第665回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科(芥川研究室)修士2年の小野寺 希望 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、柔粘性結晶の電気応答に関する研究です。
「固体と液体の間の状態」とも表現される柔粘性結晶は、分子配向が無秩序で、分極した配向状態を維持することは困難とされています。今回、無秩序な分子配向を持つとされる柔粘性結晶相で、「スクシノニトリル」と呼ばれる分子の柔粘性結晶相が電場をかけることによりユニークな分極配向状態をとることを報告されました。電場の大きさによって異なる分極状態を示す、二段階で電気応答する現象を見出されています。さらに、この二段階の電気応答が、外部電場による「分子の向きの変化」と「分子の形の変化」が組み合わさったことに由来する現象であることを明らかにしています。
本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Ferroelectric-like Polarization Switching in Plastic Crystalline Succinonitrile”
Onodera, N.; Dekura, S.; Sato, T.; Mashiko, M.; Kurihara, T.; Mizuno, M.; Akutagawa, T. J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 19200–19209. DOI: 10.1021/jacs.5c04778
研究を指導された出倉駿 助教と芥川智行 教授から、小野寺さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
出倉先生
小野寺君とは、私が芥川研に着任した年度に同じく彼が学部4年生として研究室に配属されてきたので、言わば芥川研の“同期”として日々楽しく議論を重ねて研究を進めています。彼はとても頭の回転が速く、また物事を深く・粘り強く考えることができる学生です。今回の研究成果は、これまでにない新しいタイプの誘電体の発見に関するものですが、データの解釈や解析など一筋縄ではいかない場面でも、持ち前の思考力を発揮して乗り越え、見事に論文として結実させてくれました。また、彼は国内外で学会発表も積極的に行なっていて、成果発表力も目を見張るほど向上させてきており、その結果講演賞・ポスター賞を受賞するなどめざましい活躍を見せてくれています。彼のこれからのさらなる飛躍を楽しみにしています。
芥川先生
小野寺君は、芥川研究室で博士課程進学を予定している修士2年の学生で、研究室出身者としては17人目の博士号取得者となる予定です。博士課程に進学する学生の多くはユニークな個性を持っていますが、彼もその例に漏れることなく、独特の思考力と表現力を兼ね備えた稀有な人物です。これまでに多くの学生を指導してきましたが、その中でも特に個性が際立つ逸材です。学会出張などで行動を共にすると、突然詠まれる俳句などから、彼のもう一つの側面である文学的才能の一端が垣間見えます。研究室では毎年、その年に最も活躍した学生に「芥川賞」を授与していますが、有力な候補者として、今後の更なる成長を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、単純な構造を持つ有機分子、スクシノニトリルが従来に無い特異な電気応答を示すことを明らかにしました。スクシノニトリルは、室温付近で“柔粘性結晶相”という固体のように分子の位置が規則正しく配列している一方で、液体のように分子が激しく回転運動し、分子の向きが無秩序になっている状態をとります。
この分子のユニークな点は、従来の柔粘性結晶材料のような分子全体の回転運動に加えて、分子の形を変化させる「立体配座」の自由度を持つことです。注目すべきは、ゴーシュ型の時は大きな電気分極(双極子モーメント)を持つ一方で、トランス型では無極性になることがわかっています。したがって、分子全体の回転と立体配座の変換に応じて双極子モーメントの向きや大きさが変化するため、外部電場に対して従来材料とは異なる応答を示すことが期待できます。
そこで我々は、電場(E)に対する電気分極(P)の応答を、P–Eヒステリシス曲線を測定することで調査しました。その結果、分子がランダムに回転しているはずの柔粘性結晶相において、あたかも強誘電体のように各分子が協働的に電場に応答する振る舞い(ヒステリシス)を観測することに成功しました。従来、分子が規則的に向きを揃えている結晶相や液晶相でしか観測できないとされていた現象を、柔粘性結晶相のようなランダムな系で観測した、従来の誘電材料の常識を覆す成果です。
さらに興味深いことに、スクシノニトリルは二段階の分極反転による「二重P–Eヒステリシス」を示すことがわかりました。構造類縁体との比較や詳細な電気測定と量子化学計算によって検討したところ、この二段階の応答には、期待通り電場に対する分子の向き、すなわち分子回転の自由度による応答と、トランス配座からゴーシュ配座への変化、すなわち立体配座の自由度による応答が寄与していることが明らかになりました。
現状のスクシノニトリルでは電圧を切ってしまうと分極が時間と共に徐々に緩和して消失してしまうため、メモリ材料への直接応用は困難です。しかし、柔粘性結晶相でP–Eヒステリシスが観測でき、さらに分子の「回転」と「変形」の自由度を利用して多段階の電気応答を設計できることを実証した本研究は、柔粘性結晶が高密度に情報記憶が可能な次世代の多値メモリ材料など、新たな機能性材料として大きな可能性を秘めていることを示しています。機能性材料としての柔粘性結晶材料に今後注目が集まることを期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
一番思い入れがあるのは二段階のP–Eヒステリシスループにおける分極反転メカニズムの議論です。学部4年次、発見当初に提案した分極反転メカニズムは、論文で提唱したものとは異なっていました。先生方とディスカッションを重ね、実験結果と照らし合わせることで、現象への理解度が上がり、最終的に論文で報告したメカニズムにたどり着きました。失敗を重ねながらも新たな誘電体のメカニズムを自らの手で積み上げていくのは、非常に価値のある体験でした。本研究を通して、「新しい現象を解き明かす」というかねてより抱いていた夢を叶えることができ、とても喜ばしく思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
スクシノニトリルの分極の緩和挙動を、電流マルチメーターと研究室独自のプログラムを用いて測定したのですが、測定条件の検討と緩和挙動の理解に難航しました。柔粘性結晶相において分極緩和時間を研究した先行例がなかったため、測定結果の考察を先行研究に頼らずに、自らの頭で考え抜く必要がありました。この時期は先が見えず、非常に苦しかったです。先生方に相談しながら測定条件やフィッティングのモデルを検討し、試行錯誤することで適切な条件を見つけることができ、苦しい時期を乗り越えることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
この2年間、柔粘性結晶相という存在に魅せられ、研究を続けてきました。来年度からは、博士課程に進学しますが、本研究で発見した現象のさらなる追求をしていきたいです。将来的には、小さい頃から憧れていた研究職に就き、科学の最前線を駆け抜ける研究者になりたいです。そして、最終的な野望としては、液晶材料が液晶ディスプレイとして現代社会に広く普及しているように、自分の研究で柔粘性結晶材料が社会に広く普及するようなイノベーションを起こしたいです!!
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究室に配属された学部4年次から研究会や学会に出させていただいたことは、非常に恵まれた経験でした。学会で研究者の方々とのディスカッションを重ねることで、論文化に向けて非常に多くのヒントを得ることができました。この記事を読んでいただいた皆さんと学会で会えること、そして近い将来、ともに科学の最前線を駆け抜けることを楽しみにしています。
本研究は先輩、先生方の協力がなければ決して成功しませんでした。本研究を遂行するにあたり、多大なるご支援とご助言をいただきました金沢大学の栗原助教と水野教授に感謝を申し上げます。また、本研究に限らず日々ご指導いただいております芥川教授、出倉助教、佐藤助教をはじめとする芥川研究室の皆様に、この場をお借りして感謝を申し上げます。特に、配属当初から自分を優しく、時には厳しくご指導いただきました芥川教授、出倉助教に深く感謝を申し上げます。
最後に、本研究成果を取り上げてくださったChem-Stationのスタッフの皆様にも感謝申し上げます。一視聴者として楽しんでいたケムステに自分が記事を掲載できるとは夢にも思いませんでした。喜ばしい気持ちで胸がいっぱいで、一句詠めそうです。
句意:スクシノニトリル分子は舞うように電場に応答し、メモリ材料の未来を切り拓くだろう。
研究者の略歴
名前:小野寺 希望(おのでら のぞみ)
所属:東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 芥川研究室 修士二年
略歴:
2020年3月 岩手県立花巻北高等学校 卒業
2024年3月 東北大学 工学部 化学・バイオ工学科 卒業
同年4月〜現在 東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 在学
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