに有意義な議論に応じていただきました森研究室OBの亀山亮平 氏、吉見一慶特任研究員、分子科学研究所中村敏和チームリーダー宮本 辰也 助教山川貴士氏岡本博 教授尾崎泰助 教授にこの場をお借りして御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:小野塚 洸太(おのづか こうた)

所属:東京大学物性研究所、新領域創成科学研究科博士3年

経歴:

2016年 群馬工業高等専門学校 物質工学科 卒業 (太田道也教授)

2018年 群馬工業高等専門学校 専攻科 環境工学専攻 修了 (太田道也教授)

2020年 京都大学工学研究科高分子化学専攻 修士課程 修了 (山子茂教授)

2020 ~ 現在 東京大学新領域創成科学研究科博士課程 (森初果教授)

2023 ~ 現在 日本学術振興会特別研究員(DC2)

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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