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スポットライトリサーチ

鉄触媒を用いて効率的かつ選択的な炭素-水素結合どうしのクロスカップリング反応を実現

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第202回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(中村研究室)博士課程・道場 貴大さんにお願いしました。

中村研究室では有機合成化学を基盤としながら、計算化学・炭素材料開発・電子顕微鏡観測など、目もくらむほど多岐にわたる研究を展開されています。そのような環境でも合成技術を確固たるものに磨き上げる研究が継続されていることは特筆すべきであり、研究室の地力を担保する重要なポイントです。一つの大きな軸として、「元素戦略」構想下に基づく鉄触媒のチカラを引き出す取り組みがなされているわけですが、この一つの到達点がNature Catalysis誌に掲載され、プレスリリースとして公表されました。

“Homocoupling-free iron-catalysed twofold C–H activation/cross-couplings of aromatics via transient connection of reactants”
Doba, T.; Matsubara, T.; Ilies, L.; Shang, R.; Nakamura, E. Nat. Catal. 2019, 2, 400-406.doi:10.1038/s41929-019-0245-3

研究室を主宰される中村栄一教授より、道場さんについて下記のような人物評を頂いています。研究を担う「人材」にもdiversityが重要たることは疑いありません。

 東大の理学部化学科は10年前には大学院を、数年前からは学部授業も英語化することで、学生から教授まで数多くの人材を国外から迎え入れています。我々の研究室でもルーマニア人のLaurean Ilies准教授(現理研)や中国人のRui Shang講師を始め、様々な国籍の学生や研究者が切磋琢磨しています。道場くんはこのような環境の中、日常生活から研究にいたるあらゆる面で「日本人ここにあり」という気概で大いに存在感を発揮しています。
今回,道場くんが紹介してくれるのは鉄触媒のテーマです.鉄は地球上に最も沢山存在する重元素ですが(主としてマントルと内核にある),これは鉄が恒星内元素合成での最終生成物なので安定なためです.(アイキャッチ画像は鉄が合成されて爆発した超新星SN1572の燃え残りの画像).

それでは、今回も現場からのインタビューをご覧ください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

鉄触媒を用いて効率的かつ選択的な炭素-水素結合どうしのクロスカップリング反応を実現しました.炭素-水素結合どうしのクロスカップリングでは両基質の炭素—水素結合を区別してホモカップリング体を得ることなくクロスカップリング体だけを得ることが難しく,従来の方法では一方の基質を過剰量用いる必要がありました.本研究では,これまで中村研究室で研究を行ってきた二座配向基を有する基質の炭素-水素結合活性化後に生成する鉄メタラサイクル中間体が,選択的にもう一つのC–H基質と反応することに着目し,等量の基質を用いてホモカップリング体を生成することなく効率的にクロスカップリング反応を進行させることに成功しました.これにより従来の反応では困難な,反応点を複数有する有機エレクトロニクス材料への応用も可能になりました.

図1. 二座配向基を有する基質を用いた炭素-水素結合活性化反応の模式図

図2. 鉄触媒を用いた炭素-水素結合どうしの酸化的クロスカップリング反応

図3. 有機エレクトロニクス材料への応用

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるところといえば,やはり反応機構に関する実験でしょう.私の所属する中村研究室のLaurean Ilies准教授(ラウルさん,現在は理化学研究所環境資源科学研究センターチームリーダー)のグループでは,二座配向基を有する基質の炭素-水素結合活性化により生成する鉄メタラサイクル中間体の反応性に着目し,C–H基質と様々な有機金属試薬や求電子剤との反応を開発してきました.その過程で,私とちょうど入れ違いで卒業した松原立明博士がカルボメタレーションを経由した炭素-炭素結合生成反応の検討をしていた時にチオフェンやフラン,さらには電子不足アレーンが中程度の収率で反応することを見出しました.しかし,これらの実験事実はカルボメタレーションだけでは説明がつかず,反応機構は不明のままでした.そこで私はなんとか反応機構に関する手がかりを得ようと一方の基質に重水素を導入して速度論的同位体効果の実験を行ったのですが,反応速度に差は見られず,残念ながら決定的な情報は得られませんでした.そこで回収した基質のGC/MSを一応とってみたところ,なんと両基質間で重水素の交換が起きていることを見出したのです.これは両基質間で直接σ-bond metathesis機構により可逆的に炭素-水素結合活性化が進行していることを示す決定的な実験データです.この実験事実を元に提唱した反応機構は基質の反応性やクロスカップリング体が選択的に得られる理由をよく説明し,タイトルにもtransient connection of reactantsとして含まれることとなりました.

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

いくら反応機構が鉄にユニークで面白くても,いち有機合成反応として他の金属を用いた反応に勝る点は何であるかを見つけるところで苦労しました.ちょうどこの時期にラウルさんの独立が決まり,新たに私の面倒を見てくれることになったRui Shang特任講師も交えて教授室で何度も議論を重ねるうちに,有機エレクトロニクス分野で頻繁に用いられ,反応点を複数有するチオフェン類に適用が可能なのではないかというアイデアにたどり着きました.これを実現するには高収率・高選択性・温和な反応条件の全てが要求されます.早速これらのチオフェン類を片っ端から試したところ,多くの基質で目的物を90%以上の収率で得ることに成功しました.炭素-水素結合どうしのクロスカップリング反応を用いて多点アリール化をこれほどの高収率で行なった例は他にはありません.
プロジェクトの進行途中でスタッフが交代になると告げられた時はどうなることかと青ざめましたが,考え方の異なる人と意見を交換することで,同じ実験結果でも様々な切り口から捉えることができるようになり,より高度なものの見方を身につける良い機会になったのではないかと今では思っています.

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

将来的には反応開発に限らず,中間体を単離する無機化学分野から有機材料開発を目指した構造化学分野まで一貫した研究を行なっていきたいと考えています.例えば,反応開発をしている人は自分の作っている分子の応用先には疎かったり,有機材料開発をしている人は合成に用いる反応のレパートリーが少なかったりといったことがどうしても起こりがちです.この間隙が埋まれば必ず相乗効果が生まれると思うので,ぜひ取り組みたい課題です.

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私の好きな言葉の一つに「為せば成る」という言葉があります.研究を行う本人がきっとうまくいくに違いないと信じて,実現に向けて突き進めば自然と道が開けてくるのではないかと思います.また,(根拠はないが)きっと最後には努力が報われるだろうという気負わないニュアンスも楽しく研究生活を送るためのヒントを与えてくれるようで気に入っています.

研究者の略歴

名前:道場 貴大 (Doba Takahiro)
所属:東京大学理学系研究科化学専攻 中村研究室 博士課程一年
研究テーマ:鉄触媒を用いた炭素-水素結合活性化反応の開発
略歴:1994年石川県小松市生まれ.2017年3月東京大学理学部化学科卒業.2019年3月東京大学理学系研究科化学専攻修士課程修了.同4月に同博士課程に進学し現在に至る.

 

 

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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