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硤合不斉自己触媒反応/Soai Asymmetric Autocatalysis

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概要

ジイソプロピル亜鉛 (i-Pr)₂Zn を、ピリミジン-5-カルバルデヒド類のアルデヒドへ不斉1,2-付加させ、光学活性な第二級アルコール(ピリミジルアルカノール)を与える反応である[1]。反応形式そのもの(ジアルキル亜鉛のアルデヒドへの付加)や合成標的としての有用性という観点では、一般的なジアルキル亜鉛付加反応の一種にすぎない。

しかしこの反応が際立っているのは、生成物であるピリミジルアルカノール自身が本反応の不斉触媒として働く「不斉自己触媒反応(asymmetric autocatalysis)」である点にある[1][5]。生成物=触媒であるため反応が進むほど触媒量が増える(自己複製的挙動)と同時に、生成物のeeが「種」として加えた触媒のeeより高くなる不斉増幅を伴う。片方のエナンチオマーがごくわずかに過剰な触媒(極端な例では0.00005%程度のee)から出発しても、増幅された生成物を次サイクルの触媒として供する操作を数回繰り返すことで、>99% ee の光学的に純粋な化合物に到達しうる[1][2]。

この事実は「光学活性な化合物を得るために最初からeeの高い化合物を用いる必要はなく、ほんのわずかな不斉の偏りを光学的に純粋なものへ変換できるシステムが存在する」ことの実証例であり、きわめて画期的な発見であった。この特徴ゆえ、「自然界のアミノ酸や糖はなぜ片方のエナンチオマーが主に存在するのか」という不斉の起源(ホモキラリティー / Homochirality)を理解するためのモデル反応とみなされ、有機合成の枠を超えて広く注目されている[5]。なお、高い不斉増幅を示す実用的な不斉自己触媒反応の例は、報告から約30年を経た現在でも本反応系がほぼ唯一とされる。

反応機構

本反応の触媒活性種は、生成物ピリミジルアルカノールと (i-Pr)₂Zn から生じる亜鉛アルコキシドであると考えられている。生成物と触媒が同一骨格であるため、生成物それ自体が触媒として働きうる(自己触媒)[1][5]。

不斉増幅の根本には、不斉触媒反応における非線形効果(nonlinear effect)がある。すなわち、キラルな亜鉛アルコキシドが会合体(オリゴマー)を形成し、ホモキラル会合体とヘテロキラル会合体の反応性・安定性の差によって、系全体のeeが増幅されると理解されている[3][6]。

会合体の次数については研究の蓄積がある。Buono と Blackmond は速度論的解析から、触媒について二次(会合二量体が関与する)挙動を示し、四量体遷移状態が関与する反応機構を提唱した[3]。近年では Denmark・Houk らが、結晶構造と計算化学に基づき、「square–macrocycle–square(SMS)型の四量体」が活性種であり、基質が二点配位で結合したのち分子内でイソプロピル基が移動するという機構(不活性なキュービック四量体から活性なSMS四量体へ「抜け出す」cube-escapeモデル)を提唱している[6]。このように機構の詳細(活性会合体の正確な構造・律速段階)は現在も精力的に研究されており、単一の確定像に収束しているわけではない点に留意されたい。

反応例

(1)原報(1995年、増幅の実証)[1]

ピリミジン-5-カルバルデヒド + (i-Pr)₂Zn → 1-(ピリミジン-5-イル)-2-メチルプロパン-1-オール。低eeの生成物アルカノールを触媒(種)として用いると、生成物のeeが種より高くなる不斉増幅が観測された。

(2)改良報(1999年、”practically perfect” な増幅)[2]

2-(tert-ブチルエチニル)ピリミジン-5-カルバルデヒド + (i-Pr)₂Zn → 対応するピリミジルアルカノール。この2-アルキニル型基質で、>99.5% ee かつ >99% 収率という極めて高い不斉自己触媒が達成された。以降、この骨格が不斉増幅研究の標準基質となっている。

(3)物理的・同位体的キラル源による開始)[4]

キラルイニシエーターは光学活性な有機化合物に限らない。円偏光やキラル結晶との接触といった物理的要因のほか、Kawasaki・Soai らは炭素同位体(¹³C/¹²C)置換に由来する僅かなキラリティーを引き金として、本反応で高eeの生成物が得られることを示した。微小な不斉の起源が増幅されうることを象徴する例である。

実験のコツ・テクニック

  • 無水・不活性条件の徹底:(i-Pr)₂Zn は自然発火性で水分・酸素に極めて敏感。器具の乾燥、溶媒の脱水・脱気、シュレンク/グローブボックス操作が前提となる。
  • 微量キラル不純物の管理:本反応は微小な不斉を増幅する性質ゆえに、器具・試薬・撹拌子などに由来する微量のキラル汚染が結果(eeの大小や符号)に影響しうる[8]。増幅サイクルを扱う場合は、意図しないキラル源の混入に注意すべき。
  • 開始剤の「トリガー強度」の違い:化合物ごとに不斉を誘導する強さ(トリガー強度)が大きく異なり、系は”all or nothing”的に振る舞うため、微量でもトリガー強度の強い成分が混在すると結果を支配しうる[7]。低eeの検出には有利だが、中程度と優れたeeの差を見分けるのは苦手[7]。
  • 増幅は一段では飽和しうる:一回の反応でのee向上には限りがあるため、生成物を触媒に再投入する多段サイクルとして運用するのが基本[1][2]。

参考文献

  1. Soai, K.; Shibata, T.; Morioka, H.; Choji, K. Nature 1995, 378, 767–768. DOI: 10.1038/378767a0
  2. Shibata, T.; Yonekubo, S.; Soai, K. Angew. Chem., Int. Ed. 1999, 38, 659–661. DOI: 10.1002/(SICI)1521-3773(19990301)38:5<659::AID-ANIE659>3.0.CO;2-P
  3. Buono, F. G.; Blackmond, D. G. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 8978–8979. DOI: 10.1021/ja034705n
  4. Kawasaki, T.; Matsumura, Y.; Tsutsumi, T.; Suzuki, K.; Ito, M.; Soai, K. Science 2009, 324, 492–495. DOI: 10.1126/science.1170322
  5. Soai, K.; Kawasaki, T.; Matsumoto, A. Acc. Chem. Res. 2014, 47, 3643–3654. DOI: 10.1021/ar5003208
  6. Athavale, S. V.; Simon, A.; Houk, K. N.; Denmark, S. E. Nat. Chem. 2020, 12, 412–423. DOI: 10.1038/s41557-020-0421-8
  7. Welch, C. J.; Zawatzky, K.; Makarov, A. A.; Fujiwara, S.; Matsumoto, A.; Soai, K. Org. Biomol. Chem. 2016, 14, 10115–10129. DOI: 10.1039/c6ob01939k
  8. Gehring, T.; Busch, M.; Schlageter, M.; Weingand, D. Chirality 2010, 22 (Suppl. 1), E173–E182. DOI: 10.1002/chir.20849

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