第716回のスポットライトリサーチは、京都大学化学研究所(中村研究室)道場貴大 助教にお願いしました。
道場先生は第202回スポットライトリサーチにもご登場いただいており、今回が2回目となります。
今回ご紹介するのは、反応機構の解釈を可能にする機械学習モデルに関する研究です。
近年、機械学習を利用する反応結果予測モデルが様々報告されてきています。一方で、良好な予測精度を示すモデルであっても、反応機構と直接結び付けて解釈することが難しいことが多く知られてきました。今回、中間体のエネルギーから構成されるエネルギー記述子を開発することで、高い予測精度かつ反応機構の解釈性も兼ね備えた回帰モデルを報告されました。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Construction of an Interpretable Regression Model for Yield Prediction and Mechanistic Insight Enabled by Automated Reaction Path Exploration”
Doba, T.; Harabuchi, Y.; Nagata, Y.; Maeda, S., J. Am. Chem. Soc., 2026, 148, 26150–26160. DOI: 10.1021/jacs.6c05203
研究室を主宰されている前田理 教授(北海道大学)から、道場先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
道場さんとは、2022年度の約1年間、WPI-ICReDDの当グループで一緒に研究に取り組みました。道場さんは中村栄一先生の研究室のご出身であり、中村先生からは「ピカイチですので、よろしくお願い申し上げます」との丁寧なメールをいただいていましたが、その評価はまさにその通りでした。量子化学計算はもちろんのこと、マテリアルズインフォマティクスに関するさまざまな手法も独学で習得し、さらにはERATOプロジェクトでWPI-ICReDDに導入されたばかりの自動合成装置まで使いこなしながら、本研究を力強く推進してくれました。彼の研究アイデアは非常にスマートかつ堅実で、当時の当グループが有する計算技術・計算資源で実現可能な限界を的確に見極めつつ、反応経路自動探索の強みを最大限に生かした、解釈可能な反応予測モデルの構築を提案し、本論文において、その有効性と価値を見事に実証してくれました。
学振PDとして着任する以前から各方面で高く評価され、まさに引く手あまたの人材でしたが、着任からわずか1年で京都大学へ栄転されました。京都大学での新たな業務との兼ね合いもあり、成果の出版までにはやや時間を要しましたが、それでもJACSというトップジャーナルで堂々と成果を公表されたことは、さすが道場さんだなと感じています。今後も、本論文で自ら実証したように、有機合成、量子化学計算、マテリアルズインフォマティクス、そしてロボティクスを自在に融合・活用できる研究者として、さらに大きな成果を生み出していかれることを大いに期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
反応の収率をあらかじめ予測できれば,化学反応の開発や最適化を大きく加速できます。そのため近年,機械学習を用いて反応の結果を予測する研究が盛んに行われています。一般的な機械学習では,分子を数値の並び(特徴量・記述子)に変換し,その記述子と実験で得られた収率との関係をモデルに学習させます。しかし,従来用いられてきた記述子は,分子の構造的・電子的な特徴を表すものが多く,研究分野ごとに経験的・恣意的に選ばれてきました。そのため,たとえ予測がよく当たっても,「なぜその収率になるのか」という反応機構と直接結び付けて解釈することが難しいという根本的な課題がありました。
このような背景の中,本研究では反応に関与しうる中間体のエネルギーそのものを記述子に用いる方法を着想しました。そうすることで,どの中間体のエネルギーをどれだけ変化させれば収率がどれだけ向上するか,という定量的な情報を収率予測モデルから直接抽出することができます。ところが,反応系中に存在しうる多数の中間体を漏れなく見つけ出すことは容易ではありません。そこで,前田先生が開発されたSC-AFIR法(GRRMプログラムに実装)による反応経路の網羅探索を活用しました。今回のモデル反応では,約4000個の中間体と約7000個の遷移状態を含む反応経路ネットワークを構築し,「エネルギー記述子」を組み立てました。
得られたエネルギー記述子と自動合成ロボットで取得した収率を線形回帰(Ridge回帰など)で結び付け,再帰的特徴量削減(RFE)と交差検証(LOGOCV)により評価しました。その結果,未知の配位子に対する収率を二乗平均平方根誤差(RMSE)約6%という高い精度で予測するとともに,回帰係数から反応機構を読み解くことに成功しました。各中間体に割り当てられた係数の符号と大きさは,その中間体を安定化・不安定化させることが収率向上に効くかどうかを表します。これらをつなぎ合わせると妥当な触媒サイクルが描け,パラジウム触媒による炭素-水素結合活性化や溝呂木・ヘック反応に関するこれまでの知見ともよく一致しました。加えて,立体・電子的パラメータに基づく従来型の記述子と比べても,予測精度は同等でありながら,反応機構に対する解釈性で優れていることを明らかにしました。

図1. 本研究のワークフロー
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
新規性の打ち出し方を工夫しました。「有機化学×機械学習」の論文はすでに多数報告されており,単に既存の機械学習手法を有機化学に適用するだけでは,先行研究との差別化ができません。そこで,本手法は収率を予測するための手段だけでなく,反応機構の理解を助けるための手段であることを前面に出しました。これを実現するためには,反応に関与しうる中間体のエネルギーを記述子にすれば良いが,それは一般には非常に困難であり,SC-AFIR法による自動反応経路探索を活用することで可能にした,という論理を組み立てました。幸い審査員全員から新規性を高く評価していただき,工夫した甲斐があったと思っています。
一方で,査読でもらったコメントは膨大でした。特に機械学習の詰めの甘さを指摘され,多くの検証を要しました。その中でもクリティカルだったのは,回帰係数の安定性でした。つまり,機械学習の方法によって回帰係数がコロコロ変わるようでは,今回得られた反応機構に関する情報は信用に値しない,ということです。そこで,LOGOCVのデータ分割によらず回帰係数が安定していること,Ridge, Lasso, PLS回帰のいずれを用いても同じ結論になること,RFEの過程で回帰係数の符号が常に一致すること,意図的にノイズを載せたデータを用いても回帰係数が頑健であること,などを一個ずつ地道に検証しました。加えて,計算と実験に関する指摘もたくさん受け,気づけばレスポンスレターは文字だけで20ページを超える大作になっていました。再投稿後に審査員から”The stability looks good!”とフランクなコメントもらった時は嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究テーマの難しかった点は,実験化学,計算化学,情報科学のすべての作業を自ら遂行しなければならなかったことです。学振PDの申請書は「こんな風に実験化学と計算化学と情報科学を融合したらきっと面白いに違いない!」と意気揚々と書いたのですが,私は重要なことを忘れていました—3分野を融合すると必要な時間と労力も3倍です。しかも頭の使い方が全然違います。どの分野も知れば知るほど奥が深く,半年ほど研究を進めたところで,自分はなんと安直な提案をしてしまったんだ,と激しく後悔しました。加えて,データセットを作成するのに膨大な時間と労力が必要にもかかわらず,最後の機械学習モデルの構築がうまくいかなかった場合は,途中には落とし所がないall or nothing的な怖いプロジェクトでした。Energy is all you needと信じて進めて,最後のモデリングがうまく行った時は興奮すると共に安堵しました。
私はPh.D.を鉄触媒反応の開発で取得しており,実験には自信があったのですが,自動合成ロボットの取り回しには独特の難しさがありました。論文やSIからはわからないコツがたくさんあり,溶液を吸い取る針の高さをmm単位で調整したり,普段は何気なく手で反応容器を揺さぶる操作なども,どのタイミングに何rpmで何分間動かすか指定したりと微調整にも時間を要しました。また,ロボットに試薬をセットするのは人間のため,なるべく少ないお膳立てで多くのデータが取れるように,2種類の配位子を使う反応を探しました。そうすれば10種類の配位子Aと10種類の配位子Bをセットすれば100点のデータが取れます。他にも,水と酸素に強い,原子数が少ない,合成的に面白い,などできれば満たしておきたい要件が複数あり,最終的にパラジウム触媒による酸化的C–Hアルケニル化反応をモデル反応に選定しました。
並行して進めたSC-AFIR法による反応経路ネットワークの作成では,(当時は)30原子程度が限界だったため1,ONIOMも併用し,現実的な時間で計算が終わるよう工夫しました。それでも,反応経路ネットワークの作成に1344コアで約1ヶ月,記述子の計算にさらに約1ヶ月を要しました。記述子の計算には10000個以上の構造最適化が必要であったため,インプットの作成とアウトプットの解析を自動でできるようにPythonライブラリを自作しました2。Gaussianは学生の頃から使っていましたが,GRRMは今回が初めてで,オプションをどのように設定するとどのような反応経路ネットワークが得られるか感覚を掴むのに苦労しました。
プログラミングについては,コロナ自粛期間中に基礎を学ぶ時間が取れたものの,研究を始めた頃はとりあえず動くプログラムが書ける程度でした。プロジェクトを通して,さらに将来的には複数のプロジェクトを跨いで,加筆修正しながら使っていけるプログラムを作成するには,もう一段上のスキルが要求されました。週末は行きつけの海鮮丼屋さんで元気を出してから3,札幌駅の隣の紀伊國屋書店に通い詰め,オブジェクト指向のクラス設計,gitによるバージョン管理,dockerコンテナ環境など,合成化学者には馴染みのない概念を苦しんで覚えました。当然LLMは今ほど発達しておらず,コードは1行1行手書きしていたため,気の遠くなる作業でした。
また,研究テーマの難しさとは違いますが,中村正治研の仕事と両立するのが大変でした。中村研に着任してしばらくは,自分がフルタイムで実験をしないと研究が進まない状況であったため,本研究は止まっていました。それでも,親身にアドバイスをしてくださり,気長に見守ってくださった前田先生,原渕先生,長田先生には感謝しかありません。また,本研究を仕上げるにあたって,自分が日中ずっとパソコンの前に張り付いている間も,自立的に実験を進めてくれた中村研の学生にはとても感謝しています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
本研究を通して,自動合成ロボットを操作し,GRRMで大規模な計算を回し,機械学習のプログラムを書くなど,実験化学・計算化学・情報科学の現場に自分の手で直接触れることができました。共同研究という形であれば,理論計算は計算化学者に,機械学習はデータサイエンティストに,と分担するのが一般的で,各現場でどのような試行錯誤が行われているのかまでは,なかなか見えてこないものだと思います。この「裏側」を身をもって知れたことは,私にとって非常に貴重な経験です。
こうした体験をもとに,それぞれの分野の得意・不得意を肌で理解したからこそ,着想できる研究があると感じています。分野横断型の研究は今や珍しくありませんが,それが必ずしも各分野の強みを最大限に引き出したプロジェクトになっているとは限りません。計算化学・情報科学的にはこうすると良いが実験化学的にそれは無理があるぞ,といった各分野の要求を自分の中ですり合わせられることが,私の新たな強みになったと感じています。単純な足し算ではなく相乗効果を生むような研究を通して,少しでも有機化学の可能性を広げていければと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
前回の記事を書かせていただいたのは,私がまだ博士1年の頃でした。あれから月日が流れ,今は大学教員として研究に携わっています。立場が変わると見える景色も随分と変わるなあ,と改めて実感しています。そこで最後に,私がこのような進路を選んだ理由を書いて締め括ろうと思います。正直なところ,大学教員は待遇の面では一般企業に及びません。それでもこの道にやりがいを感じるのは,自分が新たな発見をした証を,論文という確かな形で残せるからです。企業では,どれほど優れた技術や製品を開発し,売上に貢献しても,世に知れ渡るのは会社や社長の名前であって,その裏にいたキーパーソンまでは分からないことが少なくありません。一方で大学では,採算を気にせずに自由な発想で研究を進め,小さな発見でも論文を書けば誰が(そして誰と)成し遂げたのかが記録として残り続けます。皆さんも文献調査や構造検索をしていて,こんな昔にこんな先駆的な研究をしていた人がいたのか!と驚いた経験は一度や二度ではないはずです。進路には人それぞれの価値基準がありますが,大学教員の道も考えてみてはいかがでしょうか。
研究者の略歴

名前:道場 貴大(どうば たかひろ)
所属:京都大学化学研究所
略歴:1994年石川県小松市生まれ。2022年3月東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了。同4月から2023年3月まで北海道大学理学研究院化学部門博士研究員(学振PD)。同4月より現職。
関連リンク
- 現在はより高速かつ高精度に大規模な反応経路ネットワークを作成できます:Staub, R.; Harabuchi, Y.; Seraphim, C.; Varnek, A.; Maeda, S. Chem. Theory Comput. 2026, 22 (1), 422–440. DOI: 10.1021/acs.jctc.5c01293
- https://github.com/takahiro-doba-research/grrmlib
- https://laughgroup.jp/shop/shihachi-kita24/






























