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スポットライトリサーチ

結晶格子の柔軟性制御によって水に強い有機半導体をつくる

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ついに300回となりました。第300回のスポットライトリサーチは、東北大学多元物質科学研究所(芥川研究室)・阿部春花さんにお願いしました。

エレクトロニクスに用いられる有機半導体分子は。一方で水がその駆動を阻害することも知られており、水に安定な材料設計指針も求められています。今回の成果では、有機半導体分子を無機カチオンと静電相互作用させ、その強さを変える形で結晶格子の柔軟性、ひいては水吸着を制御して安定性獲得に繋げていくという新たな設計指針が提案されています。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文および同誌Cover Pictureプレスリリースに公開されています。

“Crystal Lattice Design of H2O-Tolerant n-Type Semiconducting Dianionic Naphthalenediimide Derivatives”
Abe, H.; Kawasaki, A.; Takeda, T.; Hoshino, N.; Matsuda, W.; Seki, S.; Akutagawa, T.  J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1046–1060. doi:10.1021/jacs.0c11545

研究室を主宰されている芥川智行 教授から、阿部さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

 阿部さんと3年間一緒に研究できたことは、僕にとって非常に幸運であり、楽しかったです。お昼に笑顔でお弁当を食べているときに、笑い声が聞こえてくるのが印象的です。僕の思いつきをすぐに実現してくれて、多くの良い論文を書くことができました。「阿部さん、ちょっとこれお願い。時間のあるときで良いからやってみてくれる?」と言った数日後には、データを持ってきてくれて、「えっ、もうできたの?」と驚かせてくれたことが度々です。仕事の速さと優れたカンどころが、彼女の持ち味です。本当は博士課程に進学してほしかったのですが、社会で活躍する姿が目に浮かびます。長い人生、悔いの無いように頑張って下さい。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

結晶格子の柔軟性を制御することにより、水に対する高い安定性と優れた電子移動度を示すn型有機半導体材料の開発に成功しました。
従来のn型有機半導体材料は、水の存在が電子トラップサイトとして働くため、安定なデバイス動作に問題がありました。一方、無機材料では、強い分子間相互作用により、熱的・化学的に安定な結晶格子を形成し、水に対する優れた耐性を有する半導体材料が容易に作製可能です。本研究では有機分子間に働く分子間相互作用の中で最も強い静電相互作用に着目し、結晶の格子エネルギーを段階的に制御し、水の出し入れが可逆に可能なn型有機半導体材料を開発しました。この結果は、無機材料と同様な環境における有機エレクトロニクスの応用を可能とし、外部環境の変化により多様な応答を示す多重機能性材料の創製の観点から新たな可能性を提案するものです。

作製した材料の分子構造(左)と水の吸脱着を可能とする結晶構造(右)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

水和結晶の単結晶X線構造解析に思い入れがあります。水和結晶は大気中では不安定であり、母液から取り出すとすぐに水が抜けて結晶が壊れてしまいました。また、良溶媒の水と貧溶媒のエタノールで溶解度を調節して単結晶を成長させていましたが、測定用の単結晶を選んでいる間にエタノールが飛んで母液の組成が変わり、結晶が溶解してしまうことが多々ありました。水和結晶の構造解析は数秒を争うスピード勝負であり、やっと解析に成功したときのあの達成感は忘れられません。私には10年以上陸上競技部で一分一秒を争ってきた経験があるので、そんな私にぴったりの実験だなと思っていました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

電子移動度測定の際に薄膜の水和量を制御することに苦労しました。初めは作る度に薄膜の水和量が変わってしまい、なかなか再現がとれませんでした。水溶液の濃度や製膜法を変えて試行錯誤を繰り返すことで、単結晶組成と同じ水和量の薄膜を再現よく作製できる方法を見出すことができました。また薄膜の水和量を変化させながら電子移動度測定を行いたかったため、従来の測定方法とは異なる条件検討が必要でした。測定をさせていただいた京都大学の関研究室の先生方にも相談しながら、装置を組んだり条件を検討したりしました。研究において壁にぶつかったときには、地道に試行錯誤し、先生方や研究室のメンバーに相談してみることで乗り越えられました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

4月からは企業の研究開発職に就職します。これまでの研究分野からは少し離れると思いますが、新たな環境でも、3年間の研究生活で培った「カン」を活かして研究に励みたいです。世の中の全てのものの根底には化学があると思っているので、将来どんな仕事をするときでも、化学者の視点から社会の発展に貢献していく、という気持ちを持ち続けて頑張ります。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私はじっくりと考えることがあまり得意ではなかったため、「考えることが苦手なら手を動かせ」という言葉を胸に、とにかく手を動かしてみるというスタンスで3年間研究してきました。自分らしく実験できたことが成果に結びつき、このような機会もいただくことができ、とても嬉しく思っています。
最後に、測定でお世話になり、新たな知見を与えてくださった関教授、松田研究員をはじめとする京都大学関研究室のみなさま、いつも相談に乗ってくださり、導いてくださった芥川教授、武田助教、星野助教をはじめとする芥川研究室のみなさまに感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前: 阿部 春花(あべ はるか)
所属: 東北大学大学院工学研究科 応用化学専攻 芥川研究室 修士2年
研究テーマ:
ビス(プロピオネート)ナフタレンジイミドの分子集合体構造とn型半導体特性に関する研究

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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