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スポットライトリサーチ

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

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第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ原島崇徳さんにお願いしました。

今回紹介いただけるのは,DNAナノ粒子モーターと呼ばれる人工分子モーターの性能の向上についての成果です。
DNAナノ粒子モーターは,生体内ではたらくモータータンパク質に比べて運動速度が遅いという欠点があります。
ここで原島さんは運動と化学反応の素過程を解析することでDNAナノ粒子モーターの運動のボトルネック過程を特定しました。
さらにはシミュレーションによる予測と高速高精度1粒子トラッキング実験による検証に基づいてモーターを改造することで,天然のモータータンパク質に匹敵する運動速度と走行距離を実現しました!

本報は国際学術誌「Nature Communications」に2025年1月16日付でオンライン掲載され,プレスリリースもされています!

Rational engineering of DNA-nanoparticle motor with high speed and processivity comparable to motor proteins
Takanori Harashima, Akihiro Otomo, Ryota Iino
Nature Communications 16.1 (2025): 729.
DOI: doi.org/10.1038/s41467-025-56036-0

研究室を主宰されている飯野教授から、原島崇徳さんについて以下のコメントを頂いています。

原島崇徳さんは物理化学のバックグラウンドを持ち、走査型トンネル顕微鏡による単一生体分子の電気伝導度計測で博士号を取得された後、私のラボに参画頂きました。生体分子のダイナミクスの解明が興味の中心とのことで現在は、光学顕微鏡1分子計測、速度論シミュレーション、DNAナノテクノロジーを駆使し、モータータンパク質に匹敵・凌駕する性能を持つ人工分子モーターの開発に取り組んでおられます。原島さんは、分子の設計と調製、計測装置の開発、シミュレーションプログラムの開発の全てをご自身で行っているだけでなく、家事や育児にも全力で取り組んでおられます。まさに未来の日本を担う次世代の若手研究者であり、原島さんがのびのびと研究できる環境を整えることが私の役目だと考えております。今後益々のご活躍を期待しております!

それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、人工分子モーターの一種であるDNAナノ粒子モーターの性能を向上させ、自然界のモータータンパク質に匹敵する運動速度と走行距離を初めて実現しました。

DNA分子は生命の遺伝情報を司る生体分子ですが、塩基配列特異的に二重鎖を形成する特性をもつことからナノスケールの材料としても期待されています。特に、DNAを用いた人工分子モーターは、分子レベルの物質輸送や計算に応用できる可能性があり注目を集めています。一方、生体内ではモータータンパク質と呼ばれる天然の分子モーターが10~1000 nm/sの速度で高速に運動することにより、細胞内での物質輸送や筋肉の収縮などの生命活動を支えています。しかし、既報の人工分子モーターの運動速度は最高でも約1 nm/sにとどまり、モータータンパク質と比べ運動速度が遅いことが課題でした。本研究では、既存の人工分子モーターにおいて最速とされているDNAナノ粒子モーターに着目し、運動のボトルネックを特定・改善することにより運動速度を高速化することを目的としました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

今回の研究で特に思い入れがあるのは、一粒子トラッキング実験と運動シミュレーションの連携により、DNAナノ粒子モーターの性能を合理的に向上できた点です。ただ総当たり的に実験条件を変えるのではなく、運動の原理を理解しながら人工分子モーターの性能を合理的に向上させることを本研究では目指しました。

DNAナノ粒子モーターの運動機構を図1に示します。まず(1)ナノ粒子上のDNAが基板上のRNAと二重鎖を形成します。次に(2) RNA分解酵素(RNase H)がDNA/RNA二重鎖を認識し結合、そして(3) RNAが分解され解離することにより、DNAが一本鎖状態に戻ります。(1)~(3)の反応が(4)ナノ粒子のブラウン運動とカップルすることにより、足元のRNAを分解しながら前進するバーントブリッジ型の運動機構が実現します。
我々は、この(1)~(4)において最も遅い過程、すなわちボトルネックを特定・改善することが、モーターの高速化における最も合理的なアプローチと考えました。

研究を開始してから比較的早い段階で、(4)ブラウン運動が非常に速いこと、またボトルネックは(2)RNase Hの結合反応であることが実験から分かりました。RNase H濃度を増加させた実験により運動速度は100 nm/sまで高速化することができました。しかし、RNase Hが高濃度の条件では、高速化の代償として走行距離が短くなってしまうという新たな問題が発生しました(図1右)。

図1:(左)DNAナノ粒子モーターの運動機構、(右)運動速度と走行距離のトレードオフ

運動速度と走行距離のトレードオフの原因を探るべく、RNase H濃度依存性の実験データをシミュレーションによりフィッティングすることで、(1)~(3)の各過程の速度定数を算出しました。実際には、(1条件当たり20回)×(7通りの濃度条件)×(567通りの速度定数の組み合わせ)=合計79,380回のシミュレーションと解析を行って、実験を再現する最適な速度定数を決定しました。これはかなり大変でしたが、その結果、RNase H濃度の増加に伴ってボトルネックがRNase H結合からDNA/RNA二重鎖形成に切り替わることが判明し、頑張りは報われました。走行距離の減少の原因は、二重鎖形成よりもRNase H結合およびRNAの分解が先行してしまうことにより、モーターの基板からの脱離が促進されるためであると分かりました(図2左)。

そこで、二重鎖形成速度を仮想的に増加させたシミュレーションを行ったところ、トレードオフが改善できることが予測されました(図2中央)。この予測に基づき、二重鎖形成速度を増加させるようDNA, RNAの塩基配列を再設計しモーターを改造しました。その結果、予測通りトレードオフは改善され、30 nm/sの運動速度と3 μmの走行距離が同時に実現できました(図2右)。この性能は天然のモータータンパク質に匹敵し、ナノサイズの人工分子モーターとしては過去最高となります。

図2:シミュレーションによる予測と一粒子トラッキング実験による検証によりトレードオフの改善に成功

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

学生時代から分野を変えたこともあり、実験もシミュレーションも一から研究をスタートさせたので、難しかったところは挙げ出すときりがないです。
また、論文投稿後のrevisionは特に大変でした。追加の実験・解析だけでなく、Reviewerの指摘に従いシミュレーションの肝となるアルゴリズムを修正・再実装したのち全シミュレーションデータのやり直しを行いました。
再投稿の期限が迫る中、プライベートでは第一子が生まれ、本当にドタバタでしたが、共著の飯野さん、大友さんをはじめ周りの方々の支えによって乗り切ることができました。

一連の修正により、研究全体のクオリティは大幅に向上されたと自負しています。
Peer Review Fileは計59ページの大作です。ファイルは論文リンク先にて公開されていますので、本文と併せてぜひご覧ください!建設的なreviewを通して一つの研究がブラッシュアップされていく様子を疑似体験いただけると思います。

また、研究環境にも恵まれていると常々感じます。分子科学研究所の助教は任期が無いため、精神的な余裕をもって真正面から問題と向き合い、丁寧に分析し、最善の解決策を模索できました。自分の努力だけでなく、環境や周りの人に恵まれたことで本成果へ結びついたと思います。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

「困難は分割せよ」というデカルトの言葉があります。本研究では、人工分子モーターの性能向上という課題に対して、モーターの運動を素過程に分割して解析することで解決に結びつきました。あらゆる物理化学現象を素過程に分割し、速度定数を定量することで、現象を支配するボトルネックを特定できます。これにより、課題に対する合理的な解決策が見えてきます。この「複雑な現象は素過程に分割して反応速度を解析する」という方法論は、化学全般に応用できる普遍的なアプローチだと考えています。こうした化学の基礎を大事にしながら、将来はモータータンパク質を凌駕するような性能の人工分子モーターを設計したいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

膨大な情報に満ち溢れた現代社会においては、情報が多すぎて迷ってしまうことも多いかもしれません。そんな時代だからこそ、自らが没頭できるものを能動的に探し、極めることが重要だと思っています。例えば、私が今研究者として働くことができている背景には、学生時代に熱心に勉強した反応速度論の基礎が大きく影響しています。講義でわからないことや深く知りたいことがあったらよく先生に質問しに行っていました(今思えば迷惑なくらい…)。触媒化学の学生実験では、課題にもなっていない自分が予測した独自の自由エネルギー曲面をレポート用紙いっぱいに描いて、学友に気味悪がられたこともよく覚えています。

この記事を読んでくださった皆さんも、ぜひ自分が心からおもしろいと思えるものを見つけて、楽しみながら極めていただきたいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

おわりに、本研究に携わってくださった皆様に厚く御礼申し上げます。またこのような貴重な機会をくださったケムステスタッフの皆様に深く感謝申し上げます。

研究者の略歴

2017年3月 東京工業大学 理学部化学科 卒業
2019年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士前期課程 修了
2022年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士後期課程 修了
2019年4月~2022年3月 日本学術振興会特別研究員 (DC1)
2022年4月~2022年12月 分子科学研究所 IMSフェロー
2022年12月~現在 分子科学研究所 助教


名前:原島 崇徳(はらしま たかのり)
所属:分子科学研究所・総合研究大学院大学
研究テーマ:人工分子モーターの開発と制御

関連リンク

  1. 研究室HP:https://groups.ims.ac.jp/organization/iino_g/index.html
  2. プレスリリース:人工分子モーターの合理的な改造で天然のモータータンパク質に匹敵する運動速度と走行距離を達成(飯野グループ)
  3. 原島 崇徳 (Takanori harashima)-researchmap https://researchmap.jp/takanori-harashima
  4. Xアカウント(@TakanoriHarash1)

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