第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助教にお願いしました。
今回ご紹介するのは、有機りん光に関する研究です。
有機色素からの発光は、蛍光とりん光の大きく2つに分けられます。高効率な蛍光を得るためには、長い共役発色団の水平方向に典型元素含む置換基を導入する手法がよく用いられています。一方で、有機りん光分子においては、蛍光分子と類似した分子設計では、特に赤色や近赤外波長域の長波長域におけるりん光収率に課題がありました。本研究では、共役発色団に垂直方向にセレン(Se)を含む置換基を導入することにより、赤色有機りん光の効率が向上することを見出し、高効率な有機りん光分子の設計戦略を報告されました。本成果は、Nat. Commun. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Vertical substitution strategy to enable cooperation between spin-orbit coupling and transition dipoles for organic phosphorescence”
Hayashi, K.; Shimura, R.; Miyashita, R.; Hirata, S. Nat. Commun. 2026, 17, 4098. DOI: 10.1038/s41467-026-70371-w
研究を指導された平田修造 准教授から、林先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
今回の林希久也さんの研究は、彼が博士課程の後半の段階の有機合成において、π分子の面外垂直方向から作用させる典型元素の数を増加させるような分子を構築していくと、長波長域のりん光収率がこれまでにないレベルにまで増加されるという挙動に出会った事に端を発します。林さんはその後、その秀逸な物性値の発現の理由を、光物性解析と数多くの量子化学計算を協働させることで解き明かしてくれました。私は学士時代から学位取得まで林さんを見る立場でしたが、林さんは時々さりげなく非常に面白い現象をミーティングにもってきます。例えば、彼は修士1年次に偶然実験で出会った有機りん光の超解像イメージングに寄与する技術を提案し、それが彼の学振DC1の研究になり、日化春季年会で学生講演賞につながりました(ACS Materials Lett. 2023等)。更に、博士課程の初期の過程での顕微鏡観察において新しい光応答にも気づき、それは光化学討論会の最優秀学生発表賞(口頭)[Chemical Science Oral Presentation Prize]の受賞などにもつながっています(Small 2024等)。このように林さんは、優れた観察眼から実験中の光る原石を見逃さず、既存の知識や概念のintegrationを超える何かをさりげなく示してくれることが多いです。しかしそのさりげない提案は、日頃からたくさんの実験での注意深い観察と徹底的に考える過程を繰り返す中で生まれてきているのだと思います。林さんは今後も実験の中から思いもがけない化学の光る原石を発見してくれると思いますので、今後の益々の活躍を期待していきたいと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、有機分子からのりん光を高効率化するための新しい分子設計指針を提案しました。有機分子からの発光は蛍光とりん光の2つに大別されます。高効率な蛍光を得るためには、長い共役発色団の水平(面内)方向に典型元素を含むドナー基やアクセプター基を導入する手法がよく用いられており、レーザーや二光子吸収を用いた三次元蛍光イメージングに応用されています[1,2]。一方、重金属を含まない有機分子からのりん光は、励起光照射停止後にも発光が持続する特徴があり、自家蛍光の影響を受けない高コントラストイメージングやりん光寿命イメージングへの応用に期待されています[3]。しかし、これまで有機りん光分子においても蛍光分子と類似した分子設計が適用されてきたものの、特に長波長域におけるりん光収率が低いという課題がありました[4]。
そこで本研究では、共役発色団に対する典型元素置換基の導入方向に着目し、赤色有機りん光能を有する共役発色団に対して、水平方向および垂直方向にセレン(Se)原子を導入した分子群を合成しました。水平方向にSe原子を導入した分子では、分子2から分子3のように置換数が増加するにつれて赤色有機りん光収率が減少していくことが確認されました(図1左)。一方で、垂直方向にSe原子を導入すると、その置換数の増加とともに赤色有機りん光収率が増加していくことが確認されました(図1右)。

図1. 垂直型典型元素置換数の増加に伴う長波長有機りん光の増強 (Φp: りん光収率).
一般に、最低三重項励起状態からの輻射速度定数の増強は、高次励起状態におけるスピン軌道相互作用(SOC)と遷移双極子モーメント(TDM)の積が大きい場合に生じ、りん光収率の向上に寄与することが知られています[5]。量子化学計算による解析の結果、分子2から分子3のように水平方向への典型元素置換基の数を増加させると、SOCが大きい状態において、共役発色団の長軸方向のTDMが打ち消され小さくなることが分かりました(図2, (i))。一方で、分子5のように複数の垂直型典型元素置換を施した場合、SOCが大きい状態においても、長い共役発色団に起因する大きなTDMが維持されることが確認されました(図2, (ii))。すなわち、垂直方向に複数の典型元素置換基を導入することで、高次励起状態におけるSOCとTDMの協働性が促進され(図2, (iii), (iv))、その結果としてりん光収率が向上することが明らかになりました。

図2. 垂直型典型元素マルチ置換による遷移双極子モーメントとスピン軌道相互作用の協働性の増強 (S0: 基底状態, Sn: n次の一重項励起状態, T1: 最低三重項励起状態, Tm: m次の三重項励起状態, krT: T1からの輻射速度定数).
このように本研究は、「垂直方向に複数の典型元素を導入する」ことにより、共役発色団が本来有する大きなTDMを有機りん光過程にも活用できることを示しました。このような分子設計は、ドナー基やアクセプター基を共役発色団の水平方向に導入して、蛍光量子収率を増強させる従来の有機蛍光分子の設計指針とは異なるものになります。今後、本分子設計指針は、深赤色や近赤外領域における高効率な有機りん光分子の開発や、それらを用いた自家蛍光フリー生体イメージングへの応用に貢献することが期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は、「置換基の導入方向と置換数がりん光特性を大きく左右する」ことに気付いた点から発足しました。研究当初は、共役発色団の水平方向にSe置換基を導入し、その置換数を増加させることでりん光収率の向上を目指していました。しかし実際には、置換数を増やすほどりん光収率は低下し、このアプローチには限界があると感じていました。一方で、研究室の先行研究から、垂直方向への置換基導入によってもりん光過程が促進されることが分かっていましたが、単置換体では水平・垂直いずれの置換方向でもりん光収率に大きな差は見られず、次の展開に悩んでいました。転機となったのは、合成過程で副生成物として得られたマルチ置換体の評価でした。水平型置換と同様にりん光収率が減少するのではないかと予想していましたが、実際には垂直方向へ置換基を増やすほどりん光収率が向上することが確認されました。この結果から典型元素置換基の置換方向が重要であることに気付き、本研究の設計指針にたどり着きました。この予想とは逆の結果が得られた瞬間は、特に印象に残っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
量子化学計算を用いたりん光の増減メカニズムの解明に苦労しました。特にSeのような重原子を含む場合、置換基の角度や距離のわずかな違いによって、りん光過程に関わるパラメーターが大きく変化します。そのため、実験で得られる物性値を正しく評価するには、最安定構造を正確に決定する必要がありました。計算条件や初期構造を変えながら最適化構造を探索するところから始め、試行錯誤の末に計算値と実験値の相関を見出しました。また、得られたスピン軌道相互作用や遷移双極子モーメントの数値をどのように解釈するかにも苦労しました。最終的には、分子軌道の形や対称性に着目して整理することで、典型元素の置換方向によるりん光特性の違いを理解することができました。分子軌道と向き合い続けた時間が、りん光増減メカニズムの解明につながったと感じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
有機分子の発光現象をより深く理解し、機能設計へと還元する研究に取り組みたいと考えています。特に、電子スピン状態や励起状態ダイナミクスを分子設計レベルで制御することで、従来の枠組みでは実現できなかった新しい光機能の創出に挑戦したいです。そのために、有機合成に加えて精密な光物性計測や量子化学計算を組み合わせ、多角的に現象を捉え理解する力を培っていく必要があると考えています。基礎理解と応用展開をつなぐ視点を持ちながら、有機分子の可能性を広げる研究に貢献していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究は必ずしも思い通りに進むとは限らず、当初の予想とは異なる結果から新しい発見につながることも少なくないと考えています。本研究も予想と異なるデータに向き合い続ける中で着想に至りました。うまくいかない結果の中にも重要なヒントが隠れていることを意識しながら、粘り強く取り組むことが大切だと感じています。本研究が、分子設計や光機能の理解に関心を持つ皆様の一助となれば幸いです。
最後になりましたが、学生時代よりご指導を賜りました平田修造准教授、ならびに日々議論を重ねてくださった平田研究室の皆様に、深く御礼申し上げます。また、このような貴重な機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に、心より感謝申し上げます。
研究者の略歴

名前:林 希久也(はやし きくや)
所属:電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 助教 (牧昌次郎研究室)
略歴:
2015年3月 名古屋市立向陽高等学校 卒業
2020年3月 電気通信大学 情報理工学域III類 化学生命工学プログラム 卒業 (平田修造准教授)
2022年3月 電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 博士前期課程修了 (平田修造准教授)
2025年3月 電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 博士後期課程修了 (平田修造准教授)
2021年9月―2025年3月 JST創発的研究支援事業(FOREST)リサーチアシスタント
2022年4月―2025年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2025年4月―現在 電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 助教 (牧昌次郎研究室)
関連リンク
- Albota, M. et al. Design of organic molecules with large two-photon absorption cross sections. Science 281, 1653–1656 (1998). DOI: 10.1126/science.281.5383.1653
- Sandanayaka, A. S. D. et al. Indication of current-injection lasing from an organic semiconductor. Appl. Phys. Express 12, 061010 (2019). DOI: 10.7567/1882-0786/ab1b90
- Hirata, S. Recent advances in materials with room-temperature phosphorescence: Photophysics for triplet exciton stabilization. Adv. Opt. Mater. 5, 1700116 (2017). DOI: 10.1002/adom.201700116
- Hirata, S. Molecular physics of persistent room temperature phosphorescence and long-lived triplet excitons. Appl. Phys. Rev. 9, 011304 (2022). DOI: 10.1063/5.0066613
- Lower, S. K. & El-Sayed, M. A. The triplet state and molecular electronic processes in organic molecules. Chem. Rev. 66, 199–241 (1966). DOI: 10.1021/cr60240a004





























