[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

イナミドを縮合剤とする新規アミド形成法

[スポンサーリンク]

2016年、江西師範大学のJunfeng Zhaoらは、イナミドを縮合剤として用いることで、一切の添加剤を必要とせず、ラセミ化フリーでペプチドを合成することに成功した。単純なアミドやジペプチドの合成だけでなく、ペプチドのセグメント縮合にも応用できる。

“Ynamides as Racemization-Free Coupling Reagents for Amide and Peptide Synthesis”
Long, H.; Silin, X.; Zhenguang, Z.; Yang, Y.; Zhiyuan, P.; Ming, Y.; Changliu, W.; Junfeng, Z.* J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 13135–13138. DOI: 10.1021/jacs.6b07230

問題設定

アミド結合の形成には、カルボン酸を活性化させる形での縮合剤が多く使用されている。しかし、これらの縮合剤を用いる場合、試薬自身や添加剤などに由来する多量の廃棄物が生じるため、原子効率に優れる反応剤が求められている。
イナミンは、高収率・添加剤不要でペプチドを合成できる縮合剤として1964年に報告されていた[1]。しかし、イナミンは熱に不安定で水とも反応し、さらにラセミ化も引き起こしやすいため実用的な縮合剤では無かった[2]。

技術や手法のキモ

イナミンの窒素置換基を電子求引基に変えたイナミドを用いることが鍵であった。本化合物は熱的に安定で、かつ水中でも反応に使用できる。また、電子求引基導入の結果として塩基性も低下しており、ラセミ化を抑制する効果もある。
今回の研究ではMYMsA、MYTsAを最適試薬として見いだしている。2工程の合成法にていずれも簡便に合成できる。

主張の有効性検証

①既存の縮合剤との比較

MYMsA, MYTsAのどちらを使用した場合でも、既存の縮合剤を使用した場合に比べ高収率で反応が進行した。かつ一切のラセミ化が見られていない。

②基質一般性

N末の保護基としてはBoc, Cbz, Fmocのいずれも適用可能である。アミノ酸側鎖に-OH,-SH,-CONH2,NHが含まれていても選択的に反応するため、側鎖の保護は必要ない。ValやAibといった立体障害が大きい基質でも、反応時間を長くすることで高い収率が得られているほか、大スケール(20 mmol)でも収率にはほぼ影響がない。ペプチドのフラグメント縮合にも応用できる。

③反応機構について

脂肪族・芳香族、不飽和カルボン酸に対してMYTsAを混合すると、室温で数時間以内に、高収率で対応するα-アシロキシイナミドが得られる。これらのα-アシロキシイナミドは全て室温で安定に存在した。また、強酸(TfOH)を触媒として加えると反応時間が2.4倍短縮されたという報告[3]がある。
これらの事実をもとに、α-アシロキシイナミド生成・ペプチド結合生成それぞれの段階について、反応機構解析が他研究者によって行われている(下図)[4]。
まずイナミドのプロトン化が起こりイミニウム種が生じ、カルボン酸が生じることでα-アシロキシイナミドが生成する。これがさらにもう一分子のカルボン酸と絡むことでアミド形成反応が進行し、副生成物としてスルホニルイミドが生じる。

論文[4]より引用

議論すべき点

  • AibやValなどの、立体障害の大きい基質でも高い収率を得られている点は特筆すべきだろう。
  • one-potかつ大スケールで反応を行えるため、大量合成にも応用可能。しかし、反応時間が長いのが欠点。
  • 5残基のペプチドであるLeu-Enkephalinの合成を行う場合、数日かかり、収率も70%まで落ちている。ラセミ化リスクを懸念してか活性化箇所をグリシンにしていることも注意点。他の基質をフラグメントカップリングに利用する場合、どれほどラセミ化するかは未知数。

参考文献

  1. Buijle, R.; Viehe, H. G. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1964, 3, 582. DOI: 10.1002/anie.196405822
  2. Weygand, F.; König, W.; Buyle, R.;Viehe, H. G. Chem. Ber. 1965, 98, 3632. DOI: 10.1002/cber.19650981130
  3. Hu, L.; Zhao, J. Synlett 2017, 28, 1663. DOI: 10.1055/s-0036-1588860
  4. Zhang, S.; Xing, H.; Deng, Z. Org. Biomol. Chem. 2017, 15, 6367. doi:10.1039/C7OB01378G
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. イグノーベル賞2024振り返り
  2. 脂質ナノ粒子によるDDS【Merck/Avanti Polar …
  3. さよならGoogleリーダー!そして次へ…
  4. 尿から薬?! ~意外な由来の医薬品~ その2
  5. 三次元アクアナノシートの創製! 〜ジャイロイド構造が生み出す高速…
  6. Nrf2とKeap1 〜健康維持と長寿のカギ?〜
  7. ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法
  8. 光照射による有機酸/塩基の発生法:②光塩基発生剤について

注目情報

ピックアップ記事

  1. コールマン試薬 Collman’s Reagent
  2. バンバーガー転位 Bamberger Rearrangement
  3. 『鬼滅の刃』の感想文~「無題」への回答~
  4. 第37回 糖・タンパク質の化学から生物学まで―Ben Davis教授
  5. 加熱✕情熱!マイクロ波合成装置「ミューリアクター」四国計測工業
  6. Zachary Hudson教授の講演を聴講してみた
  7. 道修町ミュージアムストリート
  8. 第3回慶應有機合成化学若手シンポジウム
  9. 求電子剤側で不斉を制御したアミノメチル化反応
  10. コーンブルム ニトロ化反応 Kornblum Nitoration

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP