先日2025年のノーベル化学賞が “金属有機構造体 (MOF) の発展” で北川進、リチャード・ロブソン、そしてオマー・ヤギーの3名に授与されると発表されました。発表から一夜経ち、一歩引いて受賞内容と受賞者について考えてみることにします。というのも MOF という分野そのものはノーベル化学賞受賞の大本命ではあったものの、重要な功績に貢献した研究者が多くおり、だれにどういった内容で贈られるのか、といった点では予測が難しかったからです。この記事では化学の専門的な解説ではなく、社会情勢やノーベルコミッティーの思想などの観点から考察してみます。
基礎研究面を重視した受賞理由
まずは受賞テーマについて、一歩深く掘り下げてましょう。今回の受賞理由は “for development of metal–organic frameworks (金属–有機構造体の発展)” です、プレスリリースの内容を見ても、主にまとめられていたのは三次元構造体の発展の初期の歴史とガス吸着研究の発展、そして多様な構造設計性についてです。
応用可能性に関して、二酸化炭素回収などを例に軽く言及されているものの、ある特定の応用を取り立てて深く掘り下げてはいませんでした。ケムステの速報記事でも、実際にそのようにまとめました。そういった意味で、今回の受賞は新しい化合物群の発展という基礎研究の真髄を評価した内容と言えるでしょう。
持続可能社会や環境問題を重視する欧州のトレンド
ではなぜその基礎研究がこのタイミングで受賞されることになったのでしょうか。MOF の実用化が期待される代表的な例として、二酸化炭素の回収や天然ガスの貯蔵などが挙げられます。これは、持続可能社会や環境問題を重視する欧州のトレンドとあっています。
米国ではトランプ大統領が二酸化炭素の排出削減取り組みに関して否定的で「経済発展を止めてまで環境問題に取り組むべきではない」という立場をとるなか、欧州由来のノーベル化学賞が環境問題の解決のカギになりうる科学技術の種をこのタイミングで評価したことは興味深いです。偶然なのか意図的なのかは不明ですが、今回のノーベル化学賞はMOFを利用して持続可能技術や環境問題解決に取り組む研究者をさらに奨励することとなるでしょう。
どのように 3 人を選ぶか?
MOF というテーマに受賞を絞ったしましょう。基礎的な部分に焦点を置いたとき、今回の受賞者や他に候補に挙げられていた先生達の元となる先行研究を行ったリチャード·ロブソン先生はMOF世界の元祖なので入れるのは当然、というノーベル賞の選定コミッティーは考えるはずでしょう。この思想を踏まえてのあと2人はどうなるのか。
北川進先生と オマー·ヤギー先生の二人に関しては、MOF および PCP 研究における初期にガス吸着研究や多様な構造体の報告そして概念提唱に貢献してきました。特にオマー·ヤギー先生は MOF という名前の発案と設計概念の提唱の面で貢献が大きく、MOF 研究のリーダーとして分野を牽引してきました。実際上記の二人はSNS での「ケムステ化学賞予想」のハッシュタグの投稿のなかでも多くの予想的中がありました。今回は「MOF の合成と発展」という基礎的なテーマに絞ったとき、基礎研究面を評価しつつ、展望として持続可能社会などへ繋げる、というストーリーを構築するべく、上記の3人を選定するに至ったのでないか、と考察することもできます。
応用面を重視した受賞が今後あるかも?
MOF という新しい化合物群の合成そのものに関しては今回受賞された通りですが、逆に考えるとそれらを利用した応用の発展やその技術的課題の解決に関しては将来の受賞対象になりうるとも考えられます。技術的な課題という面では、一般的には安定性や大量合成、そしてコストに関して課題が残ると言われています。
他に MOFと関連する多孔性材料に関する研究で実用化がされている技術としては、藤田誠先生らにより開発された「結晶スポンジ法」による構造解析技術が挙げられます。この実用例は「持続可能性や環境問題」といったストーリーを伝えるにはややずれてしまうため、今回の受賞対象とはなりませんでしたが、間違いなく革命的な新技術です。

もしも「革新的分子構造解析法」というテーマにスポットがあてられるときが来たなら、藤田誠先生に加えて中村栄一先生 (単一分子の顕微鏡像の撮影) と同時受賞なんていう夢もまだ捨てられないものですね。MOF や多孔性材料の研究はこれからも目が離せません。
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