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スポットライトリサーチ

アルカロイドなど求核性化合物の結晶スポンジ法による解析を可能とする新規MOFの開発

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第 680 回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 理学院 化学系 河野研究室 修士課程 2 年の 中川 智暉 (なかがわ ともき) さんにお願いしました!

河野研究室では、超分子化学における準安定構造の構築という課題への挑戦を掲げ、特殊な分子を設計・合成し、分子間相互作用を精密にコントロールすることで、新しい細孔性材料の開発に注力されています。細孔性材料とは、微細な穴がたくさん開いた構造を持つ物質のことで、さまざまな応用可能性を秘めています。

2025年のノーベル化学賞は、まさにその細孔性材料である金属有機構造体 (MOF) の開発を対象に、北川進リチャード・ロブソンオマー・ヤギーの3氏が受賞しました。さらに MOF を応用した結晶スポンジ法なども開発されており、材料化学の分野の中でも発展著しく研究者が日や鎬を削っている分野になります。

今回、中川さんらの研究グループは、結晶スポンジ法に使用される MOF の課題であった、求核性置換基を有する化合物への適用について、その解決法となる新規材料の開発に成功しました。これにより多くの重要な求核性・塩基性化合物の結晶構造の解析を実現しています。
本研究結果は高く評価され、J. Am. Chem. Soc. (JACS) 誌に掲載されるとともに、東京科学大学などよりプレスリリースも行われました。さらに、各種インターネットメディア (記事下部「関連リンク」参照) にも取り上げられるなど注目を集めています。

Structural Elucidation of Nucleophilic Compounds through Synergistic Coordination and Hydrogen Bonding in a Metal–Organic Framework

Tomoki Nakagawa, Yuki Wada*Bun ChanTaichi BabaKengo Hanaya, Yuta Koseki, Ryuji AsanoKatsuyuki AokiPavel M. Usov, Masaki Kawano*
J. Am. Chem. Soc, 2025, 147, 29013–29025, DOI: 10.1021/jacs.5c07192

本研究を統括された東京科学大学 理学院 教授の 河野 正規 先生と、現場で研究を指揮された 同大学 助教 の 和田 雄貴 先生より、中川さんについてのコメントをそれぞれ頂戴しております!

この成果は、和田君の博士論文研究を基盤としています。学生時代の和田君は、なかなか良い結果に恵まれず、合成できた MOF もわずか 1 種類にとどまりました。しかし、製薬会社との共同研究を機に大きく飛躍し、最終的にはスタートアップの起業にまで至りました。日本発の優れた発明である「結晶スポンジ法」を歴史に残すため、私たちは 2024 2 月、和田君を含む 4 名でスタートアップ「テクモフ株式会社」を設立しました。

一方、中川君は学部時代から博士課程への進学を公言し、研究者を志してきました。配属当初からストイックに研究に取り組み、自ら設計した配位子によって今回の成果を生み出しています。M2 前期に JACS へフルペーパーを発表できたのは、まさに彼の強い意志と努力の賜物です。近年、学会発表を通じた賞の獲得を目指す学生が増える中で、中川君は論文作成を優先してきました。もちろん学会活動も重要ですが、修士課程のうちに研究成果を自ら論文としてまとめる経験は非常に意義深いものです。彼自身もその価値を実感していることでしょう。今後は「0から1を生み出す」研究にこだわりを持ち、その過程で研究の楽しさ、自由さ、創造性をより深く理解してほしいと願っています。それができたとき、真の意味で独り立ちの準備が整ったといえるでしょう。

河野先生より

中川君は、私が助教として着任した年に研究室に配属された学生で、彼の研究テーマは私の博士研究から着想を得たものでした。これまでの研究において不純物として見向きもされてこなかった中間体に着目し、それを活用して非対称性配位子を合成するという観点からプロジェクトを開始しました。

対称性配位子と比較して、非対称性配位子の合成は工程が増えて、精製も困難を極めましたが、中川君は決して諦めることなく、一つ一つの課題に真摯に向き合い、着実に問題を解決していきました。その結果、今回の求核性分子の解析に適したMOF とその機構についての重要な発見に至ったことは、彼の粘り強い努力の賜物です。

中川君の研究姿勢で印象的だったのは、困難に直面した際の対応力です。鍵となる配位子 (344-TPHAP) の精製において、TPP 塩形成によるカラムクロマトグラフィーを提案したのですが、通常の条件だとテーリングが激しくきれいに単離することが困難かと思われました。しかし中川君は、地道に条件検討を重ね、酢酸エチル、ジクロロメタン、トリエチルアミン、メタノールという4成分溶媒系 (研究室では中川ブレンドと呼んでいます) で分離可能であることを見出し、実際に単離に成功しました。

また、結晶スポンジ法における解析では、細孔内の分子解析という通常の単結晶解析とは異なる複雑な解析において問題点を自ら整理し、的確な質問をする姿勢が印象的でした。

振り返ってみると、中川君は文献調査と実験を着実に積み重ね、論理的に研究を進めるタイプの学生でした。博士課程への進学も志望しており、彼の持つ探究心と粘り強さが今後どのような研究成果につながるのか、教員として大いに期待しております。

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

医薬品は分子の立体構造によってその性質が大きく左右されるため、絶対構造の決定は創薬研究には欠かせません。しかし、従来の NMR 法や単結晶X線構造解析法では、mg スケールの試料と、解析や試料調製に多くの時間を要するため、創薬研究におけるボトルネックとなっていました。

この課題を解決したのが、2013 年に東京大学・藤田誠 教授によって報告された「結晶スポンジ法」です。多孔性材料である金属有機構造体(Metal-Organic Framework: MOF)の単結晶中に目的分子を取り込み、その構造を解析する本手法は、単結晶の調製を必要とせず、μgスケールの試料で絶対構造の解析ができるという画期的な特徴を持ちます。

一方で、結晶スポンジ法に使用されている MOF の性質に起因して、求核性置換基を有する分子や分子量の大きい中分子などへの応用には制限があり、本手法の課題となっていました。中でも求核性置換基を有する化合物は、MOF 構造中の金属イオンと反応し MOF が分解してしまうため、アルカロイドなど医薬品として重要な塩基性天然物、さらには低分子創薬で大半を占める塩基性の合成医薬品など、結晶スポンジ法の適用が著しく制限されていました

本研究では、ニコチンや医薬品であるキニーネなどのアルカロイド、塩基性合成医薬品であるアバカビルを含む求核性化合物に対して高い耐性を示し安定的に解析できる結晶スポンジ法用の MOF の開発に成功しました。具体的には、従来の結晶スポンジ法用 MOF では解析例が少ないアミノ基やピリジル基、キノリニル基などの求核性置換基を有する化合物も、新規 MOF は安定的に取り込むことができ、実際に 12 種類の求核性化合物の構造解析を実現しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫した点は論文のまとめ方です。研究結果を整理する中で、構造解析に成功した分子を単に列挙するだけでは単調に感じられることに気づき、より印象的に伝える方法を探りました。そこで、今回の論文ではホスト―ゲスト化学の視点から MOF とゲストの相互作用に着目し、体系的に分類することで、これまであまり注目されてこなかった結晶スポンジ法における分子捕捉様式という視点を導入することにしました。

具体的には、今回発表した APF-80 は2種類の多座配位子とコバルト(II)イオンから構成されるのですが、構造の繋ぎ目となるコバルト二量体付近での相互作用に着目しました。コバルトイオンを中心とした MOF とゲストの相互作用は、水素結合と配位結合を組み合わせることにより5つの形式を示すことが分かりました。一見すると規則性が無いように見えるゲストの相互作用を、どのように分類したらわかりやすいのかについては、和田先生やユーソフ特任准教授と何度も議論を重ね、最終的な形にたどり着きました。完成した相互作用の分類図には非常に強い思い入れがあります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

APF-80 は幅広い求核性化合物の解析に成功し、高い耐性を有していることは明らかでした。しかし、当初はなぜそのような性質を持つのか、構造解析だけでは十分に理解できませんでした。実際、今回の研究を学会で発表した際にも多くの方から質問をいただき、論文化する上でもその原理を明らかにする必要があると痛感しました。

そこで、他の結晶スポンジ法用のMOFと比較したところ、APF-80 には二つの重要な特徴があることが分かりました。一つ目は、配位子すべてが電荷を持つことです。通常のピリジン系配位子は中性ですが、APF-80 の 344-TPHAP はヘキサアザフェナレン (HAP) 骨格に由来して負電荷を持ちます。二つ目は、金属イオン上に溶媒分子が存在する置換活性なサイトを備えていることです。

これらの特徴により、APF-80 は優れた安定性を示します。包接を行う低極性溶媒中では、中性のゲスト分子と電荷を有する配位子の交換は起こりにくくなります。その結果、ゲスト分子はコバルトイオン上の置換活性なサイトに優先的に配位結合を形成し、MOF 骨格の劣化が効果的に防がれることを発見しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在、河野研究室の成果をもとに設立された科学大発ベンチャーの「テクモフ株式会社」で測定や試料調製のお手伝いをさせていただいています。今回発表した APF-80 も実際に活用していただいており、自らの手で開発した材料が社会で役立つことを実感し、大きなやりがいを感じています。このような機会をくださった河野先生や和田先生、そして坪井 CEO には感謝の気持ちでいっぱいです。

私たちが開発した材料は実用的な性能を持っています。今後も大学とベンチャーの両方を通し研究に取り組み、将来的には結晶スポンジ法が質量分析法や NMR 法などと並ぶような汎用的分析手法のとなることを目指して研究を進めていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

最後まで読んでいただきありがとうございます!
読んでいただいた方と学会等でお会いできることを心待ちにしています。

結晶スポンジ法は構造決定をあきらめていた化合物でも測定できる可能性があります。オイル状の化合物や、微量すぎて単結晶化できなかった化合物、アルカロイドのような求核性が高く MOF への包接はあきらめていた化合物などありましたらぜひ測定してみたいです。μgスケールのサンプルで解析可能ですので、ご連絡お待ちしております。

最後に、学部生のころからお世話になっていた Chem-Station に載せていただけること、大変光栄です。この喜びを糧に、今後も研究を通して日本の化学を盛り上げていきたいと思います。

研究者の略歴

左:河野教授、左奥:馬場君、中央:中川さん、右奥:ユーソフ先生、右:和田先生

名前:中川 智暉(なかがわ ともき)
所属:東京科学大学 理学院 化学系 河野正規研究室
略歴:
2024年3月 東京理科大学 理学第一部 化学系 卒業
2024年4月 東京科学大学 理学院 化学系 入学
現在 東京科学大学 河野正規研究室 修士課程2年

 

中川さん、和田先生、河野先生、インタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

関連リンク (本研究に関する紹介記事)

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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