前回まで
1. 設定温度と系内の実温度のお話
2. 温度値をどう判断するか
3. 反応操作をしなくても、化合物は変化する
4. わざと失敗する実験
水の偏在性と特異性
水は日常でどこにでもありふれています。
一方で水は化学的には極性が高く、水素結合を形成し、多くの反応に影響を与える物質です。
このような性質を併せ持つ化合物は他に多くありません。「油」は多くの化合物が当てはまりますが、「水」はH2Oだけです。
どこからでも反応系内に入るのに、反応性が高い。
この性質から水は多くの反応において天敵として扱われ、水分除去という作業が必要になります。
水分を把握できず、収率が低下する例
水のケアは重要ですが、水分を把握することが本質となります。
乾燥操作を徹底しても、収率が再現しないことがあります。
例えば、
・器具乾燥をする
・不活性置換をする
・脱水溶媒を使う
という同じ操作を行った実験をしても収率が10%程度変動することがあります。
これは「水分を減らしている」という定性的(傾向や特徴)な把握に留まり、
系内の水分量を定量的(具体的数値)に把握できていないことが原因です。
同じ水除去操作でも、その時々で反応系内の水分値は異なり、それが起因して反応収率も変動している可能性があります。
水分値が把握できなければ安定した収率を出す管理ができません。
定量的管理できなければ、再現性が取れないリスクがあります。
水の許容濃度を把握して、管理することで、初めて再現性の議論ができます。
水分が把握できず推論になる例
以下は私が学生時代に経験したことです。
溶媒の前処理蒸留の時間によって収率が変化する現象がありました。
収率が30%程度だった反応がある日、収率60%近くに向上したのです。
詳細な考察は別の記事で扱います。
違いは蒸留時間を長くした点のみ。
強塩基を使用する反応だったという点と器具乾燥の有無が収率に影響していたという知見から
これは水の除去がキーになっているのだろうと推測しました。
しかし、水分量は測定しておらず、(というか分析装置が無く、)どの程度改善されたのかは不明で、
結果として、「蒸留時間が水分除去に影響している」という推論には至るものの、定量的な議論には至りませんでした。
ここで溶媒の水分値を分析していれば、
蒸留操作と水分値の相関と反応収率の水分値の相関を解析して、水分の管理目安の設定をすることができます。
図 「定性的な水の混入の把握」と「定量的な水の混入の把握」のイメージ ※生成AIで作成
表現:水が入っている 表現:○○ppm水が入っている

系内液水分以外が影響する例
水は系内に点在して分布しています。
例えば以下のような箇所に存在します。
・溶媒中の水分
・基質・試薬に含まれる水分
・器具・配管に吸着した水分
・気相中の水分(湿度)
※乾燥した不活性ガスで置換しても液相部から気相部に水が移行することがあります。
「水分量」という言葉は一つの値を指しているのではなく、
上記の様な複数の要素の合算です。
そのため、どこにどれだけ存在しているかを把握しなければ、原因の特定は困難になります。
勿論全てを把握する難易度は高いですが、影響の大きいと考えられる要因を抑えることで精度の高い管理が可能となります。
具体的な影響例を挙げると以下の通りです。
・固体試薬に吸湿性があり、夏と冬で反応収率に差が出る。
・原料に前工程で水が混ざり込んだため、反応収率に差が出る。
・キャニュラーの中に水の抜き残しがあり、送液時に活性種が潰れる。
・配管内に水の溜まりがあり送液時に活性種が潰れる。
・脱水溶媒を長時間保管している間に湿度により溶媒内の水分値が上昇してしまっている。
・反応器のセプタムの隙間から大気が混入して系内の気相部にも水が混入する。
図 系内への水分の混入イメージ ※生成AIで作成

まとめ
水は反応の天敵と言える存在である一方で、どこにでもあり、どこからでも混入するものです。
実際には水は反応系内に分布していて、その数値もばらつきがあります。それの総和が系内の水分値となります。
「乾燥している」「水分が少ない」という定性的な認識だけでは、再現性のある議論にはなりません。
どこに、どの程度水分が存在しているのかを定量的に把握してはじめて、
反応結果のばらつきを説明し、制御することが可能になります。
水分を測るという行為は単なる分析ではなく、
反応環境を定義して、再現性を成立させるための前提条件なのです。
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