[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

(+)-ミンフィエンシンの短工程不斉全合成

[スポンサーリンク]


Nine-Step Enantioselective Total Synthesis of (+)-Minfiensine
Jones, S. B.; Simmons, B.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 13606. doi:10.1021/ja906472m

 

プリンストン大学・MacMillanらによる報告です。

(+)-Minfiensineは上図に示すように、特徴的な高度縮環構造をもつアルカロイドであり、2005年のOvermanらによる報告[1]を始めとして幾つかのグループから不斉全合成が達成されています。

今回MacMillanらは、この複雑な骨格に対し、独自開発したMacMillan触媒を用いるアプローチを取っています。すなわち不斉Diels-Alder反応から始まるカスケード環化反応、引き続くラジカル環化反応によって、含窒素縮環構造を効果的に構築しています。

それでは詳しく見ていきましょう。


minfiensine_2.gif

まず彼らは硫黄官能基をもつトリプタミン誘導体とプロピナールを基質として用い、MacMillan触媒を用いる不斉Diels-Alder反応条件に伏しています。付加体は弱酸反応条件下において生じるイミニウムを経由してさらに環化を起こします。類似のピロロインドリン骨格の不斉合成は、以前にも彼らのグループから報告されています[2]が、今回の反応はその発展系と言えます。MacMillan触媒は付随するブレンステッド酸によって少々挙動が異なってくることが知られているのですが、今回の系ではトリブロモ酢酸付加体が良好な結果を与えたようです。

最終的にアルデヒド部位を還元処理することで、縮環ピロロインドリン骨格を96%eeという高不斉収率で得ています。この複雑中間体は、市販化合物からわずかに3段階で合成可能ということに・・・まったく驚くべき反応です。

さて、硫黄官能基を持った基質で反応を行った理由は、後のステップでこの部分をラジカル環化の足がかりとするためです。炭素伸張を行った後、通常の(n-Bu)3SnHを試薬として反応を行っていますが、どうやら上手くいかなかった模様。代わりに(t-Bu)3SnHを用いる条件[3]が機能したということですが・・・よくこんな試薬を見つけてくるモノだなぁと思います。

また、この種の環化反応には特に必要ないはずなのに、わざわざt-BuS-基をもつ基質で反応を行っているというのも着目すべき点に思えます。メチルアルキン型の基質で反応を行う方がより短工程になるはずです(実際)。実際彼らも、当初はそういう試行錯誤を行っていたようですが、結局は生成物がE/Z異性体の混合物になってしまったということです。


minfiensine_3.gif

このように論文を読めば、節々上手くいかなかった点を節々感じ取ることはできます。しかし外観を眺めてみると、各ステップは総じて、あまりに綺麗に進むべくして進んでいるようにしか見えません。結局つまずきは主要ストラテジー変更まで行かない程度にとどまっています。戦略的に見て全てが想定範囲内にしか見えない、というのが甚だ恐ろしい。

これだけ思った通りのことがズバズバ決まればさぞや爽快だろうなぁ・・・と、まったくため息が出るばかりの合成といえます。

 

関連文献

[1] (a)  Dounay, A. B.; Overman, L. E.; Wrobleski, A. D. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 10186. doi: 10.1021/ja0533895 (b) Dounay, A. B.; Humphreys, P. G.; Overman, L. E.; Wrobleski, A. D. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 5368. DOI: 10.1021/ja800163v
[2] Austin, J. F.; Kim, S.-G.; Sinz, C. S.; Xiao, W.-J.; MacMillan, D. W. C. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2004, 101, 5482. doi: 10.1073/pnas.0308177101
[3] Bachi, M. D.; Bar-Ner, N.; Melman, A. J. Org. Chem. 1996, 61, 7116. doi: 10.1021/jo9607875

 

 関連リンク

The MacMillan Group

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2019年1月号:大環状芳香族分子・多環性芳香…
  2. 小さなケイ素酸化物を得る方法
  3. 有機化学者の仕事:製薬会社
  4. THE PHD MOVIE
  5. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (5/最終回)
  6. ケムステ海外研究記 まとめ【地域別/目的別】
  7. 学振申請書を磨き上げるポイント ~自己評価欄 編(前編)~
  8. 構造の多様性で変幻自在な色調変化を示す分子を開発!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 杏林製薬、ノバルティス社と免疫抑制剤「KRP-203」に関するライセンス契約を締結
  2. 10種類のスパチュラを試してみた
  3. ヒュスゲン環化付加 Huisgen Cycloaddition
  4. トランジスタの三本足を使ってsp2骨格の分子模型をつくる
  5. 「超分子」でナノホース合成 人工毛細血管に道
  6. トムソン:2007年ノーベル賞の有力候補者を発表
  7. アメリカの研究室はこう違う!研究室内の役割分担と運営の仕組み
  8. 機能指向型合成 Function-Oriented Synthesis
  9. チャン・ラム・エヴァンス カップリング Chan-Lam-Evans Coupling
  10. 大村氏にウメザワ記念賞‐国際化学療法学会が授与

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

解毒薬のはなし その1 イントロダクション

Tshozoです。最近、配偶者に対し市販されている自動車用化学品を長期に飲ませて半死半生の目に合…

ビル・モランディ Bill Morandi

ビル・モランディ (Bill Morandi、1983年XX月XX日–)はスイスの有機化学者である。…

《マイナビ主催》第2弾!研究者向け研究シーズの事業化を学べるプログラムの応募を受付中 ★交通費・宿泊費補助あり

2025年10月にマイナビ主催で、研究シーズの事業化を学べるプログラムを開催いたします!将来…

化粧品用マイクロプラスチックビーズ代替素材の市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、化粧品…

分子の形がもたらす”柔軟性”を利用した分子配列制御

第666回のスポットライトリサーチは、東北大学多元物質科学研究所(芥川研究室)笠原遥太郎 助教にお願…

柔粘性結晶相の特異な分子運動が、多段階の電気応答を実現する!

第665回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科(芥川研究室)修士2年の小野寺 希望 …

マーク・レビン Mark D. Levin

マーク D. レビン (Mark D. Levin、–年10月14日)は米国の有機化学者である。米国…

もう一歩先へ進みたい人の化学でつかえる線形代数

概要化学分野の諸問題に潜む線形代数の要素を,化学専攻の目線から解体・解説する。(引用:コロナ…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第17回HOPEミーティング」参加者募集!

今年もHOPEミーティングの参加者募集の時期がやって来ました。HOPEミーティングは、博士課…

熱前駆体法を利用した水素結合性有機薄膜の作製とトランジスタへの応用

第664回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(化学研究所・山田研究室)博士後期課程…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP