[スポンサーリンク]

一般的な話題

AJICAP-M: 位置選択的な抗体薬物複合体製造を可能にするトレースレス親和性ペプチド修飾技術

[スポンサーリンク]

 

概要

味の素株式会社の松田豊 (現 Exelixis 社)、藤井友博らは、親和性ペプチドを用いて抗体薬物複合体 (Antibody-Drug Conjugate: ADC) を位置選択的に製造する技術 (AJICAP) を、これまで精力的に研究開発してきた。これまでの AJICAP 技術は、抗体上に親和性ペプチドが導入する工程を経た後、切断反応を行いペプチドを除去する必要があったが、今回、切断を必要としない効率的な手法 (トレースレス法) の開発に成功した1)。このAJICAP-M と呼ばれる改良法は、位置選択的 ADC の製造工程が従来法よりも短くなるだけで無く、これまでの AJICAP 法では困難だったアジド基を抗体に導入できる優れた手法である。本論文は Organic Letters 誌の Front cover に選ばれている (Figure 1)。

Figure 1. Organic Letters 誌の Front cover
(Link:https://pubs.acs.org/toc/orlef7/26/27)

背景

ADC はがん治療の分野で大きな注目を集めている治療法で、現在までに 14 種類が承認され、さらに 100 を超える臨床試験が世界中で行われている2)。従来の ADC は、ランダムなリジンまたはシステイン残基への結合を通じて作製されており、しばしば構造的な不均一性が生じることが課題であった。この不均一性は、ADC の安定性、治療効果、安全性に直接的に影響を及ぼすため、さらなる改良が必要とされてきた。このような課題を解決するために、次世代の ADC 製造技術として位置選択的な conjugation が注目されている。

味の素社は位置選択的な conjugation 技術として、AJICAP 法を開発・事業展開しており、いくつもの論文が発表されている。当技術は、抗体の Fc 領域に特異的な親和性を持つペプチド試薬を使うことで、抗体の特定のリジン (Lys248、Lys288など) を選択的に修飾し、高い位置選択性でのADC製造を実現することができる (Figure 2a)3)。その結果、得られた ADC の治療指数が改善される。しかし、従来の AJICAP 法にもいくつかの技術的課題が残っている。まず、親和性ペプチド試薬と抗体との conjugation に続く、ペプチド試薬の除去という複数の工程が必要なことがあげられる。従って、ペプチド試薬の付加・除去の工程を経ないトレースレスな反応が求められていた。また、従来の AJICAP 法で抗体に導入できる置換基はチオールであるため、その後マレイミドを有する payload-linker との conjugation が必要になる。このチオールマレイミド反応で生じる結合は、しばしば in vivo において不安定であることが知られている (レトロ反応が起こるため)。これを解決するために、チオールマレイミド反応では無い別の conjugation 様式での ADC 製造も求められていた。このような背景の中、親和性ペプチドを用いたトレースレスなコンジュゲーション反応の開発が進められていた。2022年、Zeng らは、単一ステップで抗体を修飾することに成功したが、payload-linker を予め導入した複雑なペプチド試薬を用意する必要があり、試薬の製造が困難である可能性があった4)。さらに、薬物動態など主要な in vivo 評価がされておらず、安定なADCが得られているかどうか未検証であった。

このような背景から、今回著者らが開発した AJICAP-M 技術は、従来の技術の課題を解決し、精密な位置選択的修飾を実現するために設計された。この技術は、既存の payload-linker を使用することで、製造プロセスの効率化と堅牢性の向上を両立させている。また、得られた ADC の in vivo 薬効評価やラットによる薬物動態評価も行った。

Figure. 2. 概要
(a) AJICAP 第二世代法による位置選択的 ADC 合成
(b) AJICAP-M 法による位置選択的 ADC 合成
(Reproduced with permission from reference 1. Copyright 2024 American Chemical Society)

論文の内容

1. AJICAP-M法の概要

AJICAP-M 法では、ペプチド試薬の分子内に N-ヒドロキシスクシンイミド (NHS) エステルを持つ最適化されたアフィニティ試薬を使用し、リジン残基と安定なアミド結合を形成することが可能であった。これにより、修飾反応の安定性と反応性のバランスを保ちながら、選択的な抗体修飾を実現することができる。従来の NHS エステルと違い、分子内に NHS 基を有した同試薬はカルボニル基周りの立体障害が増したことから加水分解耐性が向上しており、長期保存にも耐えうる物であった。この NHS エステルの先端に、アジド安息香酸を導入することで AJICAP-M ペプチド試薬が完成する。この AJICAP-M ペプチド試薬の合成手法は十分に改良されており、簡便な手法が確立されている (Figure 3a)。ペプチド部位を固相合成で得たのち、ペプチドのリジンに Traut試薬を反応させることでチオールを導入、その後ヒドロキシマレイミドによるカップリング、さらにアジド安息香酸との縮合である。この際、固相合成後の 3 工程をワンポットで実施することに成功した。得られたペプチド試薬で抗体を修飾すると、抗体の特定のリジンのアミノ基がアジド安息香酸で修飾される。また試薬のペプチド配列を変えることにより、抗体の Lys248 および Lys288 に対して選択的に修飾を行うことができ、その後の payload-linker との click chemistry により、ADC が得られる (Figure 3b, c)。得られた ADC はペプチドマッピング分析により、位置選択性が非常に高いことが確認されている (Figure 3d, e)。

Figure. 3. AJICAP-M ペプチド試薬による位置選択的 ADC 製造
(a) AJICAP-M ペプチド試薬のワンポット合成
(b) 抗体の
Lys248 位を修飾する AJICAP-M ペプチド試薬
(
c) 抗体のLys288 位を修飾する AJICAP-M ペプチド試薬
(
d) Lys248 位の特異的修飾を示すペプチドマッピング分析結果
(e)
Lys288 位の特異的修飾を示すペプチドマッピング分析結果
(Reproduced with permission from reference 1. Copyright 2024 American Chemical Society)

2. AJICAP-M ADCの生物学的評価

続いて、AJICAP-M で生成された ADC の in vivo での薬効評価と薬物動態評価を実施した (Figure 4)。この評価には、AJICAP-M 技術を用いたADC と、従来の AJICAP 技術を用いたコントロール ADC が用いられれた。NCI-N87 mouse xenograft モデルにて、AJICAP-M ADC は腫瘍退縮効果において、従来の AJICAP-ADC より高い腫瘍抑制効果を示した。また、ラットを用いた薬物動態試験では、AJICAP-M ADC は payload の脱利率が非常に低く、長期間にわたって高い治療効果を維持できることが示された。この結果は、AJICAP-M が in vivo での安定性を向上させる技術として有望であることを示している。これは、当初の予想通り、レトロ反応による payload の脱落が AJICAP-M では大幅に抑制されていることが示唆するものである。

Figure. 4  AJICAP-M ADC の生物学的評価
(a) mouse xenograftモデルによる薬効評価
(b) ラットを用いた薬物動態評価
(Reproduced with permission from reference 1. Copyright 2024 American Chemical Society)

3. フローマイクロリアクタを用いた迅速プロセスの確立

AJICAP-M 技術は、フローマイクロリアクタ (FMR) を用いた迅速な ADC 合成プロセスにも適用されている。以前、本論文の著者である松田らはランダム ADC 合成において FMR を使用し、抗体の鎖間ジスルフィド結合の還元と続く conjugation をカスケードラインで行うことに成功していている5)。しかしながら、FMR を位置選択的 ADC 合成に使った例はこれまで報告されていなかった。FMR を ADC の実製造に使うことを考えると、マシンタイム (抗体がシステム内に滞留している時間) を 5 分以内にすることが望ましいとされる。そうすることにより、グラムスケールの ADC であっても、1 時間以内に反応が完結することになる。結果、AJICAP-M 法は、約 4.5 分のマシンタイムで位置選択的な ADC を合成することに成功した。

Figure 5. FMRを用いたAJICAP-M conjugation
(a) FMR システムの概要
(b) FMRを用いた AJICAP-M 法による ADC 合成
(Reproduced with permission from reference 1. Copyright 2024 American Chemical Society)

今後の展開

AJICAP-M 法は、従来のランダム修飾による ADC に比べて、構造の均一性を高め、治療指数を改善する可能性を秘めている。さらに、最近、著者らは、新規 linker の開発に成功し、それを用いた linker-payload の合成を行っている6)。この新規 linker-payload と AJICAP 法、もしくは今回の AJICAP-M 法を組み合わせることで、さらに安定で薬効の高い ADC が得られることを期待したい。

参考文献

  1. Matsuda, Y.; Shikida, N.; Hatada, N.; Yamada, K.; Seki, T.; Nakahara, Y.; Endo, Y.; Shimbo, K.; Takahashi, K.; Nakayama, A.; Mendelsohn, B. A.; Fujii, T.; Okuzumi, T.; Hirasawa, S., AJICAP-M: Traceless Affinity Peptide Mediated Conjugation Technology for Site-Selective Antibody-Drug Conjugate Synthesis. Org. Lett. 2024, 26 (27), 5597-5601. doi: 10.1021/acs.orglett.4c00878.
  2. Matsuda, Y.; Mendelsohn, B. A. An Overview of Process Development for Antibody-Drug Conjugates Produced by Chemical Conjugation Technology. Expert Opin. Biol. Ther. 2021, 21, 963–975. doi; 10.1080/14712598.2021.1846714.
  3. Fujii, T.;Matsuda, Y.;  Seki, T.;  Shikida, N.;  Iwai, Y.;  Ooba, Y.;  Takahashi, K.;  Isokawa, M.;  Kawaguchi, S.;  Hatada, N.; Watanabe, T.;  Takasugi, R.;  Nakayama, A.;  Shimbo, K.;  Mendelsohn, B. A.;  Okuzumi, T.; Yamada, K., AJICAP Second Generation: Improved Chemical Site-Specific Conjugation Technology for Antibody-Drug Conjugate Production. Bioconjug Chem. 2023, 34 (4), 728-738. doi; 10.1021/acs.bioconjchem.3c00040.
  4. Zeng, Y.;Shi, W.;  Dong, Q.;  Li, W.;  Zhang, J.;  Ren, X.;  Tang, C.;  Liu, B.;  Song, Y.;  Wu, Y.;  Diao, X.;  Zhou, H.;  Huang, H.;  Tang, F.; Huang, W., A Traceless Site-Specific Conjugation on Native Antibodies Enables Efficient One-Step Payload Assembly. Chem. Int. Ed. Engl. 2022, 61 (36), e202204132. doi: 10.1002/anie.202204132.
  5. Nakahara, Y.; Mendelsohn, B. A.; Matsuda, Y. Antibody-Drug Conjugate Synthesis using Continuous Flow Microreactor Technology, Process Res. Dev. 2022, 26, 2766–2770. doi: 10.1021/acs.oprd.2c00217.
  6. Watanabe, T.;  Arashida, N.;  Fujii, T.;  Shikida, N.;  Ito, K.;  Shimbo, K.;  Seki, T.;  Iwai, Y.;  Hirama, R.; Hatada, N., Exo-Cleavable Linkers: A Paradigm Shift for Enhanced Stability and Therapeutic Efficacy in Antibody-Drug Conjugates. J. Med. Chem. 2024. In press. doi: 10.1021/acs.jmedchem.4c01251.

関連動画

第37回ケムステVシンポのアーカイブ動画

関連記事

ADC迅速製造装置の実現 -フローリアクタによる抗体薬物複合体の迅速合成-
松田 豊 Yutaka Matsuda
37回ケムステVシンポ「抗体修飾法の最前線 〜ADC製造の基盤技術〜」を開催します!
抗体-薬物複合体 Antibody-Drug Conjugate
MEDCHEM NEWS 30-3号「メドケムシンポ優秀賞」

アジフェーズ法 AJIPHASE Method
抽出精製型AJIPHASE法の開発

関連書籍

 

Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. Reaxys Prize 2012受賞者決定!
  2. ダイヤモンド構造と芳香族分子を結合させ新たな機能性分子を創製
  3. 可視光を吸収する配位子を作って、配位先のパラジウムを活性化する
  4. 細胞同士の相互作用を1細胞解析するための光反応性表面を開発
  5. 高機能な導電性ポリマーの精密合成法の開発
  6. “秒”で分析 をあたりまえに―利便性が高まるSFC
  7. 異分野交流のすゝめ
  8. いつも研究室で何をしているの?【一問一答】

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【6/26・27開催ウェビナー】バイオ分野の分析評価・試験~粒子径測定と吸入製剤試験の新技術~(三洋貿易株式会社)
  2. 巻いている触媒を用いて環を巻く
  3. もっとも単純な触媒「プロリン」
  4. 論文投稿・出版に役立つ! 10の記事
  5. 硫黄 Sulfurーニンニク、タマネギから加硫剤まで
  6. ウォーレン有機化学
  7. 【ケムステSlackに訊いて見た④】化学系学生の意外な就職先?
  8. 2012年ケムステ人気記事ランキング
  9. B≡B Triple Bond
  10. 三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

水分はどこにあるのか【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

「MI×データ科学」コース 〜LLM・自動実験・計算・画像とベイズ最適化ハンズオン〜

1 開講期間2026年5月26日(火)、29日(金) 計2日間2 コースのねらい、特色近…

材料の数理モデリング – マルチスケール材料シミュレーション –

材料の数理モデリング概要材料科学分野におけるシミュレーションを「マルチスケール」で理解するた…

第59回天然物化学談話会@宮崎(7/8~10)

ごあいさつ天然物化学談話会は、全国の天然物化学および有機合成化学を研究する大学生…

トッド・ハイスター Todd K. Hyster

トッド・カート・ハイスター(Todd Kurt Hyster、1985年10月10日–)はアメリカ出…

“最難関アリル化”を劇的に加速する固定化触媒の開発

第 703回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院 理工学府 博士課程前期で…

「ニューモダリティと有機合成化学」 第5回公開講演会

従来の低分子、抗体だけでなく、核酸、ペプチド、あるいはその複合体(例えばADC(抗体薬物複合体))、…

溶融する半導体配位高分子の開発に成功!~MOFの成形加工性の向上に期待~

第702回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理学部(田中研究室)にて助教をされていた秋吉亮平 …

ミン・ユー・ガイ Ming-Yu Ngai

魏明宇(Ming-Yu Ngai、1981年X月XX日–)は米国の有機化学者である。米国パデュー大学…

第55回複素環化学討論会

複素環化学討論会は、「複素環の合成、反応、構造および物性」をテーマとして、化学・薬学・農芸化学など幅…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP